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第六話 肉体分離編 その四 左右の世界に現れたらしい魔物

「ねえ……ヒダリー」


 逆瑠が寂しそうにしている。

 右郎がクァワウィーにばかり構っていたせいである。


 しかしなぜそれで寂しがるのか……右郎には理解が難しかった。


(出会ったばかりでそんなに……いや、それを言ってしまえばクァワウィーもか)


 クァワウィーから向けられた好意は嬉しかった。だが正直出会ったばかりなのにと、右郎はその時も思った。

 クァワウィーは間違いなく右郎に好意を寄せている。その様子を――右郎の名前を連呼し、顔を埋めるまでに至ったことを思い返す。すると出会ってから過ごした時間が短かろうと、長かろうと、関係がないのだと理解した。


(逆瑠も、おれのことが好きなのかな……)


 自惚れかもと思った。しかしここで自虐をするのは好意を抱いてくれたクァワウィーに対して失礼になるのは確実なのだ。

 思った通りに逆瑠も好意を抱いてくれたのならば、逆瑠にも失礼だ。


「ヒダリー。服着ようよ……」


 そう言って逆瑠自身が着ているブレザーを脱ぎ、袖に右郎の左腕のみを通す。


「寒かったよね、ヒダリー。もう大丈夫だよ……」


 逆瑠は冷静ではなかった。

 召喚の影響で服がはだけてしまっているのを見て、とにかく何か着せてあげないとと思ったのだ。


「ぎゃぎゃぎゃぎゃ逆瑠!」


 右郎は何をされているのか理解が追い付かなかった。

 ギャルの女子高生のブレザーを左半身にだけ着せられている。そんなアブノーマルすぎる状況に困惑する一方である。


「その、さ……逆瑠。イチャイチャしてるところ悪いんだけど、それじゃあ肝心の下半身が隠せないからね?」


 逆瑠が右郎にベタベタしすぎていたことで肩身が狭くなっていた零が口を開く。


「さ、佐野!」


 グイグイ来る逆瑠にどう対処すれば良いのか困り、零に助けを求める。


「左門先輩――モテモテになって良かったですね!」

「お前……」


 一瞬からかっているのだと思った。

 しかし零は、本気で右郎が逆瑠に好かれていることを嬉しく思っている。


「……佐野」


 なぜだろうと、零の名を口にする。


「本当に、良かったです。左門先輩がこのまま幸せに辿り着きそうで……」


 零は、涙を浮かべていた。

 悲しさから来るものではない。心から感動した時に流す涙だった。


「さ、佐野――」


 右郎は、高校時代に零の涙を見たことがあった。


 その時の涙は憎しみによるものだったのだが、今回の意味合いの異なる涙が当時のものと重なって見えた。



 そして直後、本当に突然。左右二つの世界が大きく変化することとなってしまう。





『ティロリロリィイイイイイン! ティロリロリィイイイイイン!』



 全員のスマートフォンから音が鳴り、緊急速報の情報が表示される。


「なんだ!」


 右郎は気になるも、逆瑠に捕まっているためスマートフォンを手に取ることができない。


「はあ、マジで信じらんない。折角イチャイチャしてたのにさ……」


 ため息を吐き、不満そうにしながらスマートフォンを確認する。


「……なに? これ」


 緊急速報の内容に、逆瑠は理解が追い付かなかった。

 焦り、震え上がっている。


「なんだなんだ! これは!」

「いくらなんでもこんなこと想定している訳がないぞ! とにかく無線で相談する! するしかないぞ!」


 消防士たちも困惑する。

 だが対処方法が分からない以上、上司に相談するのは正しいだろう。


「おい佐野! おれはちょっとスマートフォンが取れなくてさ! 何が起きてるんだ! みんな何に困惑してるんだ?」


 震えている逆瑠に聞くのは酷だ。そして無線でのやり取りに忙しそうな消防士にも聞きにくい以上、零に聞くしかないと右郎は思った。


「……魔物です。左門先輩、魔物ですよ」


 肝が据わった声色に変化する。

 これまでの零とは明らかに雰囲気が異なっていた。


「……まも……魔物って! 何を言って!」


 右郎は零の言っていることが理解できなかった。


「読みますね? 対象地域。北海道全域。人型の未確認生物が暴れまわっており、対象地域の住人は直ちに頑丈な建物(とう)へ避難し、全ての窓と外へ繋がる扉を厳重に施錠するように」

「なんだ、それは――」

「緊急速報メールの内容ですね」


 逆瑠と同様、右郎も理解が追い付かない。

 だが零は冷静だった。


「佐野、なぜそのメール内容で魔物になるんだ?」


 未確認生物と書いてある以上、なにかが暴れているのは間違いない。

 しかし逆に言えば、なにかが分からないから未確認生物と表記されているのだ。

 魔物と断言することはできない筈なのだ。


「左門先輩は、右半身で魔物とまだ遭遇していないんですよね?」

「ああ。ずっとクァワウィー……王女様と居る」


「右郎くん。そっちの世界で何かありましたか?」


 クァワウィーは右郎が自分の名を口にしたのを聞き逃さずに反応する。


「クァワウィー。そっか聞こえるよな……実は、おれも意味が分からないんだけどこっちの世界に存在しない筈の魔物が暴れてるかもしれなくて……」


 クァワウィーには何かあった時に頼って良いと。頼ろうと、そう決めたばかりだった。

 それにクァワウィーは異世界の住人であり、更に王女だ。魔物疑惑のある……と言っても今は零が言っているだけだが、その未確認生物について何か知っているかもしれないと思った。


「魔物……ですか」


 頼られた。相談しれくれた。そう内心喜ぶが、内容だけに喜んでばかりはいられないと思い、真剣に考える。


「龍脈の異常などで、霊力が物質に近く変質したりすることで邪気が形を持ち、目に見える怪物と化すということはあるかもしれません」


 真面目に話してくれるクァワウィーだが、実は未だベッドの下で右郎にくっついたままで、顔を赤らめ右半分しかない胸板をぺたぺたと欲望のままに触り続けながら説明をしてくれていた。


「ありがとうクァワウィー。何となく本当に、その通りな気がする」


 クァワウィーの頭を撫でながら感謝を伝える。


「あう……」


 不意打ちに頭を撫でられたためか、声が漏れてしまう。


「あ! ごめん急に」


 王女に対して無礼だから。そんな意味で謝ったわけではない。

 右郎は明らかにクァワウィーが自分のことを好きであるということ。それを理解している。

 文字通り、不意に撫でてしまったことに対して謝ったのだ。


 だがイチャイチャしていると、右耳から大きな足音が聞こえてくる。

 そして間もなく、足音の主が力強くこの右郎とクァワウィーの居る部屋の扉を開け放つ。


「クァワウィー王女殿下ぁああ! お、お逃げください……今直ぐに……」


 扉を開け放つと同時に部屋へ入ってきたのは十代後半のメイドであった。

 そして、手に持っていた右郎の着替えを放り投げる。


「ん? それもしかしておれの着替え?」


 血相書いて王女の居る部屋の扉を思いっ切り開け放ち、騎士団長に頼まれたであろう右郎の着替えを放り投げたのだ。


 右郎は思った。


 ――このメイド何をしているのだろう。


「……一体何があったのです?」


 クァワウィーは好きな人の着替えを放り投げたことに多少の怒りを覚えはしたものの、そのメイドの焦りようを見たことでただ事ではないと考え、耳を傾ける。

 もちろん右郎に密着したままである。


「異世界からの召喚に使用した魔法陣から魔物が次々に湧き出てきているのです!」


 あり得ないものを目撃したと、パニックになっている。

 メイドの目蓋はこれ以上は開かないという限界にまで大きく開き、瞳孔の開き具合が恐怖心をそのまま表現しているようだった。

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