第五二話 サイボーグ地球半身編 その三 兄?
窓から差し込む朝日の光。左右の身体で、感じる熱量が微妙に異なる。
若干、右半身に当たる光の方が、強い様な気がしながら、右郎は目蓋を開く。
「混ざった天井だ……」
スッキリと、脳に疲れを一切感じず、爽やかに目を覚ました右郎は、仰向けになった状態で目に入った天井を見て呟く。
右目から見えるのは、シャンデリアなどの豪華な装飾を施された天井。右郎は、これには見覚えがあった。
「左目を瞑るとハッキリと解るこの天井は、眠りに落とされる直前に見た……異世界の城だな」
そして右目だけを瞑った時、左目から見えるのは――
「……ああ、これ……ヒダリトの施設かよ」
三年前、零子を救急車で搬送する際に、一緒に連れてこられたヒダリトの施設。当時と同じベッドに寝かせられていた。
右郎はこの場所をあまり好きではない。知っている場所で安堵すると同時に、嫌な気分にもなった。
「そうだ。右半身だけ異世界に召喚されるとか言う、意味不明な目に遭ったんだった……」
左右の目から見える天井を理解し、とりあえず身体を起こそうと試みる。
「ん?」
右半身側に、何かが乗っかかっている感覚があり、自身の身体に目を向ける。
「――クァワウィー!」
龍霊術を行使する際のまどろみ状態に、クァワウィー自身耐え切れなかったのだろう。
右郎を乗っかかる形で抱きしめながら、すやすやと寝息を立てている。
顔の位置は右郎の首辺りにあり、その寝息が首筋に当たる度、これまでは気が付いていなかったものの、意識するとゾクゾクしてしまう。
更には『え? これ本当に自分と同じ人間なのか?』と疑いたくなる程に柔らかな感触に包まれている。
「や、やわらかっ」
特に、自身の胸の下辺りに当たる感触が、特筆して柔らかい。異常とも言える柔らかさを持つ、膨らんだ二つの何か――首の辺りにクァワウィーの口が来るのだから、柔らかな二つの膨らみの正体など、具体的に説明する必要もないだろう。
欲に絆され味わってしまおうかと言う右郎と、いいや駄目だ失礼だと思える右郎――脳内で激しい戦いが繰り広げられていることだろう。
昨日既にクァワウィーから抱き着かれたことがあったが、精神的に疲弊しており、感触を味わう暇など無かった。
改めて右郎は、とりあえず膨らみのことは頭から抹消するよう努力しようと決めるのだった。
「全身――いいや、右半身ホールドされてるなこれ……起き上がれない」
照れくさそうに、クァワウィーから顔を反らしながら、無論左半身でも同じ動作をしてしまいながらも、仕方なしに、左半身を起こす。
「んぅう……ん」
「あ、ダメなんだった」
人体の、背骨の事を考えてみれば当然である。
背骨は、左右に分離できるであろうか? 背骨の左半分だけ動かすことは可能だろうか? 言うまでもなく不可能である。右郎はホモ・サピエンスと言う脊椎動物なのだ。
クァワウィーが居ない左半身を基準に起き上がる動作を試みてしまったが為に、右半身側もついてきて、無理に身体を起こす力加減で、クァワウィーを押し上げる形になる。
前触れなくそんなことをされれば、ぐっすりと眠っているクァワウィーとて、眠りが浅くなり、小さな声を上げてしまった。
「どうしようか……。まるで何も乗っていない左半身は、金縛りにあっているみたいだ」
困り顔をしながら、首を動かし、周りを見渡す。
クァワウィーの顔は首元にあったが、先ほどの動作により、少し下――胸の辺りまで下がった。
「モテるのも困りものであるな。イッヒ(我)がブルーダー(兄弟)。右郎」
窓の付近から、若い男の声が聞こえてくる。
異国語をところどころ混ぜると言う、珍妙な話し方だ。
「誰だ……お前……」
居たのは、白いワイシャツにネクタイをせず、第二ボタンまで開け、その上に黒色のスーツを着衣。ズボンもそれに合わせている短髪の男。ズボンには綺麗に折り目が残っており、そこだけは印象が良い。
年齢は右郎と同じくらいと見受けられるが、鍛えているのか体格が良い。
右郎の名を彼に知られていることにはおかしなことはない。ヒダリトの関係者なら誰もが右郎のことを知っているし、ライトウィステリアの関係者も、右半身だけ召喚された人物として、知っているだろう。不審者でなく、関係者であってくれたらの話だが。
しかし関係者不審者抜きにしても、おかしい。名前を知られていることではなく、おかしい部分があった。
右郎は現在ベッドの上で仰向けになっているが、その位置から外の景色が見える窓との位置関係が、右も左もほぼ同じ。異世界の右半身から見える窓と、地球の左半身から見える窓。見える光景こそ違うだろう。窓は少し高く、起き上がれない右郎に外の景色は見えないが、恐らくこれは、ベッドを窓沿いから少し離して設置したと言うだけのこと。
おかしいのは、その窓の傍に居る、今しがた声を発した男の存在。右郎からの見え方。
「どっちだ……こいつ、どっちの世界に居るんだ?」
その男が、異世界の者なのか、地球の者なのか――いや、こう表現した方が良いかもしれない。
現在、異世界に居るのか地球に居るのか、判断が付かないのだ。
先ほどから両目で交互にウインクを繰り返して、片方の世界だけを視認しているが、どちらを閉じても、その男は存在している様に見えるのだ。故に、どちらの世界に存在しているのか、判断が付かない。
試しに両目の焦点をずらしてみる。右郎は既に左右別々の世界に分かれてしまったが、普通の人間であれば、左右の焦点をずらすことで、モノを二重に見ることができる。右目で見ているモノと、左目で見ているモノを、分離して見ることができるのだ。
右半身だけ異世界に召喚された右郎にとって、常に視覚は分離している訳だが、まさかと思い、試してみた。
「――!」
言葉にならない驚き、衝撃。右郎は、一日ぶりに左右の視覚が、一人の人間に対してのみだが、一致していることに気が付いた。
「お前、何者だ? 両方の世界に存在してるな?」
敵だとしたら、モンヴァーンや那深嬉を呼んだ方が賢いかもしれない。しかし、気になって仕方がなかったのだろう。警戒しながらも、恐る恐る問うてみる。
「イッヒはお前の実の兄だ。右郎、父親のキンタマの中以来だな。イッヒらは一九。実に一九年振りの再会と言う訳だ」
自身が強者であることを自負している様な、余裕のある話し方。
「キンタ――気色悪いヤツだな。なんだお前、脳みそ逝かれてるのか?」
右郎は気味悪く感じた。言動も、理解ができない。得体が知れない。
「左門右郎、一九歳。父親は左門右蔵、一四六歳のアレはもう妖怪。右郎、お前は現在そこに居るウィステリアのクァワウィー王女によって、左右の肉体を分離させられた――お前の事は良く知っている。故にイッヒが自己を紹介する番だな」
「うげっ」
もう、そうやって口で批難するしかない。彼の発した言葉が、喋り方が、何か見透かされている感覚がし、偏見かもしれないが、右郎はとにかく気に障った。
(何を言っているのか理解ができない)
「イッヒの名はゴートリンクス・フォン・レチェツトァー・カイザー・ヒダリト。一九歳。お前の様に、右半身と左半身に分かれている半分――人だ。父の名は左門右蔵一四六歳。ブルーダーよ。お前の実の兄だ」
自己紹介をしながら両手を動かすと、右郎の目には腕が左右合わせて四本あるように見える。
「うわっ!」
化け物かと思うような、異質な光景。恐らく、異世界側の肉体と地球側の肉体とでバラバラに動かしているのだ。
彼、ゴートリンクスは左右の半身に分かれていると言っているものの、普通に立ち、更には歩いて右郎の元へ近付いて来た。
「――ぶ、分身した!」
近付いて来る際、二人に分裂したかのように見える。
異世界側か地球側かのどちらかが、横に反れたのだろう。が、右郎は目を丸くし、仰天する。
「よろしくな。ブルーダーである右郎」
握手を求められる。それも、両方の世界で。
右半身側には左手を、左半身側には右手を差し出された。
「お前みたいなのが兄とか信じたくないが、一番理解できないのは、父さんが一四六歳って何言ってんだ? 四〇代後半ってとこだろ? そういや実年齢知らないけど丁度一〇〇歳多いだろ!」
ゴートリンクスを信用できず、右郎はその握手に応じない。
「……左右の世界で――この言い方はおれが言ってるだけだが、異世界と北海道で魔物が現れた事、お前が関与してたりするのか?」
怪しい人物。それも魔物が暴れた翌日――今日の早朝に現れた。明確な根拠こそないものの、疑われても仕方がない。
仮にそうだったとしたら――逆瑠を殺されているのだ。腸が煮えくり返るに違いない。
無意識の内に、右郎はゴートリンクスを睨みつけながら問うていた。
「……ああ。あれのことか――」
――ぶっころしてやる!
何気ない声色でのその返答に、
「ひゃあ! え? な……右郎く――」
ゴートリンクスの返答の続きを聞きもせず、
「ちょっと、ま、待って右郎くん。ごめんね」
左半身を起き上がらせる勢いで、クァワウィーを突き上げ右半身も起き上がらせ、そのままどちらの半身ともなく、左右両方の拳でゴートリンクスに殴り掛かる。
突き上げられた勢いで目を覚ましたクァワウィーは、ゴートリンクスの存在に気が付くや、何かを察した様に、瞬時にシータ波に入り、粗い龍霊術ながら、昨日眠りに落ちる寸前に完成させたゴーレムの左半身の拳で、右郎の右の拳を掴み、止める。
がしかし、左半身を止めてくれる人は、現在傍に居なかった。
「ふ、ふふふふふ。いいだろう! 互いにこの世に生を授かり一九年。初の殴り合い兄弟喧嘩! 望むところだ、掛かって来いこのブルーダー(兄弟)に、左右の身体で向かって来い右郎ッ!」
左右二本の腕を大きく広げ、目蓋も口も大きく開き、高揚しながら右郎の拳を受け止める姿勢を見せる。
「だ、だめ! そっちに那深嬉ちゃん居ないの? 待って右郎くん! 那深嬉ちゃん止めてぇええええ!」
ゴートリンクスの左半身から、自身の龍霊術とそっくりな霊力の流れ――通常の肉体ではあり得ない、左半身中に巡る大量の霊力をクァワウィーは感じた。
クァワウィーの使う、今まさに右郎に対して使用中の龍霊術も似たようなモノ。大量に霊力が巡っている。それ故にクァワウィーは察した。この男は右郎と同様に半身が左右に分かれていると、そして何やら、右郎と争っていると言うこと。
殴り掛かっては収拾がつかなくなる。激昂している右郎を、一旦抑えなければと、クァワウィーは瞬時に判断をした。が、彼女に止められるのは自身と同じ世界に存在する右半身のみ。左半身のことは、聞こえるハズもない那深嬉に託す。
「逆瑠の仇だ畜生がぁああ!」
叫びながらベッドを飛び降り、ゴートリンクスに殴り掛かる。
右の拳と左の拳で、殴り掛かる。
「流石ヒダリトの技術だな。左の拳痛いぞ」
愉しそうに鼻で笑いながら、ゴートリンクスは全て自身の手で受け止める。
右郎は気が付いていなかった。サイボーグの左半身が、既に己の肉体感覚で馴染み、自由に操作できている現実に――。
「ウィステリアの女!」
左右の手とサイボーグの右手から繰り出される拳を受け止めながら、ゴートリンクスは何やら憎しみ深き色の声でクァワウィーを睨みつける。
「……わたしのこと?」
突然、初対面で何なのだ? と、訳も分からず逆に軽く睨みながら返す。
「そうだ。実弟は返して貰う。あの逆蔵の玄孫めがっ! お前たちの好きにはさせん。開国させてやるよ」
正義心溢れる様に、迷い無き真っ直ぐなその言い様。
まるで、このフトゥーノ王国が、日本が江戸時代の頃の様な鎖国状態だと言っている風に受け取れる。
それが事実ならば、このゴートリンクスは開国せよと言って来ている。
日本史実で言うペリー。黒船来航ならぬ、右郎の兄を自称する不審者来城である。
フトゥーノ王国や左門家に関わる、複雑な建国物語は明治維新の少し後。
決して長くは無い歴史の中で、クァワウィーにとって全く迷惑極まり無いが、ライトウィステリア家は彼、ゴートリンクスの恨みを買ってしまった様である。
物語を整理したいので、今後、投稿ペースが遅くなるかもしれません。
具体的には、過去編――右郎とクァワウィーの過去ではなく、更に一〇〇年以上遡ってしまうので、ちょっと、簡潔に表現できるようにならないと、これマズいなと思いまして。
上手いことダラダラなストーリーにならぬよう、気を付けていきたいと考えております。
それに合わせて冒頭も整理しているところです。
色々とつたないですけれど、これからもよろしくお願い致します。




