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第五一話 クァワウィーの過去 その二三 オンヌァイトの兄

 那深嬉が丁度、右郎やクァワウィーたちと出会っていた頃、左々木石太はマンキシと出会っていた。


 マンキシが西洋刀を右子へ――スーツの反動で全身に激痛が走り、動くこともままならない右子へ振りかざそうとしていたまさにその時に、石太は駆け付け、その西洋刀の刀身を右手で掴んだ。


 特殊筋肉補助スーツの、安全に使用できるギリギリライン。詰まり、リミッター解除による反動を食らわずに済む範囲内の、最高速度で間に合わせた。


 その速度と言うのは、那深嬉が右郎たちを連れ、羊蹄山を目指していた際の、新幹線を優に超える速度と同じくらいであった。


 それほどの速度にして、この場所は支笏湖の湖畔。砂浜である。さながらサハラ砂漠に起こり得る砂嵐の如き。マンキシも右子も目を開けていられない。開けていられるハズもない。

 更に可哀想なことに、現在右子は全身に走る激痛によって、外部からの衝撃がほんの少しでも、例えば子供が指でつついた程度で更に強い痛みを受けてしまう状態だ。

 砂嵐は……痛いだろう。もはやこれ以上、右子の苦痛を説明するまでもない。


「――ぁ、あぁ。ぐぁ……」


 目を閉じながら呻き声をあげる右子。

 石太が来たことにすら気が付いていない。訳も分からず、痛いだけである。


「コイツ、この出鱈目なスピード……仲間か?」


 目の前に現れた石太を見るや、いいや、正しくは、見ていない。

 砂嵐の中、目を開けられないが故に、彼は石太の持つ霊力を感じ取り、その存在を認識している。


 この様に霊力を感じ取り、人物を認識すると言うのは、龍霊法を習得する過程で誰もが得る技術だ。

 初めに霊力を感じ取ることから始めるが為に、さほど難しい技術ではない。比較的簡単な部類だ。


「左々木石太と申します。社長の奥様がお世話になられたようで、わたくしともよろしくお願いいただけますでしょうか?」


「左々木石太だとぉ?」


 落ち着いた話し方だが、明らかに怒りを感じさせる声に、マンキシは焦りながら石太に掴まれた西洋刀を、必死に引っ張り、放そうとする。


「右子さん……間違ってますねぇ。これ、《筋肉(マッスル)補助(アシスト)スーツ》じゃないですか。電気でオーバーヒートって危険すぎますよ。四天王用の《特殊(スペシャル)筋肉補助スーツ》。右子さんの分もあったハズなんですけどねぇ?」


 う~ん。と小首をかしげながら考え込む。


「そ、その……声。うっとうしい、しゃべり……お前……石太か?」


 砂嵐もそろそろ収まって来た。痛みが和らぎ、いや、本来の激痛だけに戻ったと言うべきか。

 激痛には変わりないが、砂嵐の叩き付けに慣れてしまったせいか、かなりマシに感じられた右子は、目蓋を開き、喋ることが叶った。


「意外と大丈夫そうですね」

莫迦(ばか)め。どこがだ。しかし、私が間違えたとは……どういうことだ?」


 右子は自分が何を間違ったのか分からず、激痛でありながらも気になって仕方がない。


「社員でないあなたには行き届いていなかったんですね。こちら側のミスです」


「行き届いていなかったとな? 何か開発したのか?」


「ええ。実は、あの霊力を動力とすることを可能とした《ヒダリトエンジン》が開発されましてね。我々四天王を優先して、そのヒダリトエンジンを搭載した《特殊筋肉補助スーツ》を使用することになったのですよ。右子さんは四天王ではありませんが、あなたの立場は我々四天王より上ですので、電力で動くモーター製などの粗悪品、使わせる訳にはいかなかったのですが……」


 情報伝達に不備があったとして、石太は申し訳なさそうに、余った左手で頭を抱えながら特殊筋肉補助スーツの存在を説明する。


「霊力を、か……龍霊術の応用か? 凄いな社員たち。しかしスペシャルとな。名付けたのはやはり灸徒の奴か? ふふ。左藤の者は昔からネーミングセンスが壊滅的であったな。アイツのことだから、特殊と書いてスペシャルと読ませているのだろうな。全く、日本語とイングリッシュを混ぜると言うフトゥーノ王国の方針を、そんな方向性で意識せずとも――ぐっ!」


 仲間のことで楽しくなり、饒舌に話していた右子だったが、突如痛みが強まる。


「右子さん。大人しくしていてくださいね。さてと、フトゥーノ王国の騎士さん」


 右子に釘を刺し、マンキシに向き合う。


「左々木石太。一つ良いか?」


 マンキシには聞きたいことがあった。

 先ほどの二人の会話の中に、聞き捨てならない内容があったのだ。


「何故、お前たちが霊力のことや龍霊術の存在をそこまで。この世界のことについて説明してくれたが、それにしても詳しすぎる! 詳しすぎないか? フトゥーノ王国の方針のこと――そして、サトウという者がネーミングセンス壊滅的だと言う事……ライトウィステリア王家と、同じじゃないか! なにか引っかかる。偶然で済ませられない何かッ!」


 マンキシは混乱してきている。

 正直、自分が何を言っているのか良く解らなくなっている。

 しかし、何かが引っかかる様だ。このまま流してはいけない――そんな気が、している様だ。


 マンキシの質問を受けて、左々木石太はヘラヘラとした雰囲気から、真面目な眼差しになり、話し出す。


「フトゥーノ王国の、王家ライトウィステリアと(さん)()()たるライトフィールド、ライトライトウッド、そして、唯一法則にそぐわない特殊な、枳埀礪(しだれ)様のライトブロッサム」


 スラスラと話すその様は、フトゥーノ王国のことを当たり前に把握しているかのようだ。


「なんで、そんな詳しいんだ……」


 異世界の者に、自国のことを把握されすぎている。王家や自身のライトフィールド家までも把握されている。

 マンキシは、少し怖く感じて来たのか、表情に余裕がなくなる。


「わたくし、左々木石太は、フトゥーノ王国へ行けばイシタ・ライトライトウッドになる」

「それは! オンヌァイトの家名!」


 仲の良い仕事仲間であり、昔からの馴染みでもある者の家名が出て来たからか、驚きが隠せない。


「ライトライトウッド家の始祖たるキセキ・ライトライトウッド。和名、佐々木(ささき)騎石(きせき)。彼から見て、わたくしは来孫に当たります」


 落ち着いた声で、当たり前の様に言う。


「は? ……なんだ……と」


 詰まり、オンヌァイトと親戚関係だとほざいている。マンキシは理解が追い付かない。


「フトゥーノ王国に、しっかりと書物として記録が残ってるハズですけどね? 何故解らなかったのですか? 自国の歴史くらい、理解しておきましょうよぉ? ところで、あなたのお名前、お聞かせ願えますか?」


 敢えてだろう。ニヤニヤと頬の筋肉を動かしながら、マンキシを煽る様な言い方になる。


「俺はマンキシ・ライトフィールドだ! くそ、気に障る話し方だな。オンヌァイトの親戚か? 本当に」


 かなりイラついているものの、石太が色々と知っているのは間違いないと思えたマンキシは、正直に自分の名を言う。


「ライトフィールド家の者でしたか。マンキシ君と言うと、四天王最強である零子さんの()さんですね」


 ライトフィールドの名を聞くと、直ぐに身元が解ってしまう。更には、元よりどこか経由でマンキシの存在を知っていた。


「君付けやめろ! 気色悪い。……それで、レイコ? 確かに俺には幼い頃レーコって姉が居たが、弟って……それはないだろ! 血縁関係ったって一五〇年前とかの話だろ?」


「いえ、普通に今も交流ありますよ? 龍脈の関係で、頻繁に逢うことは叶いませんが、龍霊術を介して連絡も取り合っていますし、なんなら、オンヌァイトはわたくしの妹です」


「嘘つけっ! お前みたいなのがオンヌァイトの兄な訳ネェだろ!」


 人差し指を突き付け、全否定してやりたそうなマンキシだったが、両手で西洋刀を握っている為できない。


 石太の持つフトゥーノ王国の情報は事実だ。血縁関係云々をマンキシはあまり信じたくない様子だが、しかしオンヌァイトの事を知っている時点で、信じたくないが、本当なのだろうと怒りながらも内心思っているハズだ。


「妹がお世話になっております。兄妹(けいまい)共々宜しくお願い申し上げますね。マンキシさん?」


 軽くお辞儀をする。


「誰が宜しくするかアホたれェ! お前みたいなのが将来義兄になるとか冗談じゃねぇぞ!」

「おや、妹と結婚の予定でも?」

「あ……い、いや、なんでも」


 顔を赤らめながら目を泳がせる。オンヌァイトのことが好きなのだろう。


「どうやっていじって差し上げましょうかねぇ? ふっぐふふふ」


 石太は面白いネタを見つけたと思ったのか、ニマニマと頬を動かし、目蓋を大きく開いている。


 が――。恋するマンキシ君をいじっている暇などないかもしれない。


 ガサッと、湖が前だとすると、その背後にある森から、何か大き目の生物が葉をかき分ける様な音がする。


「貴様ら、遊んでいる暇はなさそうだ。この邪気を……感じるだろう?」


 痛みに耐えながら、右子が言う。


「ええ、右子さん。からかえなくてすみませんマンキシさん、あとでからかって差し上げますので、今は共闘願います」


 ヘラヘラモードから真剣な精神状態に移行した石太は、右手で掴んでいたマンキシの西洋刀を放し、背後にある森へ身体を向ける。


揶揄(からか)わんで良い。俺が裏切るとは思わないんだな?」


 マンキシもその存在に気が付いた様で、石太に放してもらうや森の方向を向く。


「ええ。オンヌァイトを好きな青年が、わたくしを裏切る訳がありませんからね」

「あとでって言ったクセして早速揶揄うんじゃねぇよ!」

「おっと。失礼を致しました。無自覚でした」


 無自覚にからかいながらも、石太は腰を落とし、左足を少し下げ、左手を胸の方に引き、右手を敵に向ける。

 マンキシも不満に思いながら、西洋刀を両手でしっかりと握り、脇を閉める。


 その敵は、北海道に生息する()(ぐま)。樋熊自体、地上で最強クラスの戦闘力を有しており、人間に勝てる見込みはほぼない。

 が、石太やマンキシの様な、戦える者共に関しては、その限りではない。

 しかしそれも、ただの樋熊ならの話である。様子がおかしかった。


ぐぎゃああ(貴様らから)ぎゃっ(ヤツの)ぎゃぎゃぎゃ(サクラシダレ)ぎゃああああ(の気を感じる)! ああああ! ぎゃあ(憎き)ぎゃぎゃぎゃ(サクラシダレ)ぎゃぎゃー(の末裔と見受ける)ぎゃぎゃ(貴様ら)ぁああああ!』


 それは人間に聞き取れる声では決してなかった。人間には、ただの叫び声にしか聞こえない。

 しかし、三人には何を言っているのか理解できた。


「これは……あの叫びが、内容として理解できる」


 何故理解できるのか、マンキシは困惑する。


「ああ、これは、左門の始祖ヒダリーの掛けた言語変換の龍霊術の効果が、我々子孫まで残留しているからですね」


 左々木家の石太曰く、樋熊の言葉が理解できたのは、先祖の龍霊術の影響とのこと。


「左門のって、お前は左々木だろ? と言うか、ライトライトウッドと同じなんだろ?」


 石太が左門の始祖が自分の血縁かの様な言い方をしたことに、疑問を抱いた。


「我々左門家と三貴家、ライトウィステリア家――こちらでは左藤と呼んでいるが、これら五つの家は、明治時代から割とかなり血が混じっている」


 激痛が走っているハズの右子だが、樋熊と対峙した緊張感によって、脳内にアドレナリンが分泌し、火事場の馬鹿力が発動。肉体は動かせないものの、精神状態のみが高揚し、饒舌になっている。


「うわぁ。複雑な家系図になりそうだな」


「他人事そうに言っておりますがマンキシさん。ライトフィールド家――こちらでは左野家と呼んでおりますが、あなたも三貴家の者なのですから、わたくしや右子さんと血縁関係あるのですよ」


「…………え、えええ……」


 一瞬石太の顔を見るや、マンキシは滅茶苦茶嫌そうな顔をする。


「失礼ですねマンキシさん。わたくしと血縁関係があると言うことは、オンヌァイトともだと言うのに」

「……それはっ! う、嬉しいような……嬉しくないような……」


 想い人と血縁関係があると言われると、マンキシは複雑な想いになる。

 従妹以上離れてれば結婚できたっけ? などと考えているに違いない。


ぐぎぃいい(テメェら)! ぐぎゃあああ(何か話してる)ぐぎゃが(みてぇだが)ぐぎぎぎぎ(そろそろ)ぎぃいいい(ぶっ殺してやる)! ぎゃぎゃぎゃ(サクラシダレ)ぎゃぁあああ(の子孫共がァ)!』


「口調が変わったぞ! 左々木石太、お前のせいでブチギレしたっぽいぞ? それにしても、この熊が言ってるのは、もしかしてシダレ・ブロッサム様のことか?」

「那深嬉さんの先祖だ。枳埀礪(しだれ)様何やったんだよ」


 樋熊の目的は良く解らない三人だが、とにかく戦闘は避けられないと悟り、マンキシは改めて西洋刀を構える。


「刀持ってくれば良かったですね。始祖の騎石高曾(こうひい)祖父じいさんが明治後期の札幌にて新(せん)組の永倉新八さんから習った剣――それを受け継いだわたくしの剣を、熊相手に試してみたかったのですが。……剣術は対人用ですけどね」


 脇を閉め、両手で刀を持っているかのようなポーズ――差し詰めエアギターならぬエア日本刀をしながら残念そうにする。


 誤解のないように。曽々々(そうそうそう)祖父(そふ)と言う意味の高曾(こうそう)祖父(そふ)と言う言葉は存在せず、(そう)祖父(そふ)の上である(こう)祖父(そふ)までしか日本語には存在しないそうなのだが、重要な始祖の世代を解りやすいように、三貴家の誰かが造語したのだ。

物語が複雑になってきましたが、矛盾が生じないよう注意を払っていきます。

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