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第五〇話 クァワウィーの過去 その二二 ぶった斬り殺してやるぜ!

 上空三〇メートル地点――いや、浮いているのだ。地点と言うのは少々変かもしれない。空点とでも言おうか。

 そこで浮き止まっているクァワウィーたちは、地上に居る、ヒグマの様な、しかしそれにしてはいささか巨体すぎる化け物。

 ヒグマ自体、かなり巨体な生物ではあるものの、この熊はおかしい。


「…………五メートルは、あるでしょうか……」


 恐怖からか、唾を飲み込みすぎて舌足らずとなった呟き。

 クァワウィーも右郎も、ましてや僅か二歳のキャワウィーに『メートル』などという単位はわからない。

 呟いたのは那深嬉だった。上空からの目視で、その巨体さを大まかに測ったのだ。


 ヒダリトの開発したヒダリトエンジンを以てすれば、新幹線よりも速く移動することが可能だ。

 このまま本社のある羊蹄山まで向かってしまえばいい。


 しかし――そうは出来かねた。


「霊力が、いえ――わたくし、初めてしっかりと感じましたが、これが邪気と言う……モノ…………」


 このヒグマ。北海道に居るので蝦夷樋熊だろうか。一体何故これ程までに巨体なのか。何故、一枚一枚――いや、これはもう長いので『本』と数えるべきか、いや、これ程までに鋭さを持つのだ。刀と同じ単位で『一振り』なんて呼んでしまっても良いレベルかもしれない。

 そう思えてしまいそうな程、巨大で鋭い爪を持つ。

 その鋭利すぎる爪の長さは、騎馬戦などで使用されるイメージのある、刀身が長く鍛えこまれた、所謂大太刀と同等である。


 切れ味や質量は未知数だが、そんな巨大すぎる爪、五振りを平然と支えている手の筋肉――この場合、指の力が異常と言うことになるのか、いや、それだけには済まないだろう。その指を支える腕力、それすらも支える肩の筋肉、全身を支える足腰が、異常に発達しているのだろう。熊のくせに二本足で歩いているのだから。


「き、気付かれて……ます…………」


 ヒグマと目が合い、何度目かもはや分からない唾を飲み込みつつ、呟く那深嬉は、何故か身体を動かすことが叶わない。


 二本足で、ヒグマはゆっくりと、那深嬉の真下をうろうろと歩き回る。邪気を、目に見えるオーラとして発しながら――そのオーラは空高く伸びており、クァワウィーたちに直撃――思いっ切り全身に浴びてしまっている。


(この……強すぎる邪気のオーラ。まさか、これがヒダリトエンジンに不具合を発生させた?)


 その仮説を思いつくと、恐怖で済んでいた()()()、絶望的な()()()()変貌する。

 ヒダリトエンジンの動力のことを考えると、しっくりと来る仮説だった。しっくり来るからこその絶望である。


 ヒダリトエンジンの動力は、フトゥーノ王国の者が使用する龍霊術に必要な力――霊力。それと同一の力だった。

 そして邪気は、霊力に(よこしま)な念が入ったモノ。純粋霊力と、対になる霊力の状態。ヒグマの放っているこの邪気は、ヒダリトエンジン内部の純度の高い霊力に干渉し、混ざり合い、不具合を発生させていた。


(わたくしの仮設が正しければ、逃げられない――こんな、強いオーラを発しても尚、際限なく溢れ出ているこの邪気の量……大抵のことは、恐らくできてしまう…………)


 空を飛ぶことだろうと、新幹線よりも速く移動することも、容易くできてしまう可能性が高い。



 先ほどから、一切の声を上げないクァワウィーたち。


「「「……」」」


 上げないのではない、上げられないのだ。


 恐怖から、涙を流しているものの、恐ろしすぎるのだろう。声が出ていない。


 幼い子の方が、幽霊を見やすいと言う話を良く耳にするが、幽霊の正体は霊力である。

 霊力のことを良く知らない者たちが、お化けだ幽霊だと騒いでいるに過ぎないのだが、それは詰まり、幼い子は一般人であろうと、大人と比べて比較的霊力に敏感。存在を感じやすいのである。


 それは邪な念が入りに入った邪気であろうと同じ。


 霊力が身近なクァワウィー、キャワウィー。そしてヒダリトの者である右郎は、特質して霊力を感じやすかった。

 ヒグマの放つ邪気を、誰よりも、那深嬉よりも強く感じ、声にならない絶望を感じていた。


(このままでは、まずい……ですが、動けない……一体どうしたら……そもそもあの熊はなんなのですか!)


 絶望感を、邪気を放つヒグマへの怒りに変える。


 と言うかそもそもこのヒグマがどこから来たのか、何故これ程までの邪気を有しているのか、全てが謎だった。


(わたくしが邪気に捕まってしまった以上、助けていただく他ありません)


 そう言って、携帯電話でヒダリトスペシャル号へ連絡しようと、腕を動かそうとするも――。


(そ、それは……それはないじゃない……)


 あまりの無力さに、絶望へ逆戻りした。口調も崩れてしまっている。

 那深嬉はズボンのポケットにしまっている携帯電話を取ろうとしたが、そもそも身体が動かなかった。


 ヒダリトの開発したスーツは、筋肉を補助するものだと言うのが表向きだ。

 一般向けに販売している商品はただそれだけだが、戦闘に特化した製品は少し異なり、肉体を巡る霊力を整え、効率化している。そのため、反動は、肉体だけでなく魂までもが傷んでしまう。


 スーツが着ている者の霊力に干渉すると言うことは、そこに邪気が流れ込んでしまえば最後、肉体の操作がおかしなことになってしまうのは必至。


 左倉那深嬉は、空中で制止している――指一本さえも、口も目蓋すらも動かすことができないのである。


 特殊筋肉補助スーツを着ていない子供たちは、体を動かすことは可能ではあるが、しかし那深嬉の手を握っている今の状態から、手を離すと落下し、球状に展開されているヒダリトバリアに受け止められる。

 地上へ落ちることは無く、怪我もしないであろうが、ヒダリトバリアからは出ることができない――閉じ込められているとも言えるこの状況。恐怖でそもそも動けないことで、それに気が付くこともなさそうだ。


(そうです。右郎様に、携帯電話を、取っていただければ……)


 スーツを着ていない右郎なら、手を動かすことも可能だと思い付き、那深嬉は希望の想いで――しかし表情筋を動かすことも叶わないため、心で思う感情にそぐわない、相も変わらぬ絶望表情のまま――いや、それは心情であった。表情筋を動かせなくなる寸前は、恐怖の表情で済んでいたのだ。その恐怖表情と、瞳すらも動かせないので、視界内の右郎に、()()()()()()。目線を向ける代わりである。


「……あ、あぁ」


(バカですか……わたくしは…………)


 そもそも戦闘経験のある那深嬉自身、恐怖と絶望で押しつぶされそうな精神状態だったのだ。

 僅か五歳児に何とかしてもらおうなど、考えが甘すぎた様だ。


 右郎は、何を考えているのか。

 絶恐(ぜつきょう)に染まった表情から、那深嬉は読み取ることができない。


(こうなってしまえば、どう足掻いても、わたくしにできることはありません。あの邪気の塊の様な獣が、大人しく去ってくれるのを祈るしか……)


 那深嬉にできる事とは、それしかなかった……………………。






(一時間くらい経ったでしょうか?)


 三分程度である。


 ヒグマがどこかへ立ち去ることを祈り始めてから、三分程が経過した。

 那深嬉は恐怖や緊張から、時間の感覚がおかしなことになっている。

 時計も見ることが叶わない。


 肝心のヒグマは、未だにウロウロと同じ場所を歩き回っている。


 何も変化がない――そう、那深嬉は心の中でどうしようもない気持ちから、涙を流して――流したかったが、一滴も流れない。と言うか閉じない目蓋のせいで、乾きそうである。

 乾きそうであったところに、ドドドドと、地面の土が抉れる様な音が、走っている様な規則性。それもかなり短い間隔で、徐々に、その音は大きく――ヒグマへ向かって近付いて行く様だった。


(誰か来てくれた?)


 特殊筋肉補助スーツを着た四天王であれば、この様な音を立てながら走ることも可能であることを、同じ四天王である那深嬉は、良く知っている。


(零子さん! 左藤先輩!)


 その二人のどちらか分からなかったが、那深嬉は尊敬する人が助けに来てくれたと、今度は喜びの涙を流したかった。

 流れず、寧ろ乾いているが、


 そんな皮肉の中、足音の主の声が聞こえてくる。


「こんなとこまで逃げやがって! 我が戦友イシタの仇! そして、クァワウィー王女、キャワウィー王女、右郎君が遭遇してしまう前に、ぶった斬り殺してやるぜ!」


 金の短髪に、西洋刀を両手に握り締め、顔、胴、腕に剣で斬られた様な長い傷が目立つ騎士――遠目で目の色は分からなかったが、明らかに日本人ではなく、那深嬉は誰だか分からなかった。


 しかし。


「マンキシ! マンキシだよ!」

「あほー! あほーだよ!」


 彼の姿を視界に入れるや、王女二人は声を上げて歓喜する。


(あの男が、マンキシ?)


 ヒグマの邪気にやられ、恐怖や絶望に精神を飲まれていたところ、彼の登場で希望に満ち溢れた。

 自身の心の内で、霊力を洗った。純粋な希望が、邪な念を打ち消してしまった。

 それ自体は、霊力の純度を変えるのは、理論上は人間誰にだってできることだ。

 しかしそれには強力な念が必要。今回の場合、マンキシへの強い信頼が、ヒグマの放つ霊力の念よりも、上回っていたことの証明でもあった。


「信頼、できるのですね。……あ!」


 声が、出た。


 これまで那深嬉は心の中で思ったことを口に出そうとしながら、結局口が動かなった。

 そんなことを繰り返していたので、声が出てすぐ、喋れたことに気が付かず、数秒経ってから気が付いたのだ。


「右郎様!」


 すぐさま那深嬉は右郎へ目を向ける。

 マンキシと言う信頼できる存在が助けに来たことで、クァワウィーとキャワウィーは元気になったが、右郎はマンキシのことなど知らない。言っては何だが、どうでも良い存在。


 それ故に、もしかするとまだ恐怖したままなのではないかと、那深嬉は心配でたまらなかった。


「……だいじょうぶ。大丈夫だよ。那深嬉お姉ちゃん。クァワウィーたちの気を感じて、元気になったから」


「右郎様……」


 那深嬉は一安心からの涙を流した。

 やっと涙が流れた。


 右郎は、那深嬉が思っていたよりも精神力のある少年だった。


 恐らく、右郎の、霊力を感じやすい才能が、クァワウィーたちの影響を強く受けたと言うことであろう。



「邪気獣蝦夷樋熊――ぶった斬り殺してやるぜ!」


『ぐしゃぁああああああ!』


 腹の底からの大声を追い風に振るわれる西洋刀と、殺気に満ち溢れた霊力を乗せた雄叫びと共に、肩から大きく、クロスする様に振り下ろされる十振りの爪。


 ギィイイイイイイイイイインっと、鋭く尖れた金属の(やいば)同士を激しくぶつけた様な、衝突音。

 西洋刀と爪との間で、火花が飛び散る。

 少しの火花ではない。華やかさを捨てた、オレンジ色だけの花火の様。

 辺りの木々に燃え移らないか心配になるレベル。しかも、クァワウィーたちにまで下手したら届いてしまいそうなくらい。ギリギリ今は届いていないが、


「滅茶苦茶強いじゃないですか」


 スピードの程は解らないが、あれだけの邪気。今度は霊力の質を殺意で満たした、あの力をまともに受け止めている。

 その時点で、那深嬉は目を見開き仰天していた。


 株式会社ヒダリト戦闘社員四天王第三位である自身よりも、強いと、那深嬉は素直に思ったのだった。

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