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第五話 右郎の過去 その二 この子のことが好きだ――

 少女の手を引き高校へと向かう。


「……」


 その(かん)、少女は言葉を発しなかった。

 何も言わず、右郎の目を見つめている。


「う……き、気まずいな……」


 よく考えると右郎は女の子とここまで深く関わることは初めてだった。


「なんか、意識するとドキドキしてきた……」


 年下とは言え、年齢差はそこまでない。少女の年齢を右郎は知らないが、自分が高校一年生なので最大でも三歳までしか違わないのは、飛び級などの事情がない限り、間違いない。中一で恋人は早い気もするが、お互い恋愛感情を抱くだけなら三歳は大した年齢差ではないだろう。


(まあこの子は……言っちゃ悪いけど、飛び級なんてできる家庭環境じゃなさそうだし、普通に見た目どおり中一なんだろうな)


「ドキドキしてるの?」


 少し嬉しそうな声色で言ってくる。

 考え込む前、つい声に出てしまっていたようだ。


「――しまった! あ、ああ……いやその」


 少女に対しての接し方が分からなくなってしまい、目を反らす。


「むぅ……」


 それを見た少女も目を反らしてしまう。


 しかも、よく見てみると頬がほんのりと赤く染まっている。


「どうすれば良いんだよ……」


 互いに気まずいまま高校へ到着した。


「着いたぞ」

「うん。ここがお兄ちゃんの学校なんだね」


 少女のお兄ちゃん呼びに対して、妹と言う設定で連れて行けばスムーズに事が進むかもしれないと思ってしまう。


(いや、嘘は駄目だな……)


 確実に助けるために、嘘をつくわけにはいかない。


「じゃあ。行くか」

「――うん!」


 何故か少女は右郎の高校へ入ることに対して満面の笑みを浮かべる。


(なんでこんな嬉しそうにするんだ?……)


 右郎に少女の心情を察することはできなかった。


「お、あったあった。これ使うと良い」


 在学中である右郎には上靴があるが、少女には当然ないため来校者用のスリッパを渡す。


「ふふ、ありがと!」


 スリッパに記載されている学校名を見て、再び笑顔を見せる。


「ああ! なるほど、高校への憧れってことか!」


 少女が嬉しそうにしている理由をそう考えた。

 それももちろん理由の一つだろう。


 しかし。


「ふんっ!」


 少女はそっぽを向いてしまった。


「え? ええ? ええええええ? ど、どういう……一体どういうことなんだ!? 女の子って謎だな……」


 女心が理解できない右郎は、ただ困惑することしかできない。


「んっ!」


 そう言って再び右郎の()()を握る。


「……案内して?」


 甘えた声で言ってきた。


「ええ?」


 怒ったと思ったら甘えてくる。

 益々(ますます)少女の心情が分からなくなるのだった。




 一学年(右郎)の教室は二階にあるため、玄関から入ってすぐのところにある階段から二階へ上がって行く。


「……階段、こわい……」


 少女はそう平仮名口調で言って、右郎の左腕に抱き着く。

 元々右手で右郎の左手と繋いでいたため、余った左腕で抱き着く形になる。


 ほぼ密着状態である。


(ちょちょちょちょ! なんだコレ! なんなんだ! この子可愛すぎないか!)


 動揺した右郎は動きがぎこちなくなりながらも、何とか階段を上りきる。


「はぁ、はぁ……」


 にやけながら息を切らしている。

 ぎこちない動きと少女の小さな重み、そして緊張によって無駄に筋肉が疲労してしまったのだ。


「お兄ちゃん……大丈夫?」


 はぁはぁ――と息を切らしている右郎を心配し、覗き込む。


「だ、大丈夫だ」


 にやけている顔を右手で隠しながら言う。因みに左腕はまだ少女に捕まったままだ。


 右郎は正直、嫌ではなかった。少女の行動、言動がいちいち可愛く見え、にやにやが止まらない。


「ちょっと待ってくれ」


 そう言って深呼吸をする。


(にやにやよ、収まれ……収まれ。収まれ収まれ! にやにやァ!)


 しかし悲しきかな。少女の可憐な姿が脳裏に焼き付いて離れない。


「あああああああ! クァワウィィィ(可愛い)!」


 たまらず叫びだしてしまう。


「え? ええ! お兄ちゃ――」


 クァワウィィィ。少女はそれが自分に対して可愛いと言ってくれているとすぐに分かってしまい、赤面する。

 しかし直後教室の扉が勢い良く開かれ、中から人が出てくる。


「な、なにやってるんですか……左門くん」


 教室の扉から出てきたのは、右郎を泣かせた中年の女教師であり、少女を助けるために必要な存在だった。


「……先生。どうしておれの教室から?」


 教師の姿を見て冷静になる。

 そして教師が出てきた教室と言うのは、右郎の教室でもあったのだ。


「左門くん。あなたは真面目だから必ず鞄を取りに戻ってくると、思っていましたよ……」


 それを聞いて右郎は怒りが湧いてくる。


「先生の言う真面目というのも、父が社長だからって先入観ですよね!」

「――お、お兄ちゃん!?」


 感情的に怒った右郎を見て、少女は驚いてしまう。


 ――あんなに優しかったお兄ちゃんが、どうしていきなりこんなになってしまったの?……。


 少女には、今の右郎を右郎と思うことができない。


 認めたくない。そんな想いがあるのだ。


 ドクドクと、身体の脈打ち感覚が短く、大きくなり、開いた目蓋(まぶた)が動かない。



(どうして? どうして? どうしてどうしてどうして?)



 まともな思考ができなくなっていた。



(なんで? なんで? なんで? なんで? なんでなんでなんで!)



 右郎の姿がぐるぐると歪んで見えてくる。



(お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃ……ん…………)



 少女は震え、恐怖を……右郎に対して恐怖を覚える。



(お……兄…………ちゃん……)


 叫びたかった。優しくしてくれた右郎を、呼びたかった。


 それなのに、声が出ない。








「――なっ! あっ!」


 異常な状態の少女に気が付いた右郎は、一気に冷静になる。


「ごめん! 怖がらせちゃったよね!」


 少女がこのような状態になってしまった理由は分からない。しかし右郎は一片の迷いもなく少女を抱きしめる。


「……お…………お兄……ちゃん……」


 抱きしめられたことには直ぐに気が付いたが、意識が少しだけ朦朧(もうろう)としている。


 だがすぐ意識は曇りが晴れたようにクリアになってくる。


「――お兄ちゃん……ワタシの好きな、お兄ちゃんだよね!」


 少女は涙を流しながら右郎に抱き着く。


「そうだ! そうだぞ……」


 右郎も涙が出てきた。


 見ず知らずの、名前も知らない少女に何故ここまで心を動かされるのか。


 名前こそ明かしていないが、悩みを言い合って、初めて他人のことを深く知ることになった。


 互いに弱い部分を知ったことで、これほどまでに心を許し、いつの間にか絶対的な信頼を手にしていた。


「この子のことが好きだ――」


 少女に聞こえないよう。小さく、本当に声を出しているのか怪しいほどに、小さく……呟いたのだった。

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