第四七話 クァワウィーの過去 その二〇 一四歳で課長の那深嬉は、可愛がられる存在
「さてと、戦いは零子さんにお任せして、わたくしたちはヒダリトの本社へ向かいましょうか」
零子が見えなくなって数秒、振り続けていた手を降ろした那深嬉はそう言って、右手でキャワウィー、左手で右郎の手を取る。
「クァワウィーさんは右郎様と手を繋いでください」
クァワウィーだけ一人になってしまうので、そう言う。
「うん? わかった」
クァワウィーは何の為なのか疑問に思うも、取り合えず言われた通り右郎の右手を取る。
「これから、ここに来た時の様に、空を飛んでヒダリト本社を目指します」
重要なことを子供たちに伝える為、ゆっくりと言う。
「あ、また空飛ぶんだね? あのスピード、最初は怖いと思ったけど、もう慣れちゃったから楽しみだなぁ」
歯を見せながら、右郎は笑みを浮かべる。
例えるなら、最初は怖かったジェットコースターも、慣れてしまえば楽しいものだ。
右郎はジェットコースターに乗ったことはないが、それに近い感覚なのだろう。
「すごいね、みぎろうくん。わたしはまだちょっと怖いかな……」
先程はマンキシの話で図らずとも恐怖心を誤魔化していたクァワウィーだったが、もう一度あのスピードを味わうのは正直、嫌な様子だ。
「キャーキャッキャッキャー! ねーねーこわがりぃ~!」
彼女は本当に二歳児なのだろうか。キャワウィーはニタニタとした笑みをクァワウィーに向け、高笑いをした。
「ふふ。キャワウィーさん、危ないので落ち着いてくださいね? 右郎様とクァワウィーさんも」
那深嬉は念の為そう注意すると、
「「「うん」」」
元気な返事が三人分返って来る。
グロテスクなものを見せてしまい、精神面でも心配をしていた那深嬉だったが、この元気な返事を見るに、大丈夫だと、一先ず安心し、ふぅと息を吐く。
「それでは、行きましょうか。右郎様、クァワウィーさん、キャワウィーさん」
そう発言して、来る時に使用した――左々木が破壊した穴ではない正規の出入り口へ向かって歩き出す那深嬉に、三人共着いて行く。
「へへ、楽しみだなぁ」
「うう……わたし、目つぶってるからね!」
「……」
そんな中、キャワウィー一人だけ無言であった。
クァワウィーをいじりたいキャワウィーだったが、那深嬉に落ち着く様言われたことを気にし、黙っているのだ。
姉のことをいじりたくて仕方がないこの子の口は、うずうずと動いているが、開くことは無かった。
「それでは、ヒダリトバリアを展開しますので、三人共わたくしに抱き着くようにしてください」
優しく、同時に真剣さもあるその声を発すると、子供たちはすぐさま那深嬉に抱き着く。
ヒダリトバリアがあるとは言え、これから空を飛ぶのだ。抱き着いていた方が安全に違いないのである。
那深嬉が、子供たちが抱き着いてきたことを確認すると、足元から球状の何かが広がっていき、四人がギリギリ収まると言うサイズまで大きく広がった時点で、その何かはそれ以上広がらずに止まった。
何かの内部に居るクァワウィーたち四人から見た外の景色は若干歪んで見えている。
これが、ヒダリトバリアなのである。
足元からバリアが展開されていった訳だが、具体的な展開方法は、ヒダリトと言う企業の秘密である。
「皆さん、後のことはよろしくお願いします」
機内に残った社員たちに一礼をする。
「お任せください課長。……那深嬉、気を付けてるんだぞ」
「行ってらっしゃい課長ちゃん」
すると、皆現在忙しい状況の中何人も集まって来て、少し砕けた感じで手を振り、送り出してくれる。
まだまだ若い。いや、幾ら何でも若すぎる那深嬉には、社員たちは身分関係なく今回の様な感じで接してくれることがあるのだ。
那深嬉は、皆から信頼され、可愛がられ、心配される存在なのだ。
「いってきます!」
社員たちの暖かな送り出しに、那深嬉はいつの間にか緊張でもしていたのか、硬くなっていた顔の筋肉が緩み、皆に笑顔を向け、このヒダリトスペシャル号を、文字通り飛び出して行った。




