第四四話 サイボーグ地球半身編 その一 おれの右半身と左半身の境目ってどうなってるんだろう……。
「那深嬉さん。右郎様に、アレ渡さないと」
先程までヘラヘラとしていた左々木だったが、突然真面目な声になり、何かやらねばならないことがあるのか、那深嬉に呼び掛ける。
「……そう、ですね。ここに来た目的は、右郎様、キャワウィーさん、零子さんの息子さんを救う事」
キャワウィーの遺体の前で涙を流していた那深嬉だったが、やらねばならないことが余程重要なのか、涙声ながらも気持ちを切り替え、そう言いながら救急車の外へ出る。
「んしょっと」
何か重たくて大きい物を持ち上げたのか、那深嬉の漏らした声と共に、鉄が道路のアスファルトと擦れる様な、ギリギリという音が鳴る。
「これが、戦う為にも日常生活を送る為にも、必要なのです」
明らかに女性一人で持ち上げることのできない様な、長さ一七五センチメートルという、右郎の身長と同じくらいの長さのある何かがクリーム色の布に包まれている。
那深嬉はそれを両手で軽々と抱き抱えて、いつもと変わらぬ歩幅で右郎の元へ歩いて来る。
「右郎様、一緒に暮らしてるのでサイズはピッタリだと思います。でも……問題は、想定通りに機能するかどうか……」
右郎の左横にそれを置くと、少し心配そうにしながら、クリーム色の布を取り、几帳面な那深嬉はしっかりと四隅を合わせて綺麗に畳む。
右郎の頭から足までを包むことのできるサイズだ。流石に少し畳むのが大変そうだった。
「よし、畳み終えました。普段は右郎のティーシャツや下着ばかり畳んでいるので、少しばかり大変ですね、この大きさは」
布を畳み終えると、那深嬉は何故か幸せそうにニコニコする。
「那深嬉ネェちゃん、下着畳んでもらってるって……事実だけど、ウザい左々木が居るとこで言うのは……」
右郎は左々木にあれこれ言われるのではないかと、嫌な顔をする。
「てかベッドのシーツ畳んでくれたこともあったよね? いや……ていうか、その布ウチのシーツじゃ……」
このクリーム色の大きな布は、右郎が日々使用しているベッドに敷いていたシーツにそっくりだった。
「あー。ちょっと、これしかなかったんですよ。……これから右郎の半身となるのだから、これくらい柔らかな布の方が良いと思うわ。社長はブルーシートに包めって言って来たけど、あなたの新しい右半身に失礼じゃない!」
今までの主従関係の様な敬語が取れ、長い時間を掛けて親しくなった関係を思わせる様な、自然なタメ口になった。
「――え? 右郎くんちょっと待って! 那深嬉ちゃんに下着畳んでもらってるってどういうことなのっ!?」
キャワウィーの件でかなりのショックを受けていたハズのクァワウィーだったが、那深嬉に下着を畳んでもらっていると言う発言一つで一気にショックが吹き飛ばされ、その勢いのまま右郎を問い詰め出す。
「うぉおおっ! ちょ――クァワウィー!」
右半身しかない右郎は、突然問い詰められた驚きによりバランスを崩し、仰向けに倒れ込む。ベッドに座った状態だったのが幸いし、どこも痛めていない。
「ねえ! どういう、こと?」
頬を膨らませ、目を見開きながら、普段よりもワントーン声を低くして、クァワウィーは右郎の右半身に馬乗りになる。
「クァワウィー王女殿下! 落ち着いてください!」
「――うるっさい! モンヴァーンには関係ないでしょっ!」
「ひっ!」
クァワウィーの様子が明らかにおかしいと思ったモンヴァーンが心配するも、クァワウィーに睨みつけられてしまい、怯む。
――クァワウィー王女殿下……一体、何にそんなに怒っていらっしゃるのだ……。
地球の状況が解らないモンヴァーンには、右郎の発言によってクァワウィーが怒っていること自体、何が何だか解っていない。
解らないが、クァワウィーがここまで怒りを見せるなど、ただ事ではないと、本気で心配したのだが――睨みつけられ、モンヴァーンはかなり悲しかった。
表には出さないが、ショックで、心の中で少し泣いてしまっている。
「ねえ右郎くん。実はもう那深嬉ちゃんと恋人だったりするのかなぁ?」
右郎の右半身の顔に、クァワウィー自身の顔を目と鼻の先も無いくらい近付ける。
「……つ、付き合ってない…………」
付き合ってはいない様だ。
右郎は正直に答えたが、何か後ろめたいことでもあるのか、クァワウィーから目を反らしてしまう。
これでは何か隠していますと言っている様なものだ。
「右郎くん……なに、隠してるの? ねぇ?」
クァワウィーは目のハイライトを消しながら、右郎の右腕を自身の右手で掴み、余った左手で右半分しか無い顔を掴む。
因みに、右郎の半身の境目は何も無い。例えるなら、3Dモデルだ。人間の3Dモデルと言うのは、表面には当然の如く普通に肌や服などのテクスチャ画像や単色が貼られたり塗られたりとしている訳だが、裏面になると、何も色を描画しない場合があり、詰まり裏から見ると、そこに何も無いかの様に見えてしまう。
表面から見ると普通に意図した3Dモデルの見た目になるが、裏面から見ると何も無い様に見えてしまうのである。(裏面を描画する場合もある)
右郎の身体は右半身と左半身に分かれてしまった訳だが、半身があった場所を見ると、身体の裏面を見ることになる。そこから見ると、右郎の身体を見ることができないのである。先にある風景だけが見えてしまう。
それ故に――
「突き抜ける……」
クァワウィーは左手で右郎の右半身を左側から掴もうとしたが、表面だけを掴めたら良かったものの、華奢な女性であるクァワウィーは手が小さく、その手は裏面に入り込んでしまった。
「右郎くん……これどうなってるの?」
あまりに予想外の出来事で、クァワウィーは怒りを忘れ、この裏面の謎を右郎に問う。
「これって言われても。……おれ自分の身体の境目見えないからどうなってるかわかんないんだよね……と言うか、おれもずっと気になってたぐらいだ。おれの右半身と左半身の境目、どうなってるんだろう……」
右郎は視線を落とせば胸より下の境目を見ることができるが、見ても良く解らなかった。
そもそも、召喚されて直ぐ戦いになっていたため、しっかりと見てすらいなかったのだ。
「右郎様の今の半身の状態を見ていると、妹を思い出しますね。尤も、アイツとは違い、右郎様は3Dモデルの様になってますねぇ~。くっはっは! オモロイですねぇ~。右側の世界に居るクァワウィー殿下に上手い例えできますかね? 龍霊法を使ったゲーミングパソコンでのモデリング技術ってフトゥーノ王国にあるんでしたっけ?」
フトゥーノ王国のことを何か知っているかの様な口振りで、左々木が楽しそうに気色の悪い目をしながら笑っている。この間も、可哀想なことに、零はお姫様抱っこされたままである。
「兎にも角にも、この境目は暫く見る必要なくなるわ」
少しドヤ顔気味に、那深嬉が先程外から持ってきたモノを指差す。
包んでいたクリーム色の布は既に取られ、畳まれているため、そのモノは丸見えになっている。
クァワウィーに焼きもちを焼かれ、右側の世界にばかり集中していたため右郎はまだしっかりとそれを見ていなかった。
「――これって……」
那深嬉の持ってきたそれを見た右郎は、感動したのか、嬉しかったのか、数秒の間、目を見開き、口を開け、言葉を失った。
「右郎くん? 何見たの?」
地球の光景が見えないクァワウィーには、右郎が突然言葉を失った様に見えたのだから、疑問に思うしかなかった。
ゴブリンなどに襲われたばかりなのもあり、もしかして地球側でまた何か現れたのかとすら心配してしまっている。
「右郎様。こちら、弊社でわたくし主導で開発致しました。【右郎様専用! 神経接続型アルティメット左門サイボーグ化右半身】でございます。これより、日常生活は勿論のこと、我々戦闘社員四天王に使用を許可されているヒダリトエンジン――それ超越した最強のエネルギー、《ヒダリトマター》を動力に使用し、素材には地球上で最も硬いと言われているウルツァイト窒化ホウ素(ダイヤモンドよりも硬いですよ)を使用しているため、非常に頑丈に作られており、戦闘でもお使いいただけます」
腰に手を当て、ドヤ顔で、絶対に右郎が喜んでくれると確信しているかの様に、那深嬉は自信満々にしている。
この右郎専用商品を右郎に説明するのが余程楽しみだったのか、那深嬉は興奮しながら一気に説明をしてしまった。
「ネーミングセンスとか聞き馴染みのない物質の名前とかいきなり情報量多すぎるんだけど? ヒダリトマターってなんだよ! ダークマターみたいに言うなよ! ネタだろ!」
右郎は情報量の多さに、理解とツッコミが追い付いていない。
「戦闘向け商品の開発は主に戦闘課が行っており、商品の名付けは殆ど第一課の課長。左藤灸徒先輩が担当されていますね」
那深嬉は一四歳の頃から灸徒のことを先輩として慕っているが、傍から見ればネーミングセンスはあまり良いとは言えない。控え目に言ってダサいだろう。
それでも、那深嬉は灸徒の名付けをも尊敬している様で、誇らしげにしている。「先輩が名付けたんですよ! 凄いですよね!」と言わんばかりに……。
「……ダサい…………ミギローサマオンリーはないだろ。なんだよミギローサマって……」
那深嬉に聞こえない様、小声でそう右郎は呟いた。
「ダサい? ミギローサマ? ねぇ右郎くん、何がダサいの? ミギローサマってなに?」
異世界側の右半身からも小声が出ていた訳だが、クァワウィーは右郎の右腕を掴み、半身の境目に左手を突っ込んでいる状態で、馬乗りになっている。二人の顔と右顔――右半身の顔――の距離は目と鼻の先にも満たない。
そんな至近すぎる距離で、右郎の小声を聞き逃すクァワウィーではない。
好奇心から右郎を問い詰めるが、
「な――ナンデモ、ナイヨ?」
那深嬉に勘付かれない様、先程よりも更に小さな声で、クァワウィーにだけ聞こえる様、しかし動揺から片言で、そう誤魔化したのだった…………。




