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第四三話 右郎の過去 その八 左門右蔵

 ――どこだ、ここ……。


 右郎は気が付くと知らない病室と思われる一室で、目を覚ました。

 しかもただの病室ではなさそうだ。学校の教室程の広さで、その中心に真っ白い清潔なベッドが置かれ、右郎はその上で眠っていたのだ。


 寝起きで良く解らず、しかし取り合えず今の状況を知る為、最後の記憶を思い出そうとする。


「う~ん。確か、あっ!」


 右郎は思い出した。


 佐野先生が死亡したと聞かされ、零と共に絶望したのが最後の記憶だった。


「こんな見ず知らずの場所で眠っている場合ではない!」


 眠気を覚ます勢いでそう一言叫び、ベッドから飛び起きる。


「あの左々木とか言う奴、胡散臭いし、あんな兵器みたいな力……零くんは大丈夫かな……」


 零の性格からして、目を覚ますや否や左々木を探し出して襲い掛かりかねない。

 左々木がどうなろうと、右郎は知ったことではないと思っているが、左々木は人間を超えた様な得体の知れない力を、ヒダリトの製品で使うことができる。

 その力で零を襲いでもしたらと思うと、右郎は居てもたってもいられなかった。


「おれが左々木の力を止められる訳なんてないけど、皮肉にもおれはこの会社の社長の息子だ。おれが庇えば左々木は何もできない……と思う」


 今自分がするべきことが良く解らない右郎だが、兎に角、左々木と零のことを探す。それだけを考え、この病室の扉を開く。


 少し大きめのスライドドア。普通のスライドドアよりも少々重めだったが、寝起きの右郎でも簡単に開けることができた。


「閉じ込める意思はないんだな……」


 右郎は正直、閉じ込められているのではないかと疑っていたが、鍵をかけていないと言うことは、危害を加えられる訳ではないと言うことだ。


「一安心だな……」


 零のことは心配のままだが、左々木がヒダリトの製品(兵器)で零に危害を加える可能性は低いと、右郎は思えて来た。


「……とにかく、探すぞ。佐野先生の為にも、零くんの無事を確認したい」


 右郎は佐野先生の遺体をハッキリと見た訳ではない。

 しかし、左々木と居たもう一人の男が「佐野零子氏。死亡しました」と言っていたのだ。胡散臭い者の発言であることから、実は生きている説を信じたい右郎だったが、あの事故を間近で見ている右郎だからこそ、その説は信じ難かった。


 だからこそ、零の無事を右郎は気にしている。

 彼の母親があのような目に遭ってしまった原因は自分にあるからと、右郎は罪悪感から零のことを気に掛ける。


「零くん。無事でいてくれよ……」

『安心しろ』


 右郎が呟きながら病室を飛び出すと、スライドドアの直ぐ傍からそんな声が聞こえて来た。


「誰だ!」


 得体が知れず、警戒しながら右郎は振り返る。


「――な! 本当に、だれ……だ、何者なんだ、お前は……」


 振り返ると、そこに居た存在を見て右郎はあまりの驚きに、体が動かなくなり、声も出しにくくなる。


『随分と臆病な少年だな?』


 その存在が発する声は、人間の声とは思いずらい様な、籠った機械的な合成音声を思わせる、作り物の様な印象を右郎は受けた。


「なん……だ、おまっ! まさかっ!」


 そこで右郎は思い出した。


 自分の父、右蔵が目的としていることを――。


「まだ、完成してないんじゃ、なかったのか? サイボーグってのは!」


 その存在は、どこにでも居そうな社会人と相違ない灰色のスーツを身に付けていたが、顔や手からは、やけに機械的なパーツがむき出しになっている。


「お前、サイボーグ……なのか?」


 右郎の疑う通り、この存在は皮膚の部分が左々木が使用していた究極筋肉補助スーツと同じ素材で構成されていた。

 誰がどこからどう見ても、成人男性程度の人型の機械に短髪の黒髪を植え付け、スーツを着衣している風にしか見えない。


『こんな身体になったこと、ワシは……後悔していない。右郎、お前はあの時五歳だったか、もう覚えていないのだろうな……』


 サイボーグは物思いにふけっている。


「サイボーグ……お前、誰だ? 俺を知っている? 左々木の仲間か?」

『ワシよりも、左々木の名が出てくるか。那深嬉でもマンキシでもなく――いや、マンキシへの恨みも覚えとらぬか』


 右郎が疑い目で問うてると、サイボーグは寂しそうにする。


「お前、那深嬉って言ったか?」


 右郎は那深嬉の名に反応した。

 右郎は、彼女には時々母親の代わりに家に来てもらい、色々と世話を焼いてもらったこともある。高校生になった今でもそれは続いている。

 その他には、右郎が眠りに落ちる前、少女――佐藤逆瑠を家に送ってくれていた。


「そうだ。那深嬉ネェちゃんが居る場所なんだから、この怪しい施設、信用しても良いのかも……」


 幼い頃から信頼している那深嬉がこのヒダリトの施設で働いているのならば、胡散臭い左々木が居るだけで疑うのも違うと、右郎は思え始めて来た。


『那深嬉にはボーナスをあげよう』


 右郎がこの施設のことを信用しようと呟いていると、結構嬉しそうに声を弾ませながら、サイボーグが那深嬉のことを評価し始めた。


「ボーナス? お前、そんな権限あるのか?」

『ああ。自分で言うのもなんだが、ワシはここで最も立場が上なのだ。ワシはお前に嫌われているから、名乗るつもりはないがな……』


 一人で寂しそうにするサイボーグ。


「……と、」


 右郎がサイボーグのことを呼ぼうとするが――。


『……右郎、()()()()()()()()()()


 一六歳の右郎よりも頭一つ分背の高いサイボーグが自信なさげにそう言って俯く姿を見て、右郎は。


「もちろん。また逢おうよ」


 嬉しそうに言いながら、サイボーグの手を取る。


「正直、わかんないことだらけだ。けど、サイボーグの正体は、今はまだ口にしないけど、何となくわかった……から」


 照れくさそうにする。

 こういう時、右郎はどういう風にしたら良いのか、わからない。

 ()()()()()()()()()()、何も教えてくれかったからだ。


『……すまなかったな、右郎。そして、これからも、すまない……』


 悲しそうにしながら、サイボーグは右郎を抱き締める。


「……冷たいんだけど……」


 右郎は顔を背けながら嫌味を言う。

 サイボーグの正体を考えると、こんなことを言ってやっても良い筈なのだ。


『体温のある、普通の肉体は、一一(11)年前、失ったからな……」


「……そっか…………」


 右郎は思い出したわけではない。

 だが、なんとなく、そう言うしかないと思った。


『……そろそろ、私は行く』


 名残惜しそうな、寂しい声で言いながら、サイボーグは右郎から放れる。


()野元課長の息子。()野零のことは心配要らない。左々木石太のことは、好きになれないだろうが、悪いヤツではないから、頼って大丈夫だ。那深嬉のことは言わずもがなだな。今後とも頼ってやってくれ』


「わかった。サイボーグがそう言うなら、左々木のこと、根は悪いヤツじゃないと、思っといてやるよ」

『そう思っておいてくれると、ワシとしても安心だ』


「……()野先生は、この会社の関係者なのか?」


 そこが疑問だった。()野元課長の息子という言い方は、()野先生が教師になる前にここで働いていたかのようだ。


『そうだ。あいつめ、今更無茶しやがって……』


 気の許せる相手だったかの様な雰囲気を出しながら呟く。


「佐野先生は、生きて……いるのか?」


 その質問を口にしている間。右郎は不安や恐怖から、五感が遠くに感じられるように鈍くなり、意識が飛んでしまいそうな、そんな感覚の中、勢いで言い切った。

 質問を言い切った後、サイボーグからの答えを聞くまでの数秒が、永遠にも感じられる。


 ――言ってしまった。聞きたくない。でも、聞かなくちゃ、いけない……。


 サイボーグが言葉を発するまでの間の数秒間で、そんな思考を右郎は繰り返す。








『……生物学的には、死亡している』






 サイボーグは申し訳なさそうにしながら、そう回答した。


「そ、そう……か……」


 改めてそう聞かされると、やはり右郎はショックを受けた。

 全身が小刻みに震え、心臓の脈打ち間隔も狭まっている様に感じる。


『右郎、ワシはワシの為すべきことことを為す。お前は今は学生として日常を過ごしていてくれ。非日常的問題は、ヒダリト社に全て任せてほしい。左野元課長の死を零へ伝える必要もない。』


 そう告げると、サイボーグは右郎の元を離れ、ゆっくりと歩いてどこかへ去って行った。


「……父さん。その事実を、零くんに告げるなってのか……確かに言うのは辛いけど、これはおれが言わなきゃなんないことだろ……」


 サイボーグ――右蔵から言われたことを、右郎は違うと思った。


「やっぱ、昔から思ってた通り、父親としては駄目なヤツだったな。けど――」


 覚悟を決め、廊下を歩き出す。


「おれの知らないところで、色々背負ってくれてる。知らずのうちに、おれも守られてたのかもしれないな」


 納得のいかない部分もある右郎だが、結果として、父親とまともな会話ができて良かったと思った。


「やっぱり、零くんにはおれの口から先生のことを伝えよう。左々木と喧嘩になりそうだったら、おれが止めてやるんだ」


 そうと決まれば、零を探しに廊下を全速力で走り出す。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「右郎君、あんた社長の息子なんだからそんな廊下走んなよ」


 右郎が全力で走っていると、正面から黒いスーツを着衣した、金色の髪を肩辺りまで伸ばした怪しげな男が歩いて近付いて来ており、呼び止められた。


「誰だか知らんけど、そういう、社長の息子だからって、見られ方、ウンザリなんだよ。止めてくれないか?」


 金髪の男が何者か、右郎は知らないが、急いでいるところにそんな言われ方をし、しかも夕方、泣きながら廊下を走った際に佐野先生から注意されたことを思い出し、苛立つ。


 廊下を走ったことで右蔵の息子だからと言われると言う点で、同じだった。しかもつい先ほどその右蔵と会話をして来た直後である。


「ありゃりゃ、俺のこと忘れたんか? あんたのご両親には随分と世話になったんだけどなぁ?」


 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら、嫌みの様に言って来る。


「誰だよ? お前、ヒダリトの社員か?」


「一応そういうことになってんな。俺は左野(さの)騎士雄(きしお)()()()()()に居た頃は、マンキシ・ライトフィールドと言う名だったな」

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