第四一話 クァワウィーの過去 その一八 流血しながらヘラヘラする左々木
クァワウィーとキャワウィーが喧嘩をしてから三〇分が経過した。
灸徒たちはまだ戻ってきていない。
「……まだ戦っているのでしょうか…………」
那深嬉は心配になった。
しかしこの場に居る子供たちや、他の戦闘社員たちに言ったところでどうこうなる訳でもなく、一人呟いた。
「なんか、聞こえない?……」
突然クァワウィーが不安混じりの声で右郎と那深嬉に聞こえる様に言った。
「なんかって?」
右郎には何のことだか分からず、首をかしげる。
「――いえ、右郎様。クァワウィーさんの言う通り、なにか、聞こえます」
那深嬉は気が付いた。
耳を澄ませてみると、ヒュゥーと何かが飛んでくるような音に気付く。
「本当だ」
右郎も気が付いた様で、驚く。
「ねぇ、この音なに?」
クァワウィーは不安だった。
なんとなく、この音に嫌な予感がしたのだ。
「――何か来ますッ!」
「――操縦室、情報入ってませんか!」
周りの戦闘社員たちも音に気付き、焦り出す。
音は、徐々に大きくなっていき、いつの間にか耳を澄ませるまでもなく、五月蠅い程にハッキリと聞こえる様になっていた。
「――皆さん! ヒダリトバリアを展開します! 右郎様、クァワウィーさん、キャワウィーさん! わたくしに近付いて!」
那深嬉は咄嗟に、機内の戦闘社員全員へ指示を出した。
ヒダリトバリアとは、ヒダリトの特殊戦闘スーツに搭載されたバリア機能であり、那深嬉が空を飛ぶ際に使用していたバリアのことである。
「――了解しました! 左倉課長!」
元々近くに居たクァワウィーたちは即座に那深嬉にくっつき、他の戦闘社員たちも駆け足で那深嬉の周りに集まる。
総勢五〇名程だ。四天王ではない一般戦闘社員たちはヒダリトエンジンから発動させるヒダリトバリアは使えないのだ。
「皆さんお集まりましたね。ヒダリトバリア展開ッ!」
戦闘社員たちが集まったことを目視で確認すると、那深嬉は二五平方メートルのヒダリトバリアを発動させる。
ヒダリトバリアに決まった形は無いが、今回は大体正方形だった。色は無色だが、例えば火の周りが歪んで見える様に、ヒダリトバリアは外から見た見た目と内側から見る景色が僅かに歪んで見える。
戦闘社員たちは殆ど集まったが、医療社員と治療を受けている最中である右子は那深嬉の元に来ることができない。
だが那深嬉はそれについて焦る様子を見せない。
医療室には怪我人を守る為、部屋そのものにヒダリトバリアが張られているのだ。
もちろん、このヒダリトスペシャル号自体にもヒダリトバリアが張られているが、機体が大きすぎるあまりバリアの耐久性が低くなってしまっている。
対して、医療室一室だけや、二五平方メートル程度なら大分耐久力を上げることができる。
「――大丈夫だとは思いますが、伏せておいてください!」
那深嬉のその掛け声と共に、クァワウィーたちと戦闘社員たちは咄嗟に頭を低くし、両手で守る。
もちろん那深嬉本人も頭を低くし、両手で守る。
ぶつかる――。
飛んできた音――左々木は目の前に迫っているヒダリトスペシャル号の機体を目にし、そう心の中で呟く。
左々木自身もヒダリトバリアを全身を覆うように長方形の様な形で展開している。
だが、そのバリアの中の左々木の肉体は斬り痕だらけで、その痕からは流血が絶えない。
この斬り痕はマンキシにやられたものだと思われる。
「ふぐっ! い、痛みますねぇ……」
余裕を思わせる言い方だが、実際は耐えられない程の激痛である。
左々木はこんな目に遭っても尚、ヘラヘラとしているのだ。
左々木がヘラヘラとしていると、あっという間にヒダリトスペシャル号と目と鼻の先まで接近していた。
「おわぁああああ! ぶつかってしまいますねぇ!」
ヒダリトバリアがあるため、通常であれば多少の衝撃を食らうだけで済む。
しかし左々木は重症である。衝突した際の衝撃で、斬り痕が開いたりするなど、想像するだけで目を背けたくなる様な、恐ろしい目に遭ってしまうことが容易に想像できる。
流石にヘラヘラしている場合ではない。
普通ならそう思うだろう。
しかし左々木は違った。
「ああああ! 絶ェエエッ対に痛いじゃないですか! あああああ! そうです。現実逃避することにしましょう。ヘラ、ヘラヘラヘラヘラヘラアッ!」
気色の悪い笑い声を上げながら恐怖を誤魔化す。
「なんか、きもちわるいこえ……きこえる……」
「あのこえだしてるヤツぜったいあほなの」
「きもい……」
機内に居る者たちに左々木の笑い声が聞こえており、クァワウィー、キャワウィー、右郎はあまりの気色悪さから、誰の声か解らないが、蔑んだ目で暴言を吐く。
「左々木……ここまでヤバイヤツだったなんて……」
まだ見えないが、左々木と言うことは声で解り、那深嬉も蔑んだ目で罵倒する。
「うわぁ……左々木課長やべぇ……」
「左倉課長。私第二課の者なのですが、第三課に移りたいです……」
左々木の部下たちも失望してしまう。
罵倒していると、機体全体に衝撃が走った。
バリア機能で機体は保護されているため、少しの衝撃で済んでいるが、ミシミシと嫌な音が聞こえてくる。
『ズォオオオオオオン』
ミシミシと言う音は、バリアにヒビが入る音だった様で、爆発の様な音を立てながらクァワウィーたちの目の前の壁を破壊して血塗れの左々木が突っ込んで来る。
「くぁあっ!」
「きゃあっ!」
「みぎぃっ!」
「なみぃっ!」
左々木の姿があまりにもグロテスクすぎて、クァワウィー、キャワウィー、右郎、那深嬉の四人は思わず奇怪な鳴き声を上げる。
子供たちは恐怖から動けなくなってしまったが、那深嬉は衝撃を受けただけだ。
「事態の詳細は分かりませんが、左々木を医療室へッ! 急いで!」
周囲の戦闘社員たちへ指示をする。
彼らも左々木の姿に驚いていたが、那深嬉の言葉で直ぐに動いた。
「お義母様が治療中ですが、医療室には二〇人分のベッドと医療社員が居ますので大丈夫でしょう……」
子供たちに安心させる様に言う。
兎に角、怪我人のことは医療社員に任せる他ない。
「そこのあなたは本社に左々木がやられた旨を報告して下さい。あと、無理を言ってでも左野課長に来てもらう様に言って下さい!」
那深嬉は残りの戦闘社員にそう指示をした。
「了解しました」
指示を受けた戦闘社員は全力で走って操縦室へ向かう。
操縦室にある通信機を使うのが最も確実なのだ。
「左藤先輩……オンヌちゃん……皆さん……」
右子と、右子を連れ帰って来た戦闘社員と左々木を除くと、現在残っているのは灸徒とその部下の戦闘社員たち、そしてどこにいるのか全く解らなくなってしまったオンヌァイトである。
那深嬉は心配で二人の名を呟いた。
「……オンヌァイト、だいじょうぶかな……」
那深嬉の呟きを聞いたクァワウィーは心配になってきてしまう。
そもそもオンヌァイトがマンキシの元へ向かったことは解っているが、その後どうなったのか全く知らないのだ。
「オンヌちゃんは、左藤先輩が守ってくださいますよ」
那深嬉は、灸徒を信じるしかなかった。




