第三九話 クァワウィーの過去 その一七 キャワウィーVS那深嬉
右郎がクァワウィーの傍に行っている間、那深嬉は抱っこしたキャワウィーを少し離れたところに有った椅子へ座らせ、自身も隣へ座る。
「……キャワウィーさん。何故、お姉さんの目を殴り付けたのですか?」
那深嬉は否定から入らず、しっかりと理由を聞く。
子供に限らずとも、誰かが間違いを犯した時、碌に話を聞きもせず否定から入っていては、本当の意味で解決することはない。
否定された側は、五月蠅く言われるのが嫌だから、怒られるのが嫌だから、そんな理由で否定されたことを止めることになるのだ。
だが、間違いを犯したことにはきちんと理由があったかもしれない。無くても、何故それをしてはいけないのかを伝わるように伝えなくては、よく理解せず、怒られるのが嫌だから止めておこうと言うことになり、本末転倒なのだ。
「……うううう~!」
キャワウィーは那深嬉の質問にしっかりと答えようとしてくれているが、どう言えば自分の行動理由が説明できるのか分からず、唸る。
「分かりました。しっかりとした理由があるのですね?」
キャワウィーは唸っているだけで、説明をすることができなかったが、那深嬉はその唸りだけで納得した。
――あれだけ真剣に悩むと言うことは、裏を返せばしっかりとした理由があってしたということな筈。
「そうなの! りゆう、あるのっ! きゃっきゃ!」
上手く言うことはできなかったが、那深嬉は理解してくれた。キャワウィーはそれが嬉しく、満面の笑みを浮かべる。
「宜しいですか? キャワウィーさん。何か理由があったとしても、人の目を攻撃するのは駄目です。眼球破裂や眼窩骨折、外傷性網膜剥離。眼球挫滅などの危険性が――」
「――なみきちゃん。あほー! がいせいしょうもうまくはくりしちゃえ!」
キャワウィーは那深嬉の難しい話を理解できる訳もなく、那深嬉の右目をクァワウィーにした様に右の拳で殴り付けようとする。
「――な、なみぃッ!」
言った傍からやられるとは予想だにしなかった那深嬉だが、流石、戦闘課第三課長にして戦闘社員四天王第三位なこともあり、咄嗟に目を手でガードすることに成功した。
「がーどしないで!」
キャワウィーはガードされたことに苛立った。
「そう言われましても、大人しく外傷性網膜剥離される訳にもいきませんよ。それと《がいせいしょう》ではなく、《がいしょうせい》ですよ」
変に真面目な那深嬉は名称の間違えに厳しい。
「どうでもいいのっ!」
意味の分からないことを言われ、キャワウィーは更に苛立つ。
怒りながら両手を自分の膝にダンダンと叩き付けている。
「なん……ですと! キャワウィーさん! それは違います。どうでも良くなんてありませんよ! 外傷性網膜剥離とは失明の原因にもなり得る重篤な症状で――」
「あ、あの……左倉課長……」
真剣に外傷性網膜剥離について語る那深嬉に、恐る恐る灸徒の部下である戦闘第一課に所属する戦闘社員が話し掛けてくる。
「なんですか? 後にしてください!」
正しい名前を教えなくてはと言う考えで頭がいっぱいになった那深嬉は、兎に角、戦闘社員を鬱陶しく思い、邪険に扱う。
「――左倉課長。名前はどうでも良いです」
確かに外傷性網膜剥離は危険だが、二歳のキャワウィー相手に名前でそこまで言うのは違う。
戦闘社員は那深嬉が拘りすぎていると思い、止めに入った。
「なん……ですと!」
自分の拘りを否定された様で、ショックを受ける。
「那深嬉お姉ちゃん。おれもどうでもいい」
「キャワウィーに難しいこと教えないで!」
いつの間にか右郎とクァワウィーも駆け付け、戦闘社員に賛同する。
「だから! なみきちゃん、なんどでもいうよ! あほなの!」
キャワウィーは呆れていた。
マンキシを信じるクァワウィーも、どういう訳か名前に拘る那深嬉。二人とも、自分の考えを変える気がまるでない。
支笏湖で「みんなあほ」と言ったばかりなのに、どうしてまだあほなのだろう。そんな疑問にキャワウィーの思考が埋め尽くされる。
「何度でも言います。このヒダリトスペシャル号全空間に響かないのならば何度だって言います。なん……ですと!」
「……その言い始め方をくだらない使い方しないでよ。那深嬉お姉ちゃんやっぱりあほってことなんじゃない?」
「わたしの目をパンチしてきたキャワウィーよりなみきちゃんの方が問題あるんじゃない?」
右郎とクァワウィーも、呆れてしまった。
「はぁ……左倉課長。後程、社長と話し合いですね」
ため息を吐きながら、戦闘社員は操縦室へ入って行った。
右蔵に那深嬉の妙な拘りで子供を困らせていると報告するつもりなのだ。
「え? あ……」
ここでやっと自分がおかしいのでは? と那深嬉は思い始める。
「あ~。よくよく考えてみると、二歳の子相手に、ちょっと、名前の間違えであそこまで言うのも違いますよね……」
那深嬉はやっと反省をした。
「キャワウィーさん。ごめんなさい」
「おおお! ちょっとだけあほじゃなくなったの!」
キャワウィーは関心しながら那深嬉の頭を撫でようと、手を伸ばす。
「ううう。届かないよ」
キャワウィーも那深嬉も座っており、座高に差があるため、届く筈もなかった。
「那深嬉お姉ちゃん。頭下げろ」
笑顔で右郎が命令する。
「え? は、はい。右郎様。仰せのままに」
身分上、実は右郎は那深嬉に命令することができる。
右郎はそんなこと知らなく、冗談半分で言ったが、那深嬉は本気で命令されたと思い、真面目に頭を下げる。
「届いたの!」
喜びながらキャワウィーは那深嬉の頭を撫でる。
「なみきちゃん。あほがちょっとだけなおって、えらいえらい!」
「暴言を吐かれているのか、褒められているのか……どっちでしょう……」
キャワウィーとしては褒めているつもりなのだが、那深嬉は複雑に思ったのだった。




