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第三八話 クァワウィーの過去 その一六 クァワウィーくてキャワウィー姉妹喧嘩

 一〇分程経過した頃、灸徒と共に右子と左々木を救出しに行った戦闘社員の内、一名が右子を担いでこのヒダリトスペシャル号へと戻って来た。


「右子様は重症です。医療課で診ていただく必要があります」

「了解」


 戦闘社員は内心焦りながらも冷静にそう言い、医療課の社員に右子を預けた。


 このヒダリトスペシャル号には、戦闘社員の他に医療の技術と知識を持った社員も搭乗している。

 というのも、戦闘社員というだけあり、素早い処置が必要な怪我などをしてしまうことが多いのだ。


 社長の右蔵は戦闘社員が戦闘に臨む際に医療社員も同行する様、義務付けている。


「一体……何があったのだ?」


 他の戦闘社員が質問をする。


「はい。マンキシの実力が想像を遥かに超えていまして、左藤課長だけでは危険と判断し、私だけが右子様を救助し、残りのメンバーでマンキシの討伐に当たっています」


 険しい表情を浮かべながら説明をする。


「そ、そんなに……ですか?」


 その会話を聞いていた那深嬉は驚き、一瞬体が硬直した。


 ――左藤先輩でも危険って……お義母様と左々木が大分追い込んだ筈なのに……それでも、危険だなんて……。


 那深嬉は正直信じられないでいた。マンキシがそれ程までに強いことを。


「左倉課長。私はこのことを左門社長と左野(さの)課長へ報告して参ります。あなたは右郎様とヒダリトスペシャル号をよろしくお願いいたします」


 そう言って戦闘社員は操縦室へ向かった。

 操縦室に本社や各支社へ連絡を取ることができる機器が揃っているのだ。


「そう……ですね」


 自分の部下ではないとは言え、立場が下の社員から指示をされてしまった。

 戦闘社員の指示は正しい。だが、那深嬉は複雑だった。


「……情けないと言いますか、劣等感と……言いますか……」


 課長なのに、立場が下の社員から指示を受けてしまった。

 だがこれは仕方のないことなのだ。那深嬉はまだ十四歳。実力と左門家との伝統の関係で課長となったのだが、実際に働いてきた経験というのは、どうしても周りの大人に劣ってしまう。

 周りも、那深嬉のことを課長だとは分かっているが、幼いことも分かっているため、どうしても指示を出してしまうことがある。


「……ひげ……するのは駄目だって、さっき言ったんだけど?」


 劣等感に襲われている那深嬉を見た右郎は、このままでは駄目だと思い注意する。


「……卑下……ですか。確かに、そうですね。ご心配をお掛けしました。すみません右郎様」


 卑下なんてしている場合ではない。

 那深嬉は気持ちを切り替える。



「那深嬉お姉ちゃん、お母さん大丈夫かなぁ?……」


 右郎が母親、右子のことを心配する。

 良くわらかぬ内に重傷を負っていたのだ。

 先程ヒダリトスペシャル号へ戦闘社員に担がれて乗り込んで来た際に、右子は意識がなく、ぐったりとしていた。五歳の右郎にとって、母親のそんな姿などショッキングすぎる。


「お義母様のことは、心配ではありますが医療社員に任せておけば問題ないでしょう」


 那深嬉は医療社員のことを信頼している。もちろん右子のことを心配してはいるが、十中八九後遺症もなく回復するだろうと信じている。



「……しんじられない――」


 クァワウィーがヒダリトスペシャル号の搭乗口の前に立ち、搭乗口にはガラスが付いており外の景色が見える様になっているのだが、そのガラスから地上を見下ろしながら、呟いた。


「クァワウィーさん?……」


 クァワウィーは酷くショックを受けた様な表情をしており、那深嬉は心配で声を掛ける。


「マンキシが、右郎くんのお母さまに……そんな、マンキシは――そんなことしないよ! くっ!」


 歯を食いしばり、地上を睨みつける。


「ねーねー」


 キャワウィーはそんなクァワウィーのことを一切恐れる様子を見せずに近付いている。


「ねーねー。マンキシは、あほ」


 何を血迷ったのか、キャワウィーは怒りの感情を心に溜めているクァワウィーの耳元で、そう囁いた。


「――きゃわ……うぃー……」


 何故、今そんなことを言うのだろうか。

 クァワウィーはそんな疑問に思考が埋め尽くされる。


「ねーねー。マンキシは、あほ。あほなの!」


 楽しそうに大声で言う。


「このっ! あんたがっ! あほ!」


 クァワウィーは我慢の限界だった。

 二歳の妹相手に手を上げてはならないと、必死に堪えてきたが――。


「クァワウィー! だめだって!」

「クァワウィーさん!」


『パチンッ!』


 キャワウィーの額へ思いっ切りデコピンをした。


 右郎と那深嬉はまさか手を上げるとは思ってもおらず、止めることができなかった。


 クァワウィーは拳でぶっ叩いてやりたいくらいの気持ちだったが、幾ら何でもそれは駄目だと、デコピンに抑えた。


「キャワウィー……。ご、ごめん……ね?」


 幾らデコピンと言えども、暴力であることに変わりはない。

 クァワウィーは、ついデコピンをしてしまったが、直ぐに後悔し、キャワウィーのことを力いっぱい抱きしめ、謝る。


「ねーねー」


 いつもの声のトーンでクァワウィーのことを呼ぶ。


「……な、なぁに?」


 クァワウィーは、てっきりキャワウィーは泣き出してしまうと覚悟していたのだが、いつもと変わらぬトーンだったため失礼ながら不気味に感じ、恐る恐る返事をした。


「あほー!」


 変わらぬトーンで暴言を吐きながら、クァワウィーの右目を右の拳で殴り付けた。


「くぁぁああああああ!」


 クァワウィーはキャワウィーを抱き締めていたことでガードできるはずもなく、ダイレクトに喰らい、その場で崩れ落ち、両手で殴られた右目を抑える。


「きゃーきゃっきゃっきゃー!」


 腰に手を当て、クァワウィーを見下しながら高笑いをするキャワウィー。


「お、お二人ともいけませんよ!」


 このままではマズいと思い、那深嬉はキャワウィーを抱っこし、クァワウィーから離れさせる。


「クァワウィー。だいじょうぶ?」


 右郎はクァワウィーを心配し、崩れ落ちているクァワウィーと同じ高さになる様、しゃがんで声を掛ける。


「……赤ちゃんのパンチだから、だいじょうぶッ!」


 しかしクァワウィーは声を荒らげ、右郎から背を向けてしまう。


「クァワウィー……」


 赤ちゃんには厳密な定義がないが、歩行し、自分の意思で言語を話せるキャワウィーを赤ちゃん呼びは違うだろう。


 キャワウィーに対してそんなことを言うのは、普通に酷いことであると、右郎は思った。そして、何故そんな酷いことを口走ってしまったのかだが、クァワウィーにとって、最大限の悪口だったからだ。

 クァワウィーは頭に来ていた。確かにデコピンをしたのはクァワウィーが悪いが、目に拳を入れるのはやりすぎである。そんなことも分からないキャワウィーには、バカやアホと言う言葉よりも、赤ちゃんがお似合いだと思ったのだ。


「マンキシとわたしにあほって言ってきたから、それ以上のこと言ってやった!」


 右郎に背を向けながら、しかし右郎に聞いてほしくてそう言った。


「クァワウィー。キャワウィーちゃんは、赤ちゃんじゃないと思う」

「なんで? お姉ちゃんの目をパンチするなんて、赤ちゃんだよ!」


「だったら、おれ今から那深嬉お姉ちゃんの目、パンチしてくる! そしたらおれのことも赤ちゃんって言えよな!」

「ちょっと! え? ばかだよ!」


 右郎が血迷ったと思い、クァワウィーは右郎の方へ振り向き、右郎の右腕を掴み、引き留める。


「っふ。冗談だよ」


 鼻で笑う。


「えええ。みぎろうくん、冗談なんて、言うんだ?」


 意外だったと驚く。


「まあ、あんまり言わないけどね。でも、分かったしょ?」


 数メートル離れた場所で那深嬉と椅子に座っているキャワウィーに目を向けながら言う。


「なにが?」


 右郎につられてクァワウィーもキャワウィーを見る。


「キャワウィーちゃんは、赤ちゃんじゃないよ。っていうか、計算高いよ。おれやクァワウィー、那深嬉お姉ちゃんよりも色んなものを見てると思う」

「……どういう、こと?」


 クァワウィーはキャワウィーの今までの行動や発言を思い返してみたが、良く解らなかった。


「おれは、マンキシのこと知らないんだけどさ。キャワウィーちゃんが見てたマンキシと、クァワウィーが見てたマンキシは違ったんだと思う」

「よく、わかんない……」


 クァワウィーは、姉妹であるが故に、逆にキャワウィーのことが見えていなかった。

 右郎も漠然と気が付いただけだが、キャワウィーの行動には意味がある。


「おれも、むずかしいこと、わかんないけど……キャワウィーちゃんが、合ってたってことじゃない?」


「わたしが見てたマンキシはうそだったってこと?」


「え……と……」


 右郎は上手く言えず、言葉に詰まる。


「うーん……マンキシの良くない部分が、キャワウィーちゃんには見えてたんじゃない? わかんないけど……」


 漠然と、右郎はそんな気がしていたのだった。

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