第三七話 クァワウィーの過去 その一五 とんでもないキャワウィー
「那深嬉。このまま石太と右子様を迎えに行く。状況次第では僕と部下たちでマンキシの相手をするから、那深嬉は右郎様の傍に居てあげたら良い。右郎様も随分と心を開いてくれているみたいだしね」
そう言うと、灸徒は先頭にある部屋へ行った。
「那深嬉お姉ちゃん。あのおじさん、どこ行ったの?」
右郎が疑問に思う。
「左藤先輩は操縦席へ行かれました。操縦担当の部下へ指示をしに行ったのでしょう」
「ふぅん」
灸徒に対してまるで興味がなさそうにする。
「左藤先輩のこと、あまり興味がないのですね?」
右郎が灸徒のことをあまり良く思っていないことに気が付いた那深嬉だが、理由が分からず聞いてみる。
「うん。なんか、きみわるい……」
「え?――」
物凄い嫌そうな顔で右郎が答える。
那深嬉はそこまでとは思わず、目を見開きながら驚いた。
「な、何故……そこまで……」
那深嬉にとって灸徒は頼りになる先輩なのだが、それ故に嫌われていることが理解できない。
「……なんと、なく――」
何か言いたくなさげにそっぽを向く。
「――み、右郎様! まさか、わたくしのことまでお嫌いに……」
何の根拠もないが、那深嬉は自分にとって最悪な想像をしてしまう。
「ちがうよ! あのおじさん、那深嬉お姉ちゃんと仲良さそうにしてたのがうざかった!」
頬を膨らませ、苛々している。
「なみぃ! 右郎様! わたくしのこと好きだったのですか!」
右郎の予想外の反応に、思わず那深嬉は変な鳴き声を上げながら動揺する。
「――うざい!」
暴言を吐きながら、那深嬉を突き飛ばそうと突進する。
「なみぃいいいい!」
しかし那深嬉はその突進を、抱き着いてきたのだと勘違いし、奇声を発しながら全身で右郎を抱き締める。
「うざいぃ!」
暴言を吐きながら必死に那深嬉の拘束から抜け出そうと試みる右郎だったが、五歳の少年の力ではヒダリトの特殊筋肉補助スーツを装備した一四歳の少女に敵う筈もなく、右郎は全く抜け出せる様子がない。
「……那深嬉……お姉ちゃん。ごめんなさい」
突然右郎が抵抗を止め、謝り始める。
「あれ、右郎様?」
突然どうしたのかと驚く。
「那深嬉お姉ちゃん。ごめんなさい」
「えええ! 右郎様? 何も謝る様なことしてないと思いますよ?」
「クァワウィーを突き飛ばしちゃった時、女の子突き飛ばしちゃ駄目って那深嬉お姉ちゃん言ってたのに、その那深嬉お姉ちゃんのこと突き飛ばそうとしちゃった!」
涙目になる。
「え? そんなに思い詰めないでください。大丈夫ですよ?」
「だいじょうぶじゃ、ない。やくそく……やぶった!」
那深嬉は大したこととは思っていないが、右郎は言われたことを守れなかったことに、強い罪悪感を感じている。
「みぎろうくん。こっち!」
今にも泣き出しそうな右郎を見たクァワウィーが、強い口調で言いながら那深嬉の腕の中から右郎の右腕を掴み、引っ張り出す。
「クァワウィー?」
突然引っ張られ、一体どう言うことなのかと不思議に思う。
「ごめんね――」
クァワウィーはそう言った直後、右郎に軽く体当たりをした。
「うわっ!」
いきなりすぎて、そのまま右郎は尻餅をついてしまった。
「クァワウィー? なに?」
クァワウィーの行動が理解できず、質問をする。
「突き飛ばしたんだよ? そんなに痛くないでしょ? これでお互い様。みぎろうくんが悩む必要はなくなったよ?」
自身も同じことをすることで、クァワウィーは右郎の罪悪感を和らげようとしたのだ。
「うん……そんなに、いたくない……おれ、大げさだった?」
「うん。確かに突き飛ばすのだめだけど、大げさだよ?」
クァワウィーのお陰で、右郎は容易く落ち着きを取り戻すことができた。
――本当に、六歳ですか?……。
一見するとただ子供が子供にやり返しただけだが、那深嬉は、クァワウィーが普段から色々なことを考えているのだなと、感心をしたのだった。
因みに、この間キャワウィーは「キャーキャッキャー」とお馴染みになってきた笑い声を上げながらながら機内を走り回っていた。
そうこうしている内に、ヒダリトスペシャル号が動き始め、同時に左藤が操縦席から戻ってくる。
「それじゃあみんな。これから石太と右子様を助けて来るから、那深嬉。機内は任せるよ」
「はい。お任せください!」
この短いやり取りの間で、羊蹄山の傍から支笏湖の上空へ瞬間的に移動した。
「じゃあ。行って来るよ」
そう言って灸徒は部下を一〇人程連れて入口から飛び降りて行った。
「行ってらっしゃいませ」
その光景を見て、クァワウィーたちは動揺するものの、那深嬉は当たり前のことの様に、特に動揺する気配もなしに左藤とその部下たちを見送った。
既に何度もこのヒダリトスペシャル号の異常すぎる移動速度を体感しているため慣れているのだ。
「この高さから飛び降りてだいじょうぶなの?」
クァワウィーが心配する。
「四天王とその部下にはヒダリトエンジン搭載の特殊筋肉補助スーツの使用が許可されているので全員空を飛ぶことが可能となっています」
「へえ……よくわかんないけど、すごいね?」
少なくとも、凄いと言うことだけは分かった。
「少しの間、待ちましょう。直ぐに先輩たちがお義母様とオンヌちゃん……ついでに左々木を連れて戻ってきますので」
「うん、分かった。オンヌァイトだいじょうぶかな?」
「……恐らく、大丈夫だとは思いますが……そう言えば、わたくしもオンヌちゃんの実力は分かりませんね」
クァワウィーはオンヌァイトが一人で大丈夫かと心配したのだが、那深嬉はもちろんクァワウィーのその心配理由を分かっていたが、那深嬉自身はそれよりもマンキシと戦っていないかが心配だった。
オンヌァイトとマンキシが同じクァワウィーとキャワウィーの護衛であると言うことを那深嬉は理解しているが、二人の仲が良いのか悪いのかも分からない。
仮に仲が良かったにしても、オンヌァイトがマンキシの暴走を止めようとし、マンキシが逆上して戦い始めてしまっているのかもしれない――。
「オンヌちゃん。クァワウィーさんとキャワウィーさんのためにも、無事でいて下さい……そして、確実に重症なお義母様のことも心配ですね……」
気が気でなく、独り言を会話時の様な声量で呟いてしまった。
「お母さん、だいじょうぶ……かな?」
那深嬉の呟きが、右郎を不安がらせてしまった。
「きっと、大丈夫です」
無責任な励まし言葉だが、ヒダリトの技術を以てすれば、生きてさえいれば大抵何とかなる。
那深嬉はヒダリトの技術がどれ程のものなのか、具体的に良く分かっていないのだが、まるで物語に登場する魔法の様に、非常識なことを実現していることは知っている。
それ故に、きっと大丈夫だと。信じることができるのだ――。
「キャーキャッキャー! ひだりー! マンキシはアホだから、だいじょうぶなの!」
走り回っていたキャワウィーが右郎に、そう高笑いをしながら突進し、マンキシの悪口を言うや否や再度走り回りに行った。
「ちょっとキャワウィー! マンキシに失礼だよ!」
信頼しているマンキシの悪口を言われ、クァワウィーは軽く怒ってしまいキャワウィーを追いかけまわす。
「きゃー!」
楽しそうにしながら逃げ回る。
「……」
右郎は、良く分からないが、キャワウィーに元気を貰えた気がし、少し心が軽くなった。
キャワウィーは二歳でありながらマンキシが原因で問題が発生していることを理解し、その問題が原因で右郎が困っていることを理解し、マンキシの悪口を言った。
姉であるクァワウィーはマンキシのことを信じているにも関わらず、キャワウィーは別段マンキシのことを信じている訳でもなかった。
マンキシの悪口を言うことで、結果として場を和ませることに成功した。
「……キャワウィーさん。一体、何を考えているのでしょうね…………」
マンキシの悪口を言ったことでクァワウィーが軽く怒ることをキャワウィーは理解していたのかもしれない。
那深嬉は、実はキャワウィーはとんでもない子なのではないかと疑い始めていた。




