第三六話 クァワウィーの過去 その一四 微笑む第四位
「……マンキシは、やさしいから……」
クァワウィーが涙目で那深嬉に言った。
「しっかりお聞きする約束でしたね……」
那深嬉は、約束どおり否定から入らずにクァワウィーの話を聞くことにする。
もちろん聞くことに集中しすぎて移動速度が遅くならない様に注意しながら。
「――マンキシはね。剣が凄くて、みんなに尊敬されてるよ。わたしとキャワウィーの護衛をしてくれる時だって悪いことしてたことないからね!」
クァワウィーは必死にマンキシのことを話し始める。
――クァワウィーさんがとても信頼されていることは伝わってくるものの、具体的な人間性などが分かりませんね……。
残念ながら那深嬉にはマンキシのことが良く伝わらなかった。
まだ幼いクァワウィーには、どういうことを話せばその者のことを伝えることができるのかが分からない。
「マンキシさんは、どういった性格をされているのでしょうか?」
クァワウィーが自分から話した内容では善人か否かが判断できないため、那深嬉から質問をすることにした。
「せいかく? ええと、口が悪いよ!」
「――なん……ですと!」
クァワウィーは満面の笑みで答えた。笑顔で口が悪いと言ったのだ。
那深嬉は、マンキシが口が悪いのだけで悪人と決め付けるのは宜しくないと思ったが、クァワウィーに笑顔でそんなことを言わせてしまっていることに引いた。
――マンキシと言う男、六歳の少女に笑顔で口が悪いと言わせるなんて、大丈夫なのでしょうか? やはり敵と言うことで良いですかね。
「あ! そうだ。わたしとキャワウィーのことをいつも第一に考えてくれてるよ! キャワウィーとわたしがこっちの世界に来ちゃった時、オンヌァイトと一緒に心配して来てくれたんだよ!」
――何故これ程までに、クァワウィーさんはマンキシと言う男を信頼しているのでしょう……贔屓している訳でないのならば、もしかすると事態は勘違いから始まっている……いえ、流石にそれは……。
那深嬉自身は可能性が薄いと思っているが、勘違い――マンキシの忠誠心が暴走してしまっていると言う事実に、近付いて来ている。
(何にしても、ここでマンキシを悪く言う訳にはいきませんね――)
「那深嬉ちゃん? 聞いてる?」
「あ! すみません……」
考え込みすぎて、周りの声が聞こえていなかった様だ。
那深嬉は申し訳なさそうにしながら一言謝った。
「クァワウィーさん。マンキシさんはあなたとキャワウィーさんへ対する強すぎる忠誠心が原因で、少しの間、暴走しているだけでしょう……」
忠誠心が暴走していると言うのは、那深嬉の勝手な想像であるが、実際正しいかどうかは関係なしに、この言い方ならばクァワウィーも嫌な思いをしないだろうと那深嬉は考えた。
「ぼうそう……」
那深嬉の考えを聞いたクァワウィーは一瞬固まる。
「うん。そうだよね! マンキシやさしいから、なんかすれ違いが起こっているだけだよね!」
笑顔で那深嬉の考えに納得にした。
「ふう……これで一安心ですね……」
クァワウィーが上手い具合に納得しれくれたことに、那深嬉は一安心をした。
「なみきちゃん。まだつかないの?」
ずっと黙っていたキャワウィーが口を開いた。
「おれも気になる!」
右郎も同じことを思っていた。
「そうですね……もう直ぐ着きますよ」
もう既に羊蹄山は見えており、本当に、ヒダリトエンジンならば数秒で着くと言う距離まで近付いていた。
『ギュィイイイイイイン!』
突然そんな轟音を立てながら、有り得ない速度で巨大なジェット機が那深嬉へ向かって近付いて来る。
那深嬉と左々木が乗って来たヒダリトのジェット機。ヒダリトスペシャル号である。
以前にも大きさについては触れたが、全長一キロメートルと、やはり途轍もない。有り得ないと言っても過言ではない大きさだ。もちろんヒダリトの技術でこの大きさを実現している。
支笏湖へ向かった時は一瞬だったが、今回は那深嬉が本社の傍まで近付いていたため、あまりスピードが出せず、新幹線の倍程度の速度に抑えられていた。
「来ました! わたくしの乗って来たヒダリトスペシャル号です! これで一安心ですよ皆さん。本社までもう直ぐと言うところではありましたが、一秒でも早く安全な場所に居られた方が安心ですからね」
那深嬉は慣れない子供の相手と言うのを一人でしており、しかもその子供たちと自分に命の危機がやって来てしまった。
焦りや不安から精神的に疲弊してしまっていたため、ヒダリトスペシャル号が来たことで仲間に会えると思い、一気に安堵した。
安堵していると、ヒダリトスペシャル号はクァワウィーたちの傍で急停止した。
急停止すると当然風圧が発生するが、那深嬉の着ているスーツのバリア機能があるため何も問題はない。
「すごい、おっきい……」
ヒダリトスペシャル号を見た右郎は少年心をくすぐられ、目を輝かせている。
「……くぁー……」
「……きゃー……」
クァワウィーとキャワウィーはヒダリトスペシャル号のあまりの迫力に言葉を失った。
言葉を失っていると、ヒダリトスペシャル号の入口が開き、二五歳の青年が出てくる。
「……那深嬉、良く頑張ったね」
青年は優しく微笑みながら那深嬉の頭を撫でた。
「……せんぱい」
那深嬉は自分の頑張りが認められた様で、嬉し涙を流す。
「那深嬉お姉ちゃん。このおじさん誰?」
右郎は躊躇なく青年を指差す。
「右郎様、この方は――」
「那深嬉、僕からするよ。取り合えず先に機内へ。お先にどうぞ?」
青年は万一にもマンキシに追い付かれでもしたらマズいと考え、那深嬉と子供たちを機内へ乗せ、自身も機内へ戻って行った。
「うわあ、すげぇ!」
機内はシンプルだが、座席などの材質は子供目に見ても明らかに高級感が伝わり、右郎は年相応にはしゃぐ。
「――すごい……」
クァワウィーはまたもや言葉にならない程驚く。
「おうちのほうがすごいよ?」
一方キャワウィーは自分の家、詰まり王城、フトゥーノ城と比べ、フトゥーノ城の方が高級だと感じた様だ。
「右郎様。おはしゃぎになられているところではございますが、自己紹介をさせていただいても宜しいでしょうか?」
はしゃいでいる右郎へ、青年が優しい声色で声を掛ける。
「え? うん、いいよ」
「ありがとうございます。僕は左藤灸徒。戦闘課の第一課長で、戦闘社員四天王の第四位です。難しいことは覚えなくて構いませんよ。那深嬉の友達と、覚えて頂ければ良いでしょう」
灸徒は常に微笑みながら自己紹介をした。
「……よろしく、おじさん」
右郎は何となく気味が悪く感じたのだった。




