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第三五話 龍脈異常編 その三 感情的な那深嬉ネェちゃん

「な、那深嬉ちゃんが居るの?」


 右郎が口にした那深嬉の名前は、クァワウィーにも聞こえていた。

 直接見ることも話すこともできないが、懐かしい人物が右郎の傍に居ると思うと、戸惑いもあったが、もちろん嬉しく思った。


「ああ。那深嬉ネェちゃんが来てくれた――もう安心だ!」

「やったね右郎くん! どんな魔物もイチコロじゃない?」


 二人からの信頼が物凄く厚い。


「とても信頼して頂いている様で幸栄です。クァワウィーさんにもお伝えください」


「クァワウィー! ネェちゃんが信頼してくれて幸栄だってさ!」

「えへへ」


 いつの間にか、右郎とクァワウィーは子供の頃と近い感覚になっていた。

 その段階で、告白云々で二人の間にあった暗い空気は、純粋に澄んでいた。


「兎に角。いつまでもこの場所に居る訳にもいきませんので、右郎様には零さんと共に《ヒダリト札幌(さっぽろ)支社(ししゃ)》へ来て頂きたいのです」


「零くん生きてるのか!」


 那深嬉の発言は、零が生きていると言っている様なものであり、零が殺されてしまったことも覚悟していた右郎は嬉しく思う。


「零さんは邪気に呑まれた零子さんに殺害される寸前で、かなり間一髪であの左々木が、残念ですが、あの左々木が助けました。先に助けた様なので、わたくしは右郎様をお迎えに参ったのです」


 冷静に話すも、左々木の名前を出す時だけ明らかに嫌そうな顔をした。


「げぇ! 左々木かぁ……零くんを助けてくれてありがたいけど、おれたち二人はあの左々木にされたことを忘れていないからな!」


 高校時代に零を自分に向かって投げ付けられたことなど、嫌な記憶が蘇り、あからさまに嫌な顔をする。


「あれ……左々木って一四年前にも聞いたような……」


 クァワウィーが子供時代の記憶を思い出してくる。

 右郎や那深嬉のことは当然覚えていたが、割とどうでも良い人物のことは完全に忘れていたのだ。


「あれ? あいつ、そんな前に()ってたっけ?」


 右郎に至っては、五歳の頃の記憶をクァワウィーに言われて初めて思い出したため、当時の左々木など全く記憶になかった。


「居ましたよ。左々木がやらかしたことで、右郎様もクァワウィーさんもキャワウィーさんも、泣いて大変だったのですが……」


 当時のことを思い出しながら那深嬉は引きつり笑う。




「――あれ? 那深嬉ネェちゃん。さっき零子って言ったか? 左々木へのムカつきがありすぎて聞き流しちゃったけど、佐野先生のことだよな……ま、まさか……本当に、そうだったって言うのか!」


 零の言っていたとおり、本当にカトラリーオーガの正体が佐野先生なのかと思うと、血の気が引いて来る。


「右郎くん! 大丈夫?」


 血の気が引いた右郎を見たクァワウィーは即座に心配した。


「ええ。右郎様。残念ながらそうなのです――」

「残念ながらって! じゃあ、あれか! 零くんは死んだと思っていた母親と奇跡的に逢えたって言うのに殺し合ってたってのか? と言うか佐野先生が逆瑠を殺したってことになるだろ!」


 やるせない想いを全て那深嬉にぶつける。


「右郎くん落ち着いて!」


 那深嬉にぶつけていたが、クァワウィーにも聞こえてしまっており、しかし右半身の右郎しか見えないため、状況が把握しきれず落ち着く様言うしかできなかった。


「右郎様。そのとおりです。遅くなってしまい、ごめんなさい」


 那深嬉は悲しそうにしながらも冷静に謝る。


「まさかこんなことになるなんて、誰も予想できないんだから、那深嬉ネェちゃんが謝ることじゃないだろ……」


 既に右郎は落ち着き始めて来た。


 ――クァワウィーとモンヴァーンに、ついさっき自分を卑下することは止めると約束したが、那深嬉ネェちゃんを責めるのも最悪なことで、本質的には卑下と大差がないと思う。だから、クァワウィーが言ってくれた様に落ち着く。ここは兎に角、落ち着くのが正解だ。


 右半身だけ異世界に召喚されて一時間あまりで、右郎は精神的にかなり成長してきた。


「ありがとうございます……右郎様。成長されましたね!」


 右郎のことを昔からずっと知っている那深嬉は、成長を感じられて自分のことの様に喜んだ。


「那深嬉ネェちゃん。そしたら左々木も近くに居るってことだよな?」

「はい。あの人は零さんと共に数メートル離れた場所に居ます。零さんは究極(アルティメット)筋肉(マッスル)補助(アシスト)スーツを酷使した反動により重症ですので、そのまま左々木がお姫様抱っこで札幌支社へ向かう手筈となっていますね」


「あの人呼ばわりか、と言うかお姫様抱っこって……」


 左々木が零をお姫様抱っこする姿を想像した右郎は、失礼だと思いつつも、あまりの気色悪さに怖気が走った。


「お姫様抱っこはお嫌いですか?」


 那深嬉が首をかしげながら聞いて来る。


「え? 何で? 少なくとも左々木にされるのだけは勘弁だな。零くんに対して本当に気の毒に思うよ……なんちゃらスーツの反動で重症だから逃げられないしね…………」


 天井を見上げながら憐れんだ。


「右郎様のことを左々木如きに抱っこさせはしませんよ」


 ニヤニヤしながら右郎の背中と足に手を絡める。


「な、なみ……那深嬉ネェちゃ――」


 訳が分からず困惑する。


「え? 那深嬉ちゃんが何かしたの?」


 ひとりでに困惑している様に見える左半身を見たクァワウィーも、当然ながら右郎が那深嬉に何をされているのか分かる訳もなく困惑する。


「左々木にはさせません。私が右郎様をお姫様抱っこ致します」


 満面の笑みを浮かべながら右郎を持ち上げ、お姫様抱っこの状態となった。


「えうおわあ! な、何を! な、那深嬉ネェちゃん! 何をするんだ!」


 まさか那深嬉にお姫様抱っこをされるとは思わず、混乱する。


「本当に那深嬉に何されてるのぉ!」


 クァワウィーは心配になっていた。

 一四年前に那深嬉が右郎のことを好きだと言っていたことを覚えているからだ。


「何してるのか見えない。世界が違うから見えも聞こえも感じもしない……だけど! 抜け駆けされてる気が、何となくする――」


「クァワウィー! 何訳分かんないこと言ってるんだよ!」


 右郎はクァワウィーが事態をややこしくする様なことを考えている気がしてならなかった。


「――見えないのは向こうだって同じ! だったら右半身はわたしのモノで良いよね!」

「――いや何が良いの?」


 右郎のツッコミを無視してクァワウィーは右郎の右半身に抱き着いた。


「……クァワウィーさん。右郎様の右半身に対して何をされているのか分かりませんが、やりますね――」

「――何がやるんだよ! 異世界が見えも聞こえも感じもしないくせに!」


 ツッコミを入れて誤魔化しているが、右郎は現在二人の女性と密着している状態だ。

 そんな状態に照れてきてしまい、思わず目を瞑る。


 ――駄目だこれ逆効果だ! 余計に二人の柔らかい感触が伝わってくる……。


 視覚がシャットアウトされたことで、余った脳の処理能力は触覚に割り振られてしまった様だ。


「あら、目を瞑っていますね。どうされましたか?」

「どうしたの? 突然目を瞑るなんて?」


 二人とも右郎が目を瞑った原因は自分であると気付いており、ニヤニヤしている。

 好きな人が自分と密着したことで照れてくれているのだ。嬉しくもなるだろう。


「では右郎様。行きましょう――」

「ちょちょちょ! 那深嬉ネェちゃん! 本当に、待ってくれ」


 このまま札幌支社へ向かおうと歩き出した那深嬉を、右郎は本気で制止した。


「……ごめんなさい。右郎様」


 那深嬉は俯きながら、一旦右郎を降ろす。


「那深嬉ネェちゃん。みなまで言わなくても分かってると思うけど……そこに、見るだけで辛くなるんだけど、逆瑠って子が居て……この子を、このままにはできない……」


 右郎は、逆瑠の遺体を直視することができず、逆瑠から離れた床に右目のピントを合わせた。


 ――本来なら警察が来るまで動かすべきではないけど、魔物だらけの状態で、警察が来るのは現実的じゃない。


「ごめんなさい。右郎様。そして、クァワウィーさん…………右郎様。クァワウィーさんに、那深嬉が謝っているとお伝え下さい……」


「なんでクァワウィーに?」


 ――那深嬉ネェちゃんの声に違和感がある。なんと言うのか、今にも泣き出してしまいそうな……那深嬉ネェちゃんに限ってそんなことないだろうけど……。


「……右郎くん。あの、逆瑠さんのこと、あまり思い詰めないで、逆瑠さんと赤の他人のわたしが言っていいことじゃないけど、思い詰めすぎても、逆瑠さんは申し訳なく思うと、思う……から……」


 逆瑠の話を那深嬉にしているのが分かったクァワウィーは、少しでも右郎の心が軽くなってほしいという思いから、そう言った。


「クァワウィー。ありがとう。確かに、逆瑠はそう思うと、思う」


 少し気まずくなりながら礼を言う。


 ――逆瑠さんのこと何も知らないのに、失礼だよね。


 言って、後悔した。右郎にとって逆瑠は大切な存在であることをクァワウィーは分かっている。何せ那深嬉など足元にも及ばない程の恋のライバルであることを、良く理解していたのだから。


 クァワウィーは逆瑠と出会った記憶はないが、ライバルという意味で、何も知らないことはなかった様だ。


「クァワウィー。良く分からないんだけど、那深嬉ネェちゃんがごめんなさいと伝えてだってさ」


 右郎は本当になぜ、逆瑠の話をしたあと、那深嬉がクァワウィーに謝りたがったのか理解できなかったが、取り合えず頼まれたので伝えた。


「え? 右郎くん、伝言にしても、それだけだと意味が分からないよ? 那深嬉ちゃんは何のことでわたしに謝って来たの? まさか左半身を独り占めしてることな筈ないよね? もしそうなら右半身独り占めしてごめんねって伝えてね?」


 右郎はクァワウィーのその言葉を聞き流してしまった。


 那深嬉の行動に目が離せなかったからである。


 いつの間にか、那深嬉は逆瑠の傍まで行き、体を震わせていた。


「一人の女子高生が犠牲になってしまったことは誰だって許せないが、なんか……那深嬉ネェちゃん、そんな感じじゃ……ない――」

「那深嬉ちゃんが、どう……したの?」


 那深嬉を見た右郎が那深嬉を心配し、心配している右郎を見たクァワウィーが那深嬉を心配した。


「……ごめんなさい。わたくしが、もっと早く来れたら、助けられたのに、本当に、ごめん……なさい――」


 ぼろぼろと大粒の涙を流す。


 流れ出た涙は、固まりかけている逆瑠の血液を少しだけ溶かした。


「――那深嬉ネェちゃん! 本当にどうしたのさ!」


 心配で那深嬉の傍に近付こうとするも――。


「うおわぁ! 立てな……くっ! 畜生!」


 左半身だけでは立つことがままならず、すぐに転んでしまう。


 落ち着いていれば片足立ちでジャンプをしたり、床を這って移動することも可能だが、思い付かなかった。



「助けられなくて、ごめん……なさい…………」


 悲しすぎて、少しの間、口が止まる。










「…………キャワウィーさん――」



















「え? なんだって……」


 那深嬉が口にした名前を、直ぐに理解することができなかった。


 ――なんで今、その子の名前が出るんだよ……。



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