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第三四話 クァワウィーの過去 その一三 全員あほー。二歳児の方が賢かった。

「マンキシが来るの?」


 マンキシはクァワウィーとキャワウィーにとって信頼できる護衛である。

 そんなマンキシが来ることがなぜ逃げることに繋がるのか、クァワウィーには理解ができないでいた。


「マンキシと言う男が右子様と戦っていたところ、マンキシが勝ってしまった様なのです。お義母様の命に危険があったため、わたくしと左々木が来たのです。わたくしより強い左々木がマンキシと戦っていましたが、やられてしまった様なのです――このままでは、わたくしたちまで殺されてしまうでしょう!」


 焦りながら早口で説明をする。


「ころされる? マンキシはそんなことしないよ! 大丈夫だよ!」


 マンキシを信頼しているクァワウィーは那深嬉の言うことを否定する。


「――信頼されているのですね……ですがっ! お義母様は殺されかけ、左々木も重症とのことです。実は危険人物だったと言うことでしょう!」


 信頼を壊してしまうことに罪悪感を抱くも、実際マンキシは王国への忠誠心が強すぎて、他国の存在に対して極端に疑ってしまうところがあり、結果、右子と戦う羽目になっていた。


「マンキシは! ひどいことしないから! なみきのっ! ばかぁ!」


 涙目になりながらクァワウィーは那深嬉の頬へ平手打ちをする。


「……」


 全く痛くはない。


 ――心に、きますね……。


 六歳児の平手打ちに物理的ダメージは当然ないが、精神的ダメージはかなりのものであった。


 那深嬉は自分のマンキシに対する見方を間違っているとは思わない。

 危険人物として捉えることは正解だと信じている。

 それでも、罪悪感はあった。その罪悪感も、平手打ちによって倍増させられた。

 那深嬉はマンキシを知らない。まだ一度も会っていない。

 自分自身の目でマンキシを見た訳ではないのだ。


 ――もしかすると、クァワウィーさんの言っているとおり、良い人物だと言う可能性も捨てきれませんね。


 だが、残念ながらそうである可能性は低いだろう。

 那深嬉は戦闘課の第三課長であり、行動に大きな責任を求められる。更にまだ一四歳と若すぎると言うこともあり、自己判断で可能性の薄い方へ賭けることは許されない。


「すみません。クァワウィーさん……」


 クァワウィーに対して頭を下げ、三人を抱き抱える。


「……逃げます」


「那深嬉お姉ちゃん! ちょっと待って! 待ってくれ!」


 黙っていた右郎が大声を出す。


「右郎様?」

「お母さんがころされかけたって! どういう意味だよ!」


 右郎は、母親である右子が砂嵐を発生させた段階で放心状態となり、暫くしたあと、テントで正気に戻った。

 詰まり、マンキシの姿を覚えておらず、右子がマンキシと戦っていることも実は良く分かっていなかった。


「お姉ちゃん! どういうことだよ!」


 右郎も那深嬉と同様に焦り出し、必死に問い質す。


「右郎様すみません! 一刻も早くこの場を離れなければいけません!」

「ふざけんな! お母さんは? 那深嬉お姉ちゃん!」

「みぎろうくん、大丈夫だよ? 安心して。マンキシは優しいから、なみきちゃんの言ってるとおりには絶対なってないよ!」

「安心できない! もう良く分かんねえ!」


 逃げなくてはと思う那深嬉と、兎に角母親が心配な右郎。そしてマンキシを信じるクァワウィー。

 全員の気持ちがズレてしまっている。誰一人として相手の考えを受け入れるつもりがない。

 このままでは埒が明かない。




「ぜんいん! あほー!」


 突如として、キャワウィーが全員に対して暴言を吐いた。


「きゃ、キャワウィーさん……」

「キャワウィーちゃん?」

「キャワウィー! あほなんてどこで覚えて来たの! あほって言った方があほなんだよ!」


 突然暴言を吐かれ、三人共困惑する。

 三人共、何も「あほ」なことなんてしていないと思っている。


「ワタシ、よくわかんないけど、みんな! あほなの! あほー!」


 誰もかれも、自分の思いを一方的に言うばかりで、これでは埒が明かないと、二歳ながらにしてキャワウィーは何となく思ったのだ。ただ、言語能力的にその何となく思ったことを言葉として表す方法が分からなかった。

 分からなかったが、分からないなりに、少なくともこのままでは埒が明かないことに気が付けないのは「あほ」であることだけは分かった。


 だから、この二歳の女の子は暴言を吐いたのである。


「みんなのこころにひびかないのなら! なんどだっていうよ! あほー!」


 キャワウィーは悲しくもなく、怒っている訳でもない。

 呆れていた。一番小さい自分に分かって、何故みんな分からないのだろうと。


「クァワウィーさん。ありがとうございます」


 那深嬉はこの中で最も年上である。

 キャワウィーの言いたかった、相手の考えも受け入れようと言うことを「あほー」から読み取った。

 ただ、それを思いついたのが二歳児とは言え、五歳児と六歳児に強要するのも酷だと思った那深嬉は、自分が折れることに決めた。


「右郎様。クァワウィーさん。お二人の気持ちをしっかりとお聞きしたいと思います。ただし立場上、重い責任の関係で自己判断のみで行動する訳にはいかないので逃げながらお聞きします。お二人の気持ちを否定する訳ではありませんので、ご理解下さい」


 そう言って、ヒダリトエンジンを全開にして超スピードで上空一〇メートル辺りまで飛び上がり、その速度のまま大体西の方角へ向かう。


「うわああああああ!」

「くぁああああああ!」

「きゃああああああ!」


 速度は既に音速に到達している。

 あまりの速さに右郎、クァワウィー、キャワウィーの三人はひたすらに叫んだ。

 音速と言うと流石に危険だと思われるだろうが、那深嬉の着ているスーツにはヒダリトの技術でバリア機能が搭載されており、単純な風や衝撃から人体を保護することが可能となっているため、心配する必要はない。

 そこまで保護されてはいるため、右郎たちが叫んだのは完全に驚きによるものだ。


「みなさん落ち着いて下さい。衝撃等は磁場を上手いこと使用してバリアを展開している()()()()大丈夫ですよ」


「嫌だああああ! 怖いって!」


 那深嬉がそう言ってくれているが、右郎は碌に聞きもせず怖がる。


「あああ。どうしましょう。衝撃などが完全にないとは言え、私でも多少の恐怖は感じるので、考えてみれば子供が怖がるのは当たり前ですよね……」


 那深嬉は悩み始めてしまうが、悩みながらも速度を緩めない。


 那深嬉が向かっている場所は、北海道の後志(しりべし)地方にある羊蹄山(ようていざん)

 羊蹄山には霊力が通る龍脈が存在し、その龍脈を研究するのにヒダリトの本社がまるで悪の組織のアジトの如く山の(ふもと)の地下深くに埋まっている。


 ――私と左々木が乗ってきたヒダリトエンジン搭載ジェット機。ヒダリトスペシャル号は既に帰ってしまいましたが、この事態に再度支笏湖へ向かう筈なので鉢合わせられる筈。


 そう思って本社を目指している。

 思惑が外れ、ヒダリトスペシャル号に()えなかったとしても、本社まで行けば他の四天王や、それを遥かに凌駕する最強の戦闘社長。左門右蔵も居る。


「マンキシがどんな者であろうと、社長に掛かれば赤子も同然です!」


 左々木が倒されたことに焦りを覚えつつも、右蔵に頼ればどうとでもなると信じており、絶望はしていなかった。


「おれのお父さんはそんなに強いの?」


 右郎は父親と会話した記憶がない。年に数回顔を合わせる程度の関わりしか持てていない状態だ。

 まだ五歳と言うのもあり、かなり寂しい思いをしていた。

 そこへ那深嬉がやたらと右蔵のことを高評価してきた。

 那深嬉はお父さんのことを色々知っているのだと思うと、目をキラキラさせ、興味津々になる。


「……強いですよ。私が唯一心から尊敬できると思った人物です」


 楽しそうに話す。


「そうなんだー! はやく逢いたいなぁ……」


 那深嬉の話を聞き、父親に憧れを持ち始めた。


 ――ただ、強いのですが、とても……弱い方でもあります。


 表情が曇る。


 このことを右郎に伝えようか迷ったが、口に出すことはなかった。


「社長には、素直に右郎様と話されてほしいですよ。本当に――」


 右郎には聞こえない様、小声でそう呟いたのだった。

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