第三三話 クァワウィーの過去 その一二 ショタコン那深嬉ちゃんの嫉妬
「ええと。クァワウィーさん? 赤面した程度で人は死にませんから安心して下さい」
右郎とキャワウィーが大げさに心配したことで、クァワウィーは心配になってしまい、取り合えず那深嬉は落ち着かせようとした。
「ほんと? だいじょうぶなの?」
うるうると涙を浮かべながら上目遣いで言うクァワウィー。
「大丈夫です。絶対に!」
こんなことで心配するなんて可愛らしいと思いつつ、大丈夫と断言する。
「そっかー。そうなんだなー。キャワウィーちゃん! クァワウィーは大丈夫だってさ」
「そうなの? よかったぁー!」
右郎とキャワウィーも一安心した。
「さてと……左々木がお義母様とオンヌァイトを連れて戻ってくると思いますので待ちましょうか」
そう呟きながら那深嬉は砂の上に座り、リラックスする。
「おれも!」
右郎が那深嬉の右隣に座る。
「ワタシ! ひだりーの、左隣がいい!」
キャワウィーが楽しそうに那深嬉と右郎の間に入り込んでくる。
「ああ! わたしは! みぎろうくんの、みぎとなりね!」
クァワウィーは先程の心配が嘘の様に元気な声を出しながら右郎の右隣に座り、右郎の右腕に抱き着く。
「クァワウィー? どうしたのさ?」
まだ幼い右郎には、何故クァワウィーが抱き着いてきたのか良く分からない。
「分かんない。けど? なんか――だきつきたかったの。なんかね、おちつくの……」
抱き着いている本人ですら、幼すぎて自分の行動が理解できていない。
これは幼いながらも、恋愛感情である。その感情に気が付いたのは、二〇歳になってからであった。
――皆さん。純粋で、いいですね……。
クァワウィーたちを見て、那深嬉は和んだ。
「あ、ねー。あのさ? そう言えば、お姉ちゃん、誰なんだ?」
右郎が那深嬉に質問を投げかける。
「おっと。自己紹介がまだでしたか?」
那深嬉は右郎のことを生まれる前から一方的に知っていたため、知り合いの様な感覚になってしまい、自己紹介が疎かになってしまっていた。
「クァワウィーさんとキャワウィーさんとも、自己紹介しておきますか」
「うん! じゃあ、わたしから行くね! クァワウィー・オージョ・ザ・フトゥーノ・ライトウィステリアって言うよ」
「ワタシ! きゃわうぃー・おーじょ・ざ・ふとぅーの・らいとふぃすてりあ!」
提案した那深嬉を差し置いて、真っ先に元気な自己紹介をした二人。
キャワウィーに至っては苗字を上手く発音できていない。
「長げぇ! クァワウィーとキャワウィーちゃんが名前で良いんでしょ?」
長い名前に馴染みがなく、右郎は不満に思う。
「良いよ。今まで通りクァワウィーって呼んで?」
「ワタシもいいよー!」
「では、次は私ですね」
クァワウィーたちに先手を取られたが、今度こそ那深嬉が自己紹介を始める。
「ワタシは左倉那深嬉と言います。歳は一四で、右郎様の許嫁です。仕事ですが、株式会社ヒダリト戦闘第三課長に就いており、戦闘社員四天王の第三位として認められております」
「え? 何? 良く分からないんだけど?」
「わたしも、よく? 分からないよ……」
「なみきちゃん! あほー!」
子供たち三人とも、那深嬉の自己紹介が理解できなかった。
キャワウィーに至っては暴言を吐いてしまっている。
「あ……すみません……」
那深嬉は、少なくとも右郎に対してだけでも自分がどう言う存在なのかを伝えておくべきだと考え、この様な自己紹介をしてしまった。
伝えなくてはという意思ばかりが先行してしまったが、五歳、六歳の子供に役職等を話しても、正直理解してもらうのは難しいだろう。
「はぁ……駄目ですね……小さい子の気持ちも考えないと――」
大きなため息を吐きながら呟く。
那深嬉は仕事上、年上と接することの方が多く、年下の扱いがあまり得意ではない。
「那深嬉お姉ちゃん。良く分からないけど、なんか、すごいんでしょ? 凄いんだから、止めた方が良いよ? そう言うの、なんだっけ? 卑下するって言うんだって! やめた方が良いよ!」
右郎は笑顔で那深嬉のことを肯定した。
「――右郎様……」
右郎の言葉に、那深嬉は感動した。
「なんて、気遣いのできる方なのでしょう――」
感動しながら、右郎の手を握る。
「え? なに?」
突然握られ、右郎は動揺する。
「社長に、右郎様の許嫁にされているのですが、何も問題なさそうですね。素敵な気遣いのできる右郎様となら――」
右郎との将来を妄想しながらニヤニヤする。
那深嬉は、右郎の気遣いにときめき、異性として好きになってしまった。
九歳も年齢が離れているが、それでも好きになってしまったのである。
「いいなずけ? なに? ていうか、なんでニヤニヤしてるんだ?」
純粋無垢な右郎は、何も分かっていない。
「簡単に言いますと、結婚するという意味ですね――」
「――だっだだめ! だめだよ!」
クァワウィーが真っ先に反応し、右郎に強くしがみ付く。
「う、うわっ! なにさ! クァワウィー!」
突然しがみ付かれた右郎は動揺するしかない。
「クァワウィーさん? どうされましたか?」
そんなことを言っている那深嬉だが、クァワウィーも右郎のことが好きなのではないのかと思い始めていた。
「なんか、分かんないけど……やなの!」
力いっぱいしがみ付きながら頬を膨らませ、那深嬉を軽く睨みつける。
「い、いたい……クァワウィー! くるしいって!」
思春期に入ってからならともかく、五歳の右郎にとって同年代の女子にしがみ付かれるのはただ苦しいだけであった。
「きゃーきゃっきゃー! ひだりーくるしそぉー!」
苦しんでいる右郎に対してキャワウィーは大笑いした。
「何笑ってるんだよ! クァワウィーも、うざい! はなれろよ!」
割と本気で怒ってしまった右郎は、力任せにクァワウィーを突き飛ばしてしまう。
「ひゃあ!」
突き飛ばされたクァワウィーは背中から砂浜に転んでしまう。
「う……うぅ……いたい。ひどいよぉ。みぎろうくん」
砂の上だったのが幸いして怪我はなかったが、少しの痛みはあったのと、右郎に突き飛ばされたと言うことそのものが悲しく、涙を流してしまう。
「あ……あああああ! ごごごごめん! だいじょうぶ? クァワウィー?」
泣かせてしまったことに罪悪感を覚えた右郎は、焦りながらも謝る。
「あらら。右郎様。女の子突き飛ばすのはいけませんよ?」
わざわざ言うまでもなく右郎は分かっている様子だったが、大人の口からハッキリと注意をしておいた方が良いと那深嬉は考えた。
尤も、那深嬉もまだ大人に満たない未成年だが……。
「ほんとにごめん。立てる?」
謝りながらクァワウィーに手を差し伸べる。
「……うん。だいじょうぶ」
右郎が反省していることは、しっかりとクァワウィーに伝わり、変にこじれることもなく仲直りとなった。
――なんでしょう……少しばかり嫌な気分に……。
那深嬉にとっては好きになった少年と恋敵が仲良くしている訳だが、正直少し嫉妬していた。
――六歳の女の子に嫉妬? 大人げなさすぎます! わたくしもまだ精神的に幼いと言うことですね……。
那深嬉は自分が思っている以上に右郎のことが好きになってしまっていた様だ。
だからこそ、大人げない気持ちは隠したいと思った。
「良かったですねぇ」
右郎とクァワウィーが仲直りをしたことに、心から良かったとは思えなかったが、自分の大人げない感情、表情を見せない様、慎重にそう一言言ったのだった。
――う? なんか、へん? なみきちゃん。へん……。
キャワウィーだけは那深嬉に違和感を覚えた。
何となく、不自然な感じがしたのだった。
「……本当に仲直りできて良かったですね。右郎様とクァワウィーさんの仲もより一層深まった様で何よりです」
そう口にしながら携帯電話を取り出す。
「さて、左々木はまだでしょうかね?」
呟きながら携帯電話を開く。
「あれ? メールが入っていますね」
いつの間にか左々木からメールが届いており、取り合えず読み始める。
「え? そんな……」
メールの内容を呼んだ那深嬉は、一瞬頭が真っ白になった。
体と声が震える。
「那深嬉お姉ちゃん。どうしたんだ?」
震えている那深嬉に気が付いた右郎が、心配そうに声を掛ける。
「――右郎様! クァワウィーさん! キャワウィーさん!」
焦りから瞳孔が開き、舌足らずになりながら三人の名前を呼び、那深嬉が現在着ている《特殊筋肉補助ヒダリトエンジン搭載版スーツ》は現在、エネルギー節約モード――スリープモードの様な状態――なのだが、そのモードを解除し、すぐにでもスーツの機能を使用可能な状態へとした。
「わたくしにしっかりと掴まって、決して、何があろうと放さない様にして下さい!」
「え? なんなんだよ?」
「……なにがあったの?」
「せつめいなしなんて! あほー!」
那深嬉は必死そうにしているが、子供たちは驚き、直ぐに那深嬉の言うとおりにはできなかった。
キャワウィーに至っては暴言を吐いてしまっている。
「左々木がやられました……マンキシ・ライトフィールドと言う男がこちらへ向かって来ています!」




