第三一話 クァワウィーの過去 その一一 分からないことを誤魔化すのが一番駄目なのである。
「あ、そうでした。実はオンヌちゃん――オンヌァイトさんが左々木のところへ向かってしまいまして……」
右子に関しては左々木が離れた場所で戦ってくれているため一安心だが、左々木の元へと向かってしまったオンヌァイトのことは心配であった。
『なんと、それは大変だな……恐らく戦闘は間もなく終了するだろうから大丈夫だとは思うが……』
電話越しに考え込む。
『那深嬉。オンヌァイトのことは心配だが、貴様の守るべき存在は、右郎だ。宜しく頼むぞ』
「は、はい」
それだけ伝えると、右子は通話を終了した。
「守るべき存在は、右郎様。間違えない様にしなくてはいけませんね。今、右郎様をお守りできるのは、わたくしだけ」
那深嬉は若すぎるが故に、物事の優先順位の判断が完璧ではない。
オンヌァイトとは確かに仲良くなったが、最優先は右郎を守ることなのだ。
右郎を守ることが社長から任された仕事――任務であり、右子からも直接頼まれたことであり、実際に右郎に何かあった際に対処可能な戦闘社員は現在、那深嬉しか近くに居ないのである。
「戻りませんと」
小走りでテントへ向かう。
「そう言えば、お義母様。わたくしのことを貴様なんて呼ぶ様な方でしたっけ……」
少し引っかかったが、右郎を守らねばと言う考えが思考を満たし、その引っかかりは直ぐに頭から消えた。
「那深嬉おねぇちゃん……」
暫く戻ってこない那深嬉を気にし、クァワウィーがテントの前まで出てくる。
「大丈夫ですよ。もう直ぐ戦いは終わります。オンヌァイトも戻ってくる筈です」
安心させる様に頭を撫でる。
「もうすぐ、終わるの?」
那深嬉の言葉に少し安心するクァワウィーだったが、まだ不安感の方が強い。
「いつ終わるの?」
「え?」
もう直ぐと言うのが抽象的すぎて具体的な答えを求める。
しかし那深嬉は答えに詰まる。
――いつ……そこまでは分かりませんね……。
分からないと答えたところで余計に不安がらせるだけだろう。
「も、もう直ぐです」
そう、誤魔化すしか思いつかなかった。
「いつ? オンヌァイトはいつ帰ってくるの?」
クァワウィーに誤魔化しは通用せず、必死に那深嬉を問い質す。
「……」
もう直ぐと、何度も言ったところでクァワウィーは納得しないどころか、寧ろ不安感を大きくしてしまうだけだろう。
「ねえ! おねぇちゃん!」
クァワウィーは今にも泣き出しそうな声で那深嬉の腕を力強く掴む。
「……ええと……」
なんと言ってあげるのが正解か判らず、俯く。
「クァワウィー。待とう――」
那深嬉が困っていると、テントから右郎が出て来た。
「みぎろうくん……」
「右郎様……」
まさか右郎が出てくるとは思わず、クァワウィーと那深嬉は驚いた。
「――待とう」
それだけ言って、右郎は再びテントへ戻って行った。
「きゃきゃきゃ! ねーねー! わがままぁ!」
右郎と入れ違いにキャワウィーが現れ、クァワウィーに指を指しながら高笑いをするや否やテントへ戻った。
「――待とうなんて、そんなこと言われても……」
年下二人にそう言われ、クァワウィーは那深嬉を困らせていたことに気が付く。
気が付くが、不安であることに変わりはない。
「クァワウィーさん。オンヌちゃんがいつ戻ってくるかは分かりません。ですが、必ず戻ってきます」
那深嬉は、五歳の少年の言葉に強い覚悟を感じ、一四歳である自分がしっかりしないでどうすると思い、正直に分からないことを伝えた。
こういうことは、誤魔化すのが一番駄目なのである。
「クァワウィーさん。確かに私は困ってしまいましたが、まだ幼いあなたが年上を困らせるのは、悪いことではありません。頼って良いのです」
心意気を改め、再度クァワウィーの頭を撫でる。
「……うん。分かった……まつ。オンヌァイトのこと、まってる――」
クァワウィーと那深嬉の心が、少し成長したのだった。
「そうです。クァワウィーさん。改めて自己紹介しませんか?」
間が持たないと言うのもあり、那深嬉が提案する。
那深嬉はオンヌァイトとは自己紹介をしたが、クァワウィーとキャワウィーのことをしっかりと分かっている訳ではないのだ。
「ん。分かった……」
確かに那深嬉のことを良く知らないと思い、クァワウィーも賛成した。
「それでは、右郎様、キャワウィーさんも。こちらへいらして下さい」
テントの中に居る二人を外へ呼び出す。
「外、もう危なくないのか?」
心配する様に右郎が出てくる。
キャワウィーも右郎の左手を握りながら一緒に来た。
「左々木――先程の衝撃波の犯人ですが、恐らくあれでヒダリトエンジンを使い果たしたかと思いますので大丈夫です」
那深嬉はいつ戦いが終わるかまでは分からないが、左々木が現在着用しているスーツと那深嬉が着用しているスーツはサイズ違いの同じ製品であるため、先程の衝撃波の様に危険なことは起こらないと自信を持って言うことができる。
「あれ? みぎろうくん。さっき待とうってカッコ良く言ってくれた時、あまり外のこと心配してなかったよね?」
「クァワウィーのことの方が心配だったからね」
クァワウィーの素朴な疑問に対して、右郎は凛々しく返答する。
「……」
右郎の姿に、クァワウィーはときめき、赤面してしまった。
「あー! ねーねーお顔真っ赤っかー!」
そんなクァワウィーを見たキャワウィーは、ニヤニヤしながら茶化す。
「ええ! わたし赤いの?」
恋愛感情がまだ良く分かっていないために、赤いと言われたことで心配になってしまうクァワウィー。
「うん。赤いよクァワウィー。赤くて可愛いよクァワウィー。あ、やっぱり、クァワウィーと可愛いって似てるよね何で?」
素朴な疑問を感じた右郎は思ったことをそのまま口にした。
「え、ええ? くぁ、くぁわいい?」
可愛いと言われたクァワウィーは更に赤面をする。
「クァワウィー! 大丈夫かっ?」
「ねーねー! しんじゃいやぁ!」
あまりの赤さに、右郎とキャワウィーは本気で心配をし出してしまった。
「そ、そんなにわたし赤いの? やだよ。まだ、しにたくないよぉ!」
心配されたことによって不安になる。
「み、皆さん落ち着きましょう……」
子供たちが暴走していく中で、那深嬉は困り果てたのだった。




