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第三話 右郎の過去 その一 右蔵の罪

 左門右郎の父親、右蔵は株式会社ヒダリトの社長である。


 ヒダリトという会社はサイボーグの開発を目的としている。

 とはいえ、実際にサイボーグを完成させたことはまだない。


 サイボーグを開発する前段階として、義手や義足、重たいものを持つ時などに肉体をアシストするスーツなどの開発には既に成功している。


 右蔵は製品の開発を楽しんでいるようで、夢中になりすぎて昔からあまり家に帰ることがなかった。


 幼い右郎にとっての父親とは、たまに家にいるオジサン程度にしか思えず、親子関係は悪い。しかもただ悪い訳ではない。ほぼ関わりがなく、無関心なのだ。


 少しずれるが、恋愛で考えてみると、嫌われているよりも無関心の方が辛いと言う場合がある。


 嫌われているのであれば不満をぶつけることも出来るだろうが、無関心の人間相手にそれは難しいだろう。家族なら不満くらい言えるという者もいるかもしれない。しかし右郎は幼い頃から、いや、産まれた時点で父とは疎遠だったのだ。

 初めから接し方、距離感が全く分からない。

 不満を言い合うなど無理である。


 幸いなことに、母親との関係は良好だった。


 母親がどうしても家を空けなければならない時には、家政婦としてヒダリトで仕事をしている少女が来るなどしていたが、基本的に母親一人で右郎を育てた。


 日々の家事は大変だが、右蔵が名のある会社の社長なだけあって、生活費や養育費に不自由することはなかった。



 小学生時代、こんなことを聞いた。


「お父さんのこと嫌いじゃないの?」


 これは聞いても良いことなのか、不安に思いながら聞いた。

 子供なりに、帰ってこない人に対して愛情など持つわけがないと思ったのだ。


「結婚する前からあの人が、仕事に全ての時間を使いたい。そう言って、私は……母さんは、目的を()()()上で結婚までしたんだよ。あの人の何が何でもやり遂げるという、強い絶対的な意思に母さんは惹かれたのさ……」


 母親は幸せそうに語った。


「……分からないよ」


 強い絶対的な意思というのには素直に格好良いと右郎は思った。

 だがそれが自分(息子)()を放っておいて良いことになるのかは分からない。


 小学生の右郎に、母の幸せそうな姿を理解することはできなかった。



 高校生になると、有名会社の社長息子として生徒や教師からの注目度が増えた。


 ――知らない。ふざけるな! 勝手に注目するな! 年に数回家に居るだけのオジサン……社長なんて、他人だ。


 一躍(いちやく)校内で有名人となったが、右郎にとってはそれがストレスとなってしまう。


「なあ、お前! あの株式会社ヒダリトの社長の息子なんだろ?」


 右郎に話しかけてくる者など、皆そんな感じだった。

 誰もかれもが社長の息子としか見ていない。

 誰一人として、左門右郎という人間に対して関心がなかったのだ。


 右郎は父親からの関心を持たれずに育った。

 そして父親の存在によって、友人になる筈だった者たちから()()そのものに対しての関心を奪ってしまったのだ。


「ふざけるなよ! 全員……」


 その言葉を、誰もいない廊下で(つぶや)く。


 それが、口癖になった。


 いつしか廊下で一人になった時、つい口に出してしまうようになっていた。


 ある日、その口癖を中年の女教師が聞いてしまう。


「あらっ! 左門さんあなた社長さんの息子でしょぉお? そんなこと言うんじゃありませんよ!」


 この女教師に悪気はなかった。ただ、自分の持っている価値観が正しいと、常に思っている。

 別に生徒の気持ちを考えられない訳ではない。

 普段、馴染みのない社長の息子と言う存在に対して、理想を抱きすぎなのである。


「――もう嫌だ」


 耳を塞いで泣きながら走って逃げだす。


「ちょっとぉおお! あなたみんなのお手本なんだからぁ! 走るんじゃありません!」


 それが聞こえると益々(ますます)悲しくなる。


「――お手本ってなんだよ! ふざけてるだろ! おれは……そんなものになった記憶はない!」


 幸い(すで)に放課後。鞄は教室に置いたままだが、女教師に会いたくないためこのまま下校を始める。


 空はどんよりと曇っており、今にも大雨が降りだしそうだ。


「おれの心も負けず劣らずどんよりとしてるぞ……は、はは……」


 曇った空に対して謎の対抗心を燃やす。

 作ることのできなかった友達の代わりに、空へ言ってみたのだ。


「……」


 空からの返答は当然なく、虚しいだけだった。


 返答がなかったとはいえ、右郎の心の中は既に、子供の頃からずっと大雨である。それもずっと、一〇年以上止んでいない。

 涙も止まらない。きっと洪水しているのだ。

 曇った空とのどんより勝負は、右郎の勝ちだった……。


「少し、公園で休んでいこうかな……」


 そう思い、通学路から少し外れた場所にある小さな公園へ向かう。

 その公園はブランコと砂場、二人掛けのベンチが一基(いっき)あるだけである。


 数分歩き、公園へ到着する。


「あれ?」


 ベンチに中学生くらいと思われる金髪の少女が座っていた。


「あー。先客が居たんだな」


 仕方ないと思い帰ろうとするが、少女のすすり泣く声が聞こえてくる。


「あの子……」


 自分も泣いているというのもあり、右郎は見捨てることができず少女に近付く。


「大丈夫か?……」


 右郎自身も涙を流しながら声をかける。


「お兄ちゃんこそ、大丈夫?」


 逆に心配されてしまった。


「恰好つかないな……おれは家庭環境のせいで、色々学校でも上手くいかなくてさ……キミは? おれに特別なことはできないけど、話せば少し楽になるかもしれない」


 警戒されないよう、柔らかい声でゆっくりと話す。


「……ワタシも、家庭環境という意味では……似てるかな……」


 少女が目の前に立っている右郎を見上げながら言う。


「……話しにくいから……隣、来てよ」

「あ、ああ分かった」


 少女はすぐに心を許してくれた。


「親が、頭の悪い人たちで、キュートもユーコもイシタもオンヌも。凄い、アホで、髪を無理矢理染められちゃったんだよね……」


 そう言った少女の声は震えている。


 右郎は思った。


 自分の父は頭が良くて起業することができたのだ。

 もちろん頭の良さだけではないが、頭は良くないと社長なんて務まらない筈だ。


 その頭の良さが今の自分の境遇である。


 そして、この少女は両親の頭が悪すぎて、具体的にどう頭が悪いのか分からないが、それによって自分に災難が来ているという。


 頭が良すぎるのも悪すぎるのも不幸になる家庭があるということだ。


 もちろん頭が良く、家族に優しい者も、そうでなくとも家族を幸せにできる者も沢山居る。


 大切なのは頭の良さなどよりも、人間性や賢さである。


 頭の良さを悪用し、犯罪に手を染める者も居るのだから間違いない。


 きっと、頭の良さと賢さのバランスが悪かったということなのだろう。


「キミはその金色の髪が嫌いなのか?」

「……良く分かんない。でも、中学校では禁止されてるから……このままじゃ学校、行けないよ――」


 泣きながら言い、右郎の胸に顔を(うず)める。


「お、おお」


 突然埋められ動揺する。


 丁度良い高さに頭がきたので、とりあえず撫でてみる。


「ん」


 少し声を上げながら、少女は心地良さそうにする。


「両親は話せば分かってくれるような人たちなのか?」

「た、ぶん……でも、なんて言ったら良いのか分からないよ……ほんとは両親じゃないし……」


 少女は更に泣きじゃくり、右郎は困惑するも、解決策を考える。


「そうだな、キミの通っている中学校に相談してみよう。きっと力になってくれる筈だ!」


 自信満々に提案する。


「ちゃんと言えるかな……お兄ちゃん。一緒に行って?」


 随分と信頼されたようだが、残念ながら部外者が校内に入ることはできない上、右郎と少女は赤の他人だ。


「そうだ! なんか未成年が匿名で相談できるサービスって無かったか?」


 右郎は小学生から高校生にかけて毎年学校から配られていた物があったのを思い出す。

 それは、未成年が何かあった時に匿名で相談できるというサービス。その電話番号が記載されたカードを、きっとこの少女も貰っている筈である。


「そういえば、そんなやつあったかも……」


 カードに心当たりがあり、鞄の中から探す。


「あったよ!」


 嬉しそうに見つけたカードを見せる


 しかし問題があった。


「あ、中学生はスマホ持ち歩いてないか……」


 そう、中学生は高校生のように、スマートフォン及び携帯電話を持ち歩くことは、原則禁止されている場合が(ほとん)どだ。


「んっ! お兄ちゃんの貸してよ」


 可愛く手を出す。

 右郎は他人にスマートフォンを貸したくはないが、少女の仕草を見ていると別に良いかなと思えてくるのであった。


「仕方ないおれのを……」


 一九歳の右郎はポケットにスマートフォンを入れていたが、高校時代は鞄に入れるようにしていた。

 しかしその鞄は現在高校の教室である。


「……行きたくない」

「どうしたの? ないの?」


 そう思ったが、少女の姿を見ていると、右郎は自分が情けなく思えてくる。


「……行くか」


 重たい腰をベンチから上げ、立ち上がる。


「――どこに、行く……の?」


 すぐに少女も立ち上がり、右郎の制服を掴む。


 少女は不安そうな表情をし、再び声を震わせる。


 二人は赤の他人。ここに来て見捨てられるのでは? そんな考えがよぎる。


「おれの学校だ。一緒に着いて来てくれ」


 男子高校生が中学校へ入るよりも、少女を高校へ連れて行く方が幾分(いくぶん)マシであると考えた。


「皮肉だがあの女教師に協力を仰ぐ」


 あの女教師とは、右郎が学校を飛び出す原因となった人物である。


 右郎を傷つけはしたが、女教師の本質は自分の価値観を信じて疑わないことであり、普段から校則等にやたら厳しい。

 逆に言えば正しさに対しては非常に心強い味方となり得る。


「情けないが、おれを泣かせた凝り固まった価値観。この子の為に利用してやる!」


 始めて右郎が()()()()()()()()という、父と同じ強い意志を持った瞬間だった。


「必ず、絶対的な意思を(もっ)てしてキミを救うと決めた。約束するよ。キミを救う――」


 そう言って右郎は()()で少女の手を取り、高校へ向けて歩き出す。


 どんよりとした雲の中心が薄くなり、穴が空く。その穴から差し込んだ光が右郎たちを照らすのだった。



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