第二九話 クァワウィーの過去 その九 真面目の頭を混乱させる混沌
株式会社ヒダリトの筋肉補助スーツには、安全解除を行うと、安全解除をしたと言う情報がヒダリトの社員へ送信される仕組みがある。
右子が安全解除を行った時点で、社長であり夫の右蔵にも情報は伝わり、妻が危険なことに巻き込まれた可能性が高いと考え、すぐさま二名の社員を支笏湖へ送った。
なぜ支笏湖に居ると分かったのかだが、この日右蔵は右子から右郎と支笏湖へ行くことを聞いており、更に安全解除の情報を逆探知することで情報の発信源、要するに右子の正確な居場所まで分かるのだ。
支笏湖には龍脈の関係で、実はヒダリトの非戦闘社員が常駐しており、右郎が何者かと一緒にいることも掴んでいる。
社長の右蔵は《株式会社ヒダリト戦闘社員四天王》の内、二名を送り込むことに決め、一人目の左々木を右子の元へ、二人目の左倉と言う一四歳の女性社員を右郎の元へ向かうよう指示をした。
非常に若いが、事情があり中学生の頃からヒダリトで働いている。
ヒダリトの本社は羊蹄山の近くにあり、ヒダリト社所有の、全長一キロメートルもある有り得ない程の超巨大ジェット機。《ヒダリトスペシャル号》に乗り、二人は支笏湖へ急いだ。
ただ、幾らヒダリトスペシャル号がジェット機だと言っても間に合うかどうかは微妙なところだ。だが、ヒダリトの技術でヒダリトスペシャル号には特殊な改造を施してある。というより、改造したからこそヒダリトスペシャルなのだ。
離陸に少し時間が掛かるが、ほぼほぼ一瞬にして支笏湖の上空へ到達。
ヒダリトスペシャル号を着陸させる方が時間が掛かるため、二人はヒダリトエンジン――ヒダリトが独自開発したエンジン――搭載の特殊筋肉補助スーツを着た状態で外へ飛び出し、そのまま空を飛んで二人はそれぞれ右子の元と右郎の元へ向かった。
通常の、右子が着ていた筋肉補助スーツは細長い金属で筋肉をアシストしてたため、肌や服が普通に見えていた。対して特殊筋肉補助スーツは首より下を丸ごと金属で覆っており、戦闘能力やエネルギー効率が飛躍的に向上している。
「急ぎませんと――」
左倉は時速一〇〇キロメートル程で右郎の居るテント目指して真っすぐ飛ぶ。
「見えてきましたわね」
すぐにテントが見えてくる。
『うわぁあああああああああああ!』
「……泣き声……でしょうか?」
テントからは大きな泣き声が聞こえてきた。
「右郎様のものかと思いますが……しかし――複数……これは非戦闘社員の報告にあった、右郎様と共に居る何者かの泣き声も混ざっている……と、そう言うことなのでしょうね……」
真面目な左倉は普通に子供の泣き声だと思ったが、子供だとしても正体が不明である以上、警戒のためゆっくりと地上へ降り立ち、気配を殺しながらテントの入口へ歩いて行く。
「なっ! このテント、入口が刃物か何かによって斬られていますね……」
ある程度近付くと、入口が斬られていることに気が付く。
これは、オンヌァイトが西洋刀で斬ったものだが、左倉はナイフか何かで斬られたと考える。
「まさか、右郎様が社長息子だと知り、犯人が何らかの犯罪行為に利用しようとしているのでは?」
『うわぁあ! コワィイイイイイ!』
今も尚、泣き声は聞こえ続けている。
「……一度社長に増援を……」
左倉は少し怖くなり、一人では万が一に対処できないと考え、携帯電話を取り出す。
「わたくし一人でも何とかなりそうな気はしますが、この異常な泣き声、中でどんなおぞましいことが起きているのか……一刻も早く何とかしませんと……」
そこまで考え、気付く。
「一刻も早く。それなら、わたくし一人で行った方が良いですね」
右蔵に相談してからにしようと悩んだが、やはり一刻も早く行動した方が良いと考え、携帯電話はしまい、一人でテントへ向かって全力で走り出す。
「右郎様! 今直ぐお助け致します!」
少しの怖さを吹き飛ばす気持ちで叫びながら、テント内へ突入する。
「うっわぁああああああ! オンナキシコワァアアアイ!」
「喧嘩しないでぇええええ!」
「マンキシィイイイイ!」
「きゃーきゃきゃきゃきゃきゃ!」
「え?」
あまりの混沌さに言葉を失い、その場に立ち尽くす。
「あ、あのぉ……これは、ど、どういう……え? あ。あの? え? え? えええ? 右郎様……え?」
左倉には四人の人物が見えている。
一人目、右郎。二人の少女に抱き着かれ、その二人の頭を撫でながら泣き叫んでいる。
左倉からすると、右子がどこかへ行ってしまったことを知っているので、母親がいなくなって息子が泣き叫ぶのは分かるが、二人の少女の頭を撫で続ける理由に関しては、想像もつかなかった。
二人目、右郎に抱き着いて泣き叫ぶ銀髪の少女。
彼女がどこの誰なのかを左倉は知らないが、幼い少女が泣くのは別段おかしなことではない。
三人目、右郎に抱き着いて高笑いする銀髪の少女。
この子は大分幼く見えるため、高笑いをしていても、凄く笑う子だな。という程度である。
四人目。西洋刀を装備しながら泣き叫ぶ二〇代くらいの女性。
この女性が問題である。この年で右郎たちと一緒になって泣き叫ぶなど、左倉には意味が分からなかった。
「お、恐ろしい……なんですか、この人……」
左倉は恐怖すら感じた。
「その西洋刀、こんなものを所持している時点で謎ですが……まさか、入口の斬り痕はこの女の仕業か――」
恐る恐る、いい年して泣き叫ぶオンヌァイトに近付いてみる。
「そこのあなた……お話、宜しいでしょうか?」
何かあっても直ぐに動けるよう、臨戦態勢を取りながら慎重に話しかける。
「……あ」
左倉の存在に気が付いたオンヌァイトはピタリと泣き止む。
――私よりも若い女性……もしかしなくても子供のあやし方を理解していらっしゃるのでは? 何とかなりそうですね。
オンヌァイトはそう思いながら希望に満ち溢れた表情に変わる。
「ぶ、不気味な女性ですね?」
左倉はやはり危ない人物なのでは? と誤解し後ずさる。
「あ、ああ怪しい者ではありませんよ! ちょっと困ったことがありまして……」
「……と、とても必死ですね……」
必死にするオンヌァイトを見た左倉は、何となく悪い人ではない気がし、苦笑いをしながら警戒を緩める。
「やった! 警戒緩めてくれましたね!」
警戒を緩めただけで満面の笑みを浮かべる。
「困ったこととは、この泣いている子供たちのことですね?」
左倉はオンヌァイトのことを何も知らないが、少なくとも左倉も右郎を泣き止ませたいと思っている以上、利害は一致している。
「ええ。実は、この子たちを泣き止ませるのにどうしたら良いのか……全く分からなくて……」
左倉を年下だと思い、オンヌァイトは砕けた口調になる。
「やはり子供たちのことでしたか。わたくしはそこに居る右郎様と言う少年の父親の部下でして、銀髪の少女はあなたの身内なのでしょうか?」
何も知らないとは言え、子供と自分の関係性は知らせておかねばマズいと左倉は思った。
「私はオンヌァイト・ライトライトウッドで、クァワウィーさまとキャワウィーさまの護衛をしているよ。年は二一だよー」
フレンドリーに軽く自己紹介をする。
「おっと。ライトライトウッドさん。こちらの自己紹介がまだでしたね。失礼を致しました。株式会社ヒダリトの戦闘社員。左倉那深嬉と申します。一応、四天王に属しています。あと年齢は一四になります。よろしくお願いします」
オンヌァイトに続き、会釈をしながら自己紹介をした。
「一四かあ……大分年下だったんだね?」
那深嬉の見た目は年相応なのだが、真面目で落ち着いた雰囲気が、もう二歳程年上に感じさせており、オンヌァイトは軽く驚く。
「嘗められないように、戦闘技術は日々磨いているんですよ」
那深嬉は周りが年上ばかりの環境ということで、年下であることにコンプレックスを抱いており、オンヌァイトの発言に少し反発する様に強いことをアピールした。
この辺りは年相応と言えよう。
「ごめんなさい。那深嬉ちゃん」
知らなかったとは言え、那深嬉に嫌な思いをさせてしまったと思ったオンヌァイトは頭下げて謝った。
「え? あ、いえ――って! 那深嬉ちゃん? ちゃん付けなんて……」
まさかこの程度のことで謝ってもらえるとは思わなかったのと、ちゃん付けで呼ばれたことが予想外すぎて顔を赤くしながらそっぽを向く。
「あ、あれ? そんなに照れるかなぁ? 那深嬉ちゃーん?」
「五月蠅いわね! オンヌちゃん!」
照れはしたものの、那深嬉ちゃん呼びは嬉しかった様で、ついオンヌァイトに仇名を付けてしまう。
「あ、いいねその仇名!」
オンヌァイトはオンヌちゃんが気に入った様で嬉しむ。
「はあ……もう……」
ため息を吐いたが、照れ隠しである。
那深嬉には友人が少なく、仲の良い友人の様なやり取りがとても楽しく感じた。
「きゃーきゃきゃきゃきゃ!」
いつの間にか、キャワウィーの視線が那深嬉に移っており、一層楽しそうに笑っていた。
「ははは」
「おもしろいよ。ふふふ」
泣いていた右郎とクァワウィーも泣き止み、オンヌァイトと那深嬉とのやり取りを見ながら笑っていた。
どうやら子供たちにとっては、とても面白く見えたらしい。
「クァワウィーさま! キャワウィーさま! 良かったぁなんか泣き止んでくれてぇ!」
「右郎様も、落ち着いて下さった様で何よりです」
子供たちが泣き止んだことに、オンヌァイトも那深嬉も安堵したのだった。




