第二七話 クァワウィーの過去 その八 その意思は違う
マンキシは湖沿いを走ってクァワウィーたちの居た場所から離れており、右子もそれを走って追っていた。
「この辺りまで離れればいいだろ」
一キロメートル程来た地点でマンキシが止まり、右子を睨みつけながら言った。
「そうだな。マンキシ……やはり話し合いを――」
実はマンキシは右郎の心配をするなど、根がとても優しいことを右子は知った。走ったあとなら頭もスッキリし、冷静に話し合いを受け入れてくれるかもしれないとして、話し合いを提案したのだ。
「――駄目だ。走りながら考えていたが、この世界に来る直前。キャワウィー様はまるで吸い寄せられるかの様に御神体の泉に落ちた。そしてその先がこの世界だった訳だが、この世界に来て直ぐ、お前が登場した。三〇代女! やっぱりお前は怪しい!」
まともに話し合うつもりはないようで、西洋刀を正面に構える。
「……優しいアホが」
右子は理解した。マンキシの疑り深さは忠誠心。キャワウィーたちを大切に思う気持ちに比例しているのだろうと。
「三〇代女。アホとは聞き捨てならないな。事実とは言え、ムカつくぞ」
マンキシは自分がアホであると自覚していた。
右子は着ていた筋肉補助スーツの右肩と背中にあるスイッチを同時に押し、安全機能を解除する。
後に発売する究極筋肉補助スーツとは安全解除スイッチの位置が異なるのだ。
「かなり体への負担が大きいが、お前のその、仕える者に対する忠誠心から来る剣術へ対抗するには、全力を以てせねば失礼と言うものだろう」
スーツは高温に発熱し、灰色の煙を上げており、右子は熱さと煙たさに襲われている。
「ハッ! 見る目があるな。そこまで言われると嬉しいぞ!」
マンキシはフトゥーノ王家に対する忠誠心をここまで褒められたのは初めてであり、敵ながら嬉しいと思った。
「それじゃあ――斬り掛かってやるぞ!」
ご丁寧にマンキシは、そう教えながら右子に向かって西洋刀で突く。
「わざわざ斬り掛かると教えるなんてアホだと思ったが、突きとはな」
マンキシの突きを右子は軽々と躱した。
「なっ! なにぃ!」
躱される可能性を右子は元より考慮していたが、割とギリギリで躱される想定であり、ここまで軽々と躱されるとは思わず一瞬動揺する。
「結構、素早く突いたと思ったんだがな――」
一瞬は動揺したが、戦闘中に動揺を見せるのは危険すぎる。
すぐさまマンキシは次の攻撃に移った。
二撃目は、突いた西洋刀をそのまま斜め上に振り上げた。
「――二撃目に移るのが早いな。動きに無駄が少ない!」
躱しきれないと思った右子は左手で西洋刀の刃を掴み、右手でマンキシの顔面を殴り付ける。
「ほら、喰らいな!」
「ぐおっ!」
殴った威力は凄まじく、たった一撃でマンキシの鼻の骨が折れ、両鼻から大量の血を噴き出す。
「ぐっ! まじかよ……うお……鼻血やば……」
これ程の威力であれば、殴り付けた瞬間に数メートル飛ばされてもおかしくないが、マンキシは必死に西洋刀を握り続けた。そしてその西洋刀は右子に掴まれ固定されているため、骨折と鼻血だけで済んだのだ。
「……たった、一撃で……」
マンキシは戦慄した。
一撃でこの様というのも勿論、しかしそれ以上に西洋刀が右子に掴まれてしまっている。
(一撃でここまでのダメージを負わせて来る三〇代女から俺の剣を取り返すなんて……)
ほんの一瞬の戦いであったが、勝ち目は皆無であると悟った。
「はあ……参った。降参だ」
両手を上げ、負けを認める。
「お前の忠誠心なら、噛みついてでもこの私に向かってくると思ったのだが。意外だな」
「そうしたいのは山々だ。だが、クァワウィー様とキャワウィー様、それに仲間のオンヌァイトを残して死ねるか」
マンキシはしっかり後の事も考えていたのだ。
「それに、三〇代女の息子君も、母親が俺を殺したと知ったら可哀想だろ」
「お前……右郎のことまで……やっぱり優しいな」
そう発言した直後、右子の着ている筋肉補助スーツから出る煙が一気に増え出した。
「くっ! しまった……ぐ――アアアアア!」
スーツの動力は電気なのだが、安全解除を行った上に素早い動作をしたことで電圧が限界を超え、オーバーヒートを起こしたのだ。
そもそも安全解除を行った時点で既に煙が出ていたが、その段階でオーバーヒートにはなっていた。なってはいたが、ギリギリ耐えられていたところ、そのギリギリを超えてしまったということだ。
更に、このスーツの力で体を激しく動かすということは、本来人間が筋力で出せる力を超えており、無理矢理動かしていることになる。
負荷が掛かり、全身に激痛が走る。
あまりの痛さに掴んでいた西洋刀を落としてしまう。
「お、おいどうした!」
マンキシは急に叫び出した右子を見て動揺する。
「この、筋肉補助スーツ……酷使しすぎた様だ……全身が痛み、動けそうにない――このスーツ、訓練で安全解除を試したことはあったが、その時以上だ……使用後に、これとは、な……実用的ではないな……」
辛そうにしながらマンキシに自分の状態を説明する。
「……そうか、それは大変だな」
同情しながら落とされた西洋刀を拾い上げる。
「ああ。大変なのだ。先に戻ってオンヌァイトに私の状態を伝えてきてくれぬか? 彼女の性格なら心配してくれるだろうし、右郎のことも心配だ」
痛みで覇気のない声になりながら頼み事をする。
「くっふはははは!」
その頼み事を聞くや否や、マンキシは悪役にお似合いな高笑いをする。
「ああ。オンヌァイトと右郎君には、三〇代女、右子は死亡したと伝えといてやるよ!」
目を見開きながら西洋刀を掲げる。
「な! マンキシ貴様! 何度も私は貴様のことを優しいと言って来たが、訂正せねばならない様だな!」
右子は理解した。マンキシは弱っている自分を殺すつもりなのだと。
――動けっ! 私の、ボロボロになってしまった体よ。
動かなければマンキシに容易く殺されてしまうだろう。
しかし、右子の全身には激痛が走っており、動くことができない。無理に動かしたとしても、マンキシの攻撃を躱すことはできない。
「死ね! クァワウィー様とキャワウィー様をお守りするために!」
マンキシは右子のことが信じられないでいる。
膨らみすぎた疑心は殺意に変換されてしまった。
「私を殺したことで、守るべき者たちから拒絶されるだろうな」
「俺がどう思われていようが、お守りすることが重要だ。この手段に問題があるとは思わない。確実なる意思を以てして怪しい人物を殺すだけだからだ!」
「その意思は違う。間違っているぞ!」
明らかに間違った意思を言葉にしながら、掲げていた西洋刀を両手で持ち、そのまま右子の頭向けて振り下ろす。
「右郎……右蔵君……」
最早、死から逃れることはできないと悟った右子は、息子と夫の名を口にしながら目を瞑った。
『ズォッ!』
――え……。
死んだ! 右子はそう思ったが、突如として耳が痛くなる程の轟音と息ができなくなる程の突風、そして既に激痛が走っているというのに、突風によって運ばれてきた大量の砂が全身を打ち付ける。
「コイツ! この出鱈目なスピード……仲間か?」
マンキシはこの突風を発生させた人物を見てそう口にする。
「左々木石太と申します。社長の奥様がお世話になられたようで、わたくしとも宜しくお願い頂けますでしょうか?」
シンプルなオフィスカジュアルの下に、筋肉補助スーツを身に着けた、株式会社ヒダリトの社員が右子の前に立ち、西洋刀を右手で掴んで右子の命を救っていたのだった。




