第二五話 クァワウィーの過去 その六 初恋の素
「どうして……どうして、喧嘩をするの……」
テントの中でクァワウィーは震え、泣いていた。
マンキシとオンヌァイトの言い争いが聞こえていたのだ。
西洋刀が衝突する音が聞こえてくる。
それだけに収まらず、キャワウィーと右郎は放心状態であり、この二人がどうなるのかも分からない。「このまま正気に戻らなかったらどうしよう」そんなことばかり考えてしまう。
「う、うぅ……うぅ――」
クァワウィーは、どんどん恐怖に飲まれていく。
声を出して泣き叫びたかったが、必死に堪える。
「わたしは、王族。怖いからって、泣いてるわけには、いかない……」
六歳児にしては重過ぎる覚悟だ。
なぜここまでの覚悟を持っているのか、特に深い意味はない。キャワウィーと言う妹のために、しっかりとしなければと子供ながらに思った。それだけである。
クァワウィーは純粋真面目すぎたのだろう。
「大丈夫?」
背後から声を掛けられる。
「ふぇえ?」
驚き、甲高い声を上げてしまう。
「うぉお! び、吃驚しすぎだろ!」
クァワウィーの声によって、声を掛けて来た者も驚いてしまう。
「み、みぎろうくん……」
振り返ると、右郎が居た。
「さっきも聞いたけどさ、大丈夫?」
改めて、心配そうにクァワウィーの顔を見つめながら問う。
――大丈夫。わたしは、大丈夫……。
心の中で自分に言い聞かせる。
「クァワウィー。泣いてる」
五歳の右郎に、器用な気遣いは難しい。
こういう時、何と言ってあげるのが正解なのだろうと、考えた。が、分からなかった。分からなかったとは言え、何も言わないのは良くないだろうと思い、とりあえず思ったことをそのまま口に出してみた。
「……う、うう、ばかあ……」
正直に泣いていると言われ、クァワウィーの流す涙の量は更に増えてしまう。
「え? なに、ばばば……ば、ばかあ? えええ? なんでおれそんなこと言われなきゃいけないのさ!」
しかし、なぜ「ばか」なんて言われたのか、幼い右郎には理解が困難であった。いや、成長しても、困難なままかもしれない。
「う……わぁああああああん!」
泣いた。大きな声を出してクァワウィーは泣いた。
何となくだった。
何となく、右郎になら心をさらけ出しても良いと思えた。
クァワウィー自身が、さらけ出すことを許したのだ。
「わ、わわわ! クァワウィー!」
右郎はどうすれば良いのか分からず、あたふたする。
「ひだりー! ねーねーのあたまなでて!」
いつの間に起きたのか、キャワウィーが右郎に背後から体当たりしながらそう言ってきた。
体当たりは、クァワウィーと物理的にくっつけるためである。残念ながら二歳児の力ではビクともしないが。
「きゃ、キャワウィーちゃん……」
右郎は、キャワウィーが自分と同時に正気を失っていたことは覚えていたが、急に出て来たことに驚く。
「そうだ! ごめん。キャワウィーちゃん。バランス崩しちゃって……」
相手は二歳児。もしかすると伝わらないかもと、右郎は思ったが、年齢は関係ない。謝る気持ちが重要なのである。そのため、しっかりと体当たりされながら謝った。
「あと、あの砂嵐がなんだったのか良く分からないけど、とにかく、危ない目に遭わせてごめん……」
右子が発生させた砂嵐だなどと、想像もしなかった。
「ごめんねー」
体当たりされており、やりにくいが、子供の柔らかい体を活かし、真後ろで体当たりしてくるキャワウィーの頭を撫でる。
「ワタシちがう! ひだりーあほー!」
せっかく頭を撫でてあげたのにも関わらず「あほ」などと暴言を吐きながら、キャワウィーは右手で右郎の左頬にビンタをする。
「あああ……あ、あほ?」
まさか今度はあほにされるとは思わず、右郎は困惑する。
ビンタは全く痛くなかったが、なぜか、心に来るものがあった。五歳の右郎には良く分からなかったが、何とも言えない罪悪感に襲われた。
「キャワウィーちゃん……分かったよ」
兎にも角にも、今はクァワウィーを泣き止ませるのが先決だと理解した右郎は、クァワウィーの頭を撫で始める。
「クァワウィー。大変だったね……」
右郎はなぜクァワウィーがこんなにも泣いているのかが分からない。
それでも、きっと大変な何かがあったんだろうなぁ……と思いながら頭を撫で続ける。
「う、うううう……」
クァワウィーはすすり泣きながら右郎の胸に抱き着く。
「……クァワウィー」
本当に良く分からないが、右郎はひたすらにクァワウィーの頭を撫で続けた。
「うわぁああああん! みぎろうくぅううううん!」
クァワウィーは泣き叫びながら右郎に抱き着く力を強めていく。
「う……うううん」
強く抱きしめられても、右郎はどうしたら良いのかまるで分からず困り果てる。
「ひだりー! ワタシも!」
何を血迷ったのか、キャワウィーまでもが右郎の背中に抱き着いて来る。
「キャワウィーちゃん……さ、流石に、重いって……」
「や! ねーねーだけずるい! ひだりー! ひだりてでワタシのあたまなでる!」
(さっきはクァワウィーに頭撫でろって言ったのに……)
矛盾を二歳児に言うものではないだろう。
「ていうかさー。ひだりーってなんなの?」
そう。キャワウィーは勝手に「ひだりー」なるあだ名で呼んできている。
「ん? ひだりーだからひだりーなの!」
「答えになってないんだけどー」
「うぅ~……ひだりー。だもん!」
あだ名に対して問い質していると、キャワウィーは涙ぐんできてしまう。
「あ……まずいだめだめ!」
クァワウィーが絶賛大泣き中なのにも関わらず、そこにキャワウィーまで加わってくるとなると、右郎はキャパオーバーで、自身も泣き出してしまうことだろう。
「きゃ、キャワウィーちゃーん。お、おおおっちついてぇ……泣かない泣かない」
右手でクァワウィーの頭を撫でつつ、余った左手でキャワウィーの頭を撫でる。
その間、キャワウィーが泣き出してしまうことをびくびくと恐れていた。
「きゃっきゃっ! えへへぇ」
頭を撫でられたキャワウィーは至福の笑みを浮かべた。
「良かった……かな?」
笑みを浮かべるキャワウィーを見た右郎は、大変だが達成感があった。
――この笑顔を見られて良かった。
「うわぁあああああん! みぎろうくぅうううううん!」
キャワウィー笑顔に和んでいたが、和みの雰囲気はクァワウィー泣き声によって破壊しつくされるのだった……。




