第二三話 クァワウィーの過去 その四 支笏湖の霊力
数分歩くと、砂浜にキャンプ用の小さなテントが張られているのが見えてきた。
「小さいテントだが、そもそも親子二人でこの支笏湖という湖へ遊びに来ていたものでな」
支笏湖は北海道千歳市にあるカルデラ湖である。
カルデラ湖とは、火山活動によって形成された窪地に雨水が溜まったものだ。
「――支笏湖……湖なのか? てっきり海だとばかり……」
「凄く大きいですよね」
マンキシとオンヌァイトは湖自体初めて見たため、想像以上の広さに驚いている。
因みに面積は、七八・四八平方キロメートルある。
「湖かどうか疑わしいのであれば、飲んでみるか? 淡水湖だからな、海との違いが分かるぞ?」
海水の塩分濃度は約三・四パーセントであり、淡水は〇・〇五パーセント以下の水を指す。数値どおり塩分濃度は段違いであるため、口に少量含むだけで海水か否かは判別可能だ。
「い、いや……抵抗あるし、俺はいいよ」
「私も、知らない土地で湖の水をガブガブ飲むのは抵抗ありますね……」
「少しで良いのだが?」
淡水には海水とは異なり、殺菌作用が無いと言う。
異世界人が地球の菌やウイルスに感染すると厄介だ。拒否した二人の判断は正しかっただろう。
「飲まないのかい? まあ良い。うちの子をテントで休ませるからそちらの女の子二人もどうだい?」
女の子二人とは当然クァワウィーとキャワウィーのことである。
クァワウィーは少し落ち着いてきているのだが、まだ怯えは残っている。
右郎とキャワウィーはまだ放心している。
三人とも休んだ方が良さそうだ。
「そうだな。あんたを信用するよ」
「そうですね。まだ右子さんのことも良く分かっていませんが、右子さんから色々教えていただくのでここで信頼しないと失礼になってしまいますね」
三人の子をテントへ連れて行く。
「クァワウィーさま。あとは私とマンキシにお任せください。キャワウィーさまに何かあったらすぐに教えてくださいね? テントの傍に居ますので」
「うん……」
オンヌァイトは意思の疎通が可能なクァワウィーにだけ声を掛け、テントから出て行く。
「では、説明をするぞ」
「頼む」
「お願いします」
テントの傍で立ちながら、マンキシたちが知りたがっていることを右子が話し始める。
「まずここは、先程も少し話したが、北海道千歳市にある支笏湖という湖だ。お前たちにとっては馴染みのない地名だろうが、お前たちの暮らす惑星とは宇宙時点で異なる惑星なのだ」
右子は真剣な表情で話す。その様子を見たマンキシとオンヌァイトは、自分たちの想像以上にマズいことになってしまったのか? と心配になる。
「――馴染みはないが、実を言うと、北海道に聞き覚えがある」
「はい。フトゥーノ王国の歴史に登場していたかと思います……」
歴史に登場してきた地名の場所に現在居る。
場合によっては、自分たちがこれからのフトゥーノ王国の歴史に関与してしまうのではないのか? と緊張してくる。
「お、しっかりと情報が残っているのか。それなら話もし易そうだな」
少し驚きを見せながらも嬉しそうにする。
「しかし……ウチュウ? だと?」
「ワクセイ……ですか?」
だが、話もし易いと言った矢先、フトゥーノ王国の文明レベルでは天文学などの化学技術はあまり発達しておらず、二人には右子の言った単語が理解できなかったことが判明。
知らない単語が登場し、話の内容がイマイチ良く分からなかった。
「……すまない。そちらの世界では龍霊法で生活を成立させているのだったな。宇宙に対する研究も、ほぼ始まってすらいなさそうだな……」
どうしたものかと、右子は考え込む。
文明レベルが想像よりもズレていたのだ。こうなっては説明がかなり難しくなってしまう。
龍霊法とは、簡単に言うと龍霊術の教科書版と言ったところだ。「法」とは決まり事であり、「術」とは技である。
教科書に書いているような基本的なことは龍霊法であり、高度に応用したものが龍霊術となる。
因みに龍霊法で生活を成立させるというのは、簡単に言うと現代の地球では電気やガスで料理等をするのに対し、龍霊法で霊力を燃料に相当する存在に変換し、料理等をしているということだ。
「その、ウチュウとかいう概念をまず理解する必要があるのか?」
「それが理解できないとマズいでしょうか?」
考え込む右子の姿を見た二人は申し訳なさそうにしてしまう。
「いいや、問題はない。簡単に言うとだ。ここは地球という世界で、お前たちの居たフトゥーノ王国がある世界ではないのだ。龍霊法や龍霊術が盛んなら、異なる世界というのを理解するのは化学依存の文明人よりも理解が容易だろう?」
右子は龍霊法や龍霊術に対しての知識もそれなりに持っていた。
「そうだな。王国では異世界の存在は大分昔に判明し、今では常識と化している」
「複数の世界が確認されていますが、中でも特に、建国の歴史に登場する世界が特別視されています。恐らくこの世界のことです」
フトゥーノ王国では、異世界の研究が盛んに行われている。
世界とは言うが、実際には自分の居る惑星とは別の惑星を観測しているのだ。望遠鏡などで物理的に観測しているわけではなく、高度な龍霊術を使い、四次元から別の惑星を観測しているのだ。フトゥーノ王国では宇宙の存在は未だ知られていないため、別の惑星を異世界として考えられているのである。
「……ううむ。そうか、しっかりと数百年前からの記録がフトゥーノ王国に残っているのだな」
何か知っていそうな口振りだ。
「しっかりと残っている……か――」
「この地球という世界について教えていただく話でしたが、フトゥーノ王国の起源が関わっているとでも言うのでしょうか?」
右子のことは信じることに決めた二人だったが、正直怪しいと感じてきてしまった。
怪しい口振りに、得体の知れなさを覚えてしまう。
「落ち着いてくれオンヌァイト。逆だ。地球にフトゥーノ王国が関わっているというよりも、フトゥーノ王国の先祖が地球人。それも左門家の関係者なのだ」
「なに!…………」
「え…………」
予想外の事実に驚愕し、数秒間言葉が出なくなる。
「――元々俺たち……フトゥーノ人たちは地球人だったのか?」
マンキシは落ち着きながら質問をする。
「そうだ。ここ、支笏湖は四〇〇〇〇年以上前に発生した噴火によって形成されたカルデラ湖だ。水には霊力が溜まり易いからな。マグマの霊力が豊富に含まれている」
「フトゥーノ王国の龍穴の様ですね」
似ているが、フトゥーノ王国の御神体の泉は人工的に掘り、地下水に繋ぎ水を溜め込んだものであり、こちらは噴火によって自然に形成された湖である。
「そっちにもやはり霊力溜まりがあるのだな。霊力と言うのは四次元のエネルギーであるが故に、縦横高さに加え、時間を移動することが可能なのだ。その関係で、人間の欲望から生まれる邪気がどうこうで、二つの霊力溜まりが繋がる場合があるのだ。私も過去に原理を説明されたが、これに関してはまるで理解ができなかった……すまないが、これ以上の説明は無理だ……」
過去、夫である右蔵に説明されても理解ができなかったということがあったのだが、それを思い出ししょぼんと落ち込む。
「いえ、落ち込まないでください。恐らく……あまり認めたくはありませんが、キャワウィーさまの願いが邪気を生成してしまったのではないかと……」
オンヌァイトは精神的に強かった。認めたくないことであろうと、しっかりと現実的に、残酷に考える。
原因が決定したわけではないにしろ、考えたくないことであっても、有りえると思ったことは思考をする。
「オンヌァイト! お前キャワウィー様を疑うってのか……」
一方で、マンキシの方が夢見がちだった。
あんなに純粋無垢なキャワウィーが邪気を生むなど、考えたくもなかったのだ。
「キャワウィー様が産まれたばかりの頃、それから少しずつ成長していったことも鮮明に覚えている……」
キャワウィーの成長を思い返していると、マンキシはオンヌァイトの疑いに怒りを覚え始めてくる。
「オンヌァイト……キャワウィー様が原因とか、あるわけがないだろう!」
思わず西洋刀を仲間である筈のオンヌァイトの胸に突き付ける。
「マンキシ……」
マンキシがまさかここまで怒りを見せるとは思わず、オンヌァイトは無意識に後ずさる。
「守らねばならない存在を疑うのか……オンヌァイト!」
怒りのままにオンヌァイトへ向かって西洋刀を振り下ろす。
だが、オンヌァイトも即座に西洋刀を抜き、受け止める。
「――そんなに……そんなに、怒りますか? マンキシ……私だってショックですよ! ですがね! こうやってショックな可能性も考慮できてこその護衛だと! 私は思いますよっ!」
オンヌァイトは、疑うのは辛いが、正しいと信じてこの考えに至っている。
「何があろうと、クァワウィー様と、キャワウィー様を守る。それが、護衛だろうがッ!」
マンキシも自身が正しいと信じている。
これは、志の食い違った二人の護衛の対立である。




