第二話 肉体分離編 その二 四人(二人と右半身と左半身と二人)の自己紹介
「うわああああああ!」
思わず声が出てしまう程に兵士の駆け足は速かった。
そして思わず出てしまった声は、担架で運ばれている左半身からも出てしまっているので地球の少年は苦笑いし、ギャルはまたもや爆笑。
消防士二人は困惑するも、右郎を救急車まで運ぶことだけを考える。
「あんた五月蠅いなぁ……到着したぞ?」
右郎が声を出してしまっていると、兵士が扉の前で停止し寝室に到着した旨を伝えてきた。
「これでひと休みできる! ありがとう。ええと……」
ホッとした右郎が兵士に対して礼を言うも、まだ自己紹介をしていないことに気付く。
「そうだ! おれは左門右郎って言うんだが、そっちは?」
先に右郎が自己紹介をすると兵士も、そういえばと思い、兜を脱ぐ。
兵士の顔は非常に筋肉質で迫力があり、若い屈強な男という感じをしていた。
「俺はモンヴァーン・ライトフィールド。この王城の門番をさせてもらってたんだが最近騎士団の団長に昇進したところだ!」
「そうなのかぁ……」
自慢げに自分の職役を話すモンヴァーンは笑顔を浮かべている。昇進したことが余程嬉しかったのだろう。
ただ、それを聞いた右郎は疲れていて気の利いた相槌を打つことができなかった。
そしてそのままベットに仰向けで寝転がる。
「……まあ、疲れてるよな。急に右半身こっちの世界に来たわけだし」
モンヴァーンは少し残念そうな顔をするも、右郎の疲れを理解してくれる。
「そういえば自己紹介! ワタシらもまだだったよね!」
右郎が疲れている雰囲気を感じ取ったギャルが、少年と一緒に自己紹介を始める。
「佐藤逆瑠。高一だよ! なんかキラキラネームっぽいんだけど? よろしくね!」
「確かにまだ自己紹介してなかったね。僕は佐野零。高三で、実は左門先輩の高校の後輩なんだ。よろしく」
「佐藤に佐野か。ゼロ……零く……ああ! ごめん佐野のこと覚えてないな……」
佐野零。その名前を聞き、右郎は一瞬表情が曇る。
「ウケる~! ぴえんじゃん!」
「あ、ええと……すいません僕も名前聞いて思い出したし、仕方ないよ」
何か誤魔化すような口振りだった。
自己紹介をしている内に、左半身は階段で地上まで上がり救急車へ到着した。
エレベーターを使用したかったところだが、駅のエレベーターは病院のように患者を寝かせたまま乗ることを想定していないため狭く、階段を選択したのだ。
「このまま付き添いとしてワタシも乗るよ~」
「あ、僕も左門先輩に付き添うつもりだよ」
そう言って、二人は楽しそうに右郎と救急車へ乗り込んでいった。
丁度乗り込んだタイミングで右耳から複数の足音が聞こえてくる。
「誰か来るのか?」
その足音は徐々に大きくなっていき、右郎の居る来客用の寝室へと近付いて来ている。
「恐らくクァワウィー王女殿下と護衛の兵士、詰まり俺の部下たちだろう」
そう言って、モンヴァーンは部屋の扉を開きに行った。
「異世界人殿!」
クァワウィーが護衛を三人ほど引き連れて入室してくる。
「あ、貴女はクァワウィー王女……」
王女相手にベッドで仰向けの状態というのはマズいのではないかと考え、体を起こそうとする。
「――無理はしないでください!」
しかしすぐクァワウィーに止められた。
「ありがとうございます……」
右半身だけで体のバランスがおかしいので、起き上がらずに済んで助かった。
ただ、体を起こしかける動作は腰から上が動くことになるため、救急車内で仰向けになっている左半身も僅かに動いてしまう。
「相変わらずオモロイわぁ~」
「でもこれ……状況次第では安易に体動かせないよね……」
逆瑠は相変わらず面白がっているが、零は本気で心配をする。
極端な話、右半身が異世界の怪物のような敵と戦いでもしたら、左半身はそのつもりがなくても大暴れしてしまうだろう。
「まだちゃんと自己紹介をしていませんでしたね」
そう言って、クァワウィーは右郎のベッドの横に置いてあった椅子に腰を下ろす。
「わたしはこのフトゥーノ王国の王女、クァワウィー・オージョ・ザ・フトゥーノ・ライトウィステリアと申します」
名乗りながら軽く頭を下げる。
クァワウィーが名前で、オージョというのは王家の中での身分を表す。
王女に相当する者がオージョとなり、王だとオー。王妃ならオーヒである。
ザ。はあった方が気持ち良いと言う理由で付けている。
フトゥーノはフトゥーノ王国と言っている通り、国名である。
ライトウィステリアと言うのが、王家の名前。詰まり、クァワウィーの苗字である。
「おれは左門右郎……の右半身です」
「ぷっ! ヒダリーの左半身から右半身ですって言っててガチウケる――」
「――え? な、ひ、ひだりーって……まさか――おいヒダリーってなんだよ! なんでお前の口からそれが……」
左門だからヒダリーである。
「でも左門先輩、今ツッコミができるくらい元気になりましたね」
零のその言葉に、やはりある程度ネガティブな気持ちが影響していたのだと思い知る。
「クァワウィー王女、おれ今の状況をしっかりと分析し、理解したいと思います。寝ている場合ではない」
そう言ってゆっくりを体を起こす。
「右郎殿! 大丈夫なのですか?」
「ミギロウ! 無理するな!」
「ちょちょちょ!? ヒダリー? 寝てて! 寝てて! 寝てて!」
「左門先輩! 多分もうすぐ病院着くから」
クァワウィーとモンヴァーンは右郎を心配をし、逆瑠と零は救急車の走行中に起き上がること自体がマズいと思い、起き上がるのを押さえ付ける。
「あれ?……そもそも何処の病院に連れて行けば良いんですかね?」
運転手が信じられないことを口にする。
「え? 噓でしょ! ぴえん……」
逆瑠はあり得ないと言う目で運転手を見る。
「マズい! と、兎にも角にも! 上と相談するぞ!」
一人の消防士が無線で上司に連絡をする。
というのも、そもそも左半身だけで生きている人間をどこの病院が受け入れてくれるのかが謎なのだ。
総合病院か、もしかすると外科かもしれない。
しかも、コロナの影響で総合病院は中々空きの無い状態なのだ。
「マズいっしょ! ヒダリー……」
これまで過剰なまでに自信のあった逆瑠が右郎に涙を見せた。
救急車を呼びさえすれば、あとは任せればどうとでもなると考えていたのだ。当てにしていた消防士がどうすれば良いのか分からないとなると、先を見通せなくなり、焦りが出てきてしまう。
「逆瑠、よく考えて! 病院である必要はないんだ」
逆瑠の肩に手を乗せながら零が言う。
「零? どういうこと? いみ……わかんない……」
「左門先輩。父君を頼ったら?」
父君。それを聞いた右郎は険しい顔をする。
「……そうか。佐野……キミも知っていたな」
そう言いながらズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、電話アプリの連絡先から《左門 右蔵》という人物を選択し、発信する。
ズボンのポケットだが結構深く、右半身の召喚時に中心が切れて横に広がっても、何とか落ちずにいた。
因みに右ポケットに入れていた場合スマートフォンは異世界へ行ってしまっていたため、危なかった。
『プルルルル プルルルル』
発信音がする。
「逆瑠は知らないかもしれないけど、左門先輩の父君は《株式会社ヒダリト》の社長さんなんだよ」
「ヒダリト……有名なの?」
なぜか零が得意げに言うが、逆瑠はそんな会社を知らなかった。
とはいえ、女子高生が興味のない会社名を知らないのは特段おかしなことではないだろう。
そして、発信音が鳴りやむ。
『チッ! 右郎か……ワシは忙しい。要件があるなら手短に言え』
怒ったような声色で、ピアノの左端くらい低い声をしており、態度が悪いと感じさせられる言葉選びだった。
電話はスピーカーモードになっていたため、今の右蔵の声は車内に響き渡った。
「何ぃ? 信じらんない! いきなり舌打ちとか! キモすぎぃ――」
「――逆瑠。我慢しよう……」
右蔵の舌打ちに激怒する逆瑠であったが、零に止められる。
その零も歯を食いしばり、怒っている様子だ。
「……」
声には出さないが、消防士たちも右蔵の態度に怒りを覚えた。
「父さん。おれ……左半身しかないんだ。右半身だけ異世界に召喚されちゃってさ!」
右郎は声を震わせながら言った――。
――しかし直後、右蔵は何も言わず電話を切ってしまう。
『ツーツー』
話中音だけが車内に残る。
「……」
数秒間、右郎は放心状態となり、スマートフォンを耳に当てながら固まる。
その姿を見た逆瑠と零は、かける言葉が見つからなかった。
しかし、異世界側のクァワウィーとモンヴァーンは違った。
「右郎殿! 何があったのですか!」
クァワウィーが青ざめながら右郎の手を取る。
「おいミギロウ! しっかりしろ!」
モンヴァーンも近くに寄る。
「お前ら! 精神を落ち着かせる龍霊薬持ってこい!」
「はっ! はい!」
モンヴァーンの指示で護衛たちは全員部屋を飛び出し、《龍霊薬倉庫》という、即効性のある薬を保管している場所へ向かって行った。
「右郎くん。我慢しないで、いいですから」
クァワウィーの優しい言葉で、右郎の涙腺は限界を迎えた。
「クァワウィー……」
涙を流しながら右腕でクァワウィーの腰に抱き着き、顔を埋める。
「ああああああああああああああああああ!」
感情が爆発し、泣き叫ぶ。
一人で泣き叫ぶ左半身を見た逆瑠は、考える間もなく、気が付いた時には右郎に抱き着いていた。
「ヒダリー……」
「右郎くん……」
そう言いながら逆瑠とクァワウィーも涙を流す。
「逆瑠、クァワウィー……ごめん。ありがとう」
左半身で逆瑠に抱き着き、泣き叫び続ける。
右半身でクァワウィーに、左半身で逆瑠に抱き着いて顔を埋めているわけだが、右郎には一人の女性に対して甘えているかのような感覚だった。




