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第一五話 肉体分離編 その九 この怪物は敵である

 零が怪物に対して母さんと言った。


「な、何言ってんだ零くん! 君の名前を言ったような気もするが怪物の鳴き声だ!」


 しかし、この怪物は少女を殺害したのだ。それが零の母親であるわけがないだろうと、右郎は思う。


「すみません先輩。どういうわけか、この怪物から母さんの雰囲気を感じてしまって……でも、倒しますよ!」


 なぜ怪物から母親の雰囲気を感じたのか、零自身分からなかったが、この怪物が逆瑠を殺害のは事実であり、このままでは全員怪物に殺害されてしまう。

 何となく母親の雰囲気を感じたなどという漠然とした理由で攻撃を止めるわけにはいかないと、零は改めて覚悟を決め拳を構える。


「怪物……この野郎がぁ!」

『ゴメンナサイ』


 零が怪物に殴り掛かろうとした瞬間、怪物が片言で謝りだした。


「え? やっぱり……か、かあ……さん……」

「なっなに! あの謝り方……まさか!」


 その謝りを聞いた零は動きが止まり、右郎は佐野先生を思い出した。


 三年前、佐野先生は右郎に対して心から謝罪をしたことがあった。

 その時の佐野先生と怪物の今の台詞が、片言ではあるが、重なって見えてしまったのだ。


「……零くん」


 零が母親の雰囲気を感じたと言うのも気のせいではないのかもしれないと、右郎は思う。


「だが、そうだとしても……佐野先生の雰囲気をなぜか感じるからと言って……」


 何度も言うが、この怪物は逆瑠を殺害している。それは何があろうと許してはいけないことだ。しかしこの怪物は『ゴメンナサイ』とハッキリ言葉を発した。今まで言葉を喋ることはなかったが突然喋ったのだ。

 もしかすると何らかの理由で理性を失って暴れていたところ、この瞬間に意思の疎通が可能になったのかもしれない。様子を見て意思疎通を図るか、無視して殴り付けるか。


「くっ! 左半身だけじゃ、まともに殴れないとは言え、この怪物は――この子、佐藤逆瑠の仇だ! 許せない――ぶっ殺してやりたい。それでも、佐野先生なのかもしれない。三年前、おれが動けなかったばかりに逆瑠を庇った先生……その先生をぶっ殺すべきなのか? というか庇ったこの子を自ら殺したんだよな……余計にどうするべきか、判断が……わけが、分からなくなる…………」


 少女と怪物を交互に見ながら頭を抱え、葛藤する。


「――や、やっぱり、母さん……ど、どうしよう。た、倒す……怪物だし……え? で、でも死んだと思った母さんに折角逢えた。怪物だけど、逢えた――でも、え? でも……この怪物、逆瑠を――え? え? あああああ! どうする! どうする? どうする! ああああ!」


 零は葛藤を通り越して混乱している。

 焦り、動機が早くなり、瞳孔が開き、息を荒くしながら叫び声を上げる。精神的に壊れかけている。


 そんな零の姿が見えた右郎は更に悩み、焦り、冷や汗が出てくる。


「右郎くん。そちらの世界で起きていることについて、直接できることは残念ながらありませんが、相談に乗ることはできます」


 悩んでいる右郎を見たクァワウィーはそう言いながらベッドに右郎を歩かせ、座らせる。

 もちろん右郎の右半身の動きに合わせ、クァワウィーがゴーレムの足を操作して歩くと言う動作を実現させた。


「ありがとうクァワウィー。時間が無いんだ。実は、元の世界で二メートルある怪物が急にゴメンナサイって言いだして、その怪物はおれの大切な人を殺したから許せない……けど、暴れていた怪物が急に謝ってきたんだ……おれはあの怪物について何も知らない。混乱でもう、わけが分からなくなってる……もしかすると――」


 途中まで言ったところで、右郎の口が動かなくなる。


(あれ?)


 右郎はクァワウィーに相談している最中に、いつの間にか涙を流していた。

 緊張で筋肉が強張り、口が動きにくくなり声を出しにくくなっていたようだ。


「右郎くん。右郎くんは先ほどの戦いで大変負傷しました。物理的な傷は完全に癒えていますが、精神的なダメージは凄く残っていると思います」


 優しく言いながら右郎の右手を取る。


「左半身は大変な状況かと思いますが、一旦お休みした方が良いです」


 クァワウィーは本気で心配をしている様子だ。


「心配してくれてありがとうクァワウィー。だけど、零くんはおれよりも精神に来ている筈。おれ一人休むわけには……それにこっちの世界にも怪物がまだ……」


 心配そうにしながら部屋の外を見ていると、モンヴァーンが右郎の右肩にポンと手を置く。


「ミギロウ! 城内の怪物は全て俺たち騎士団で殲滅したから、こっちの世界のことは一先(ひとま)ず安心して良いぞ」


 モンヴァーンを筆頭に騎士たちが城内の怪物たちを殲滅して回っていたが、この部屋で右郎を襲っていた怪物で最後だったというわけだ。


「こっちの世界の問題は、今は考えなくて大丈夫です。右郎くんの世界は大変なのだと思います。ですが、右半身だけがベッドで休むのは問題ない筈ですよ」


 クァワウィーは優しく言いながら右郎の頭を撫でる。


「クァワウィー……」


 頭を撫でられ、異様なまでに心地良くなる。

 心地良くなっている姿をモンヴァーンは無言でニヤニヤしながら見守る。


「こ、子供じゃないんだから……」


 あまりの心地良さと、モンヴァーンに見られている状況に気恥ずかしくなり、クァワウィーの手を頭から払いのけてしまう。


「あ……そんなに、嫌でしたか?」


 まさか払いのけられるとは思わず、クァワウィーは落ち込んでしまう。


「オイオイ、ミギロウ」


 苦笑いをしながら、モンヴァーンはそれ以上何も言わなかった。右郎自身がそれ以上言わずとも、どうするべきか分かると信じたからだ。


「クァワウィー。あ……その。い、嫌じゃなかったよ……あんな風に頭撫でられることなんてなかったから驚いたんだ――」


 緊張で言葉が出てきにくくなりながらも誤解を解く。


「――右郎くん! えへへ。良かったです!」


 パーッと笑顔になり再び右郎の頭を撫でだす。


「わたしの方が一歳だけお姉さんですからね。甘えて良いんですからね~」


 耳元でそう、優しく囁く。


(あれ? おれ、自分の年齢言ったっけ?)


 しかし、あまりにもクァワウィーの手が心地良く、その疑問はすぐに頭から消え、眠たくなってくる。


(……ああ、ダメだ……寝たら、零くんが……あの子の、かた……き……)


 ものの数秒で何も考えられなくなり、眠りに落ちた。


 クァワウィーは指で右郎の前髪を流し、寝顔を見つめる。


「右郎くん……寝顔、子どもの時から変わらないですね」

「クァワウィー王女殿下、眠らすのはマズいでしょう。ミギロウの世界は危険な状態。このままではいつミギロウの左半身がゴブリンやオーガに襲われるか分かりませんよ」


 クァワウィーが懐かしそうに右郎を見ていたところ、モンヴァーンによって現実に引き戻される。


「……そうですね。モンヴァーン」


 右郎の寝顔に名残惜しさを感じながら撫でるのを止め、起こすために顔を右郎の右耳に近付け囁く。


「……右郎くん、起きて下さい…………」


 びくっと体が反応し、目が覚める。


「あ、おれ……寝てた?」


 ウトウトしながらクァワウィーに聞く。


「はい。可愛い寝顔でしたよ」

「――え?」


 ――男なのに可愛いと言われるのは複雑な気分だ。笑顔で言われると余計に。


「と、寝ている場合じゃないな!」


 (わず)か数秒程度だが、気持ち良く眠っている間にも、零はまだ混乱で精神的に危険な筈だと右郎は思い、左目の視界を集中して視る。


『ウウウウ! アアアアア! ゼロ! ヒダリトクンヲツレテ、ニゲナサイ! キヅツケテ、シマウ、マエニ……ハヤクゥウウウウウウウ!』


 怪物が膝を突き、頭を抱えながら片言ではあるものの、完全に日本語を話していた。


「あ……ああ……母さん……どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!」


 右郎の前で零は混乱している。もう、正常な思考ができる状態ではなさそうだ。


「な! 怪物が、完全に喋ってる! ゴメンナサイとは言っていたが、これはもう完全に喋っているぞ!」


 二メートルある怪物が日本語を話していると言う事実に、右郎はわけが分からず動揺する。


「さっき言っていた怪物だな。喋ると言っても、ミギロウの仲間を殺した以上、俺たちの騎士団だったら容赦なくその怪物は始末する」


 動揺していた右郎を見たモンヴァーンが助言をする。

 まくまでモンヴァーン率いる騎士団の方針だ。

 最終的に怪物を敵とするかは右郎次第である。


「……決めた」


 混乱して動けない零の前に、左半身だけでジャンプしながら何とか移動する。


「零くん、もしかすると本当に、あの怪物は佐野先生。君の母親なのかもしれない。それでも、あの子を……逆瑠を殺しやがった怪物を生かしておきたくはない――」


 覚悟を決めると、右郎は膝を曲げてしゃがみ、左腕を床に突けバランスを取る。


「行くぞ!」


 その掛け声とともに、足で床を蹴り、その蹴った勢いで怪物へ突っ込んで行く。


「うぉりゃ!」


 怪物に手が届く距離まで来ると、左手を床に突け、全体重。いや、左半身だけであるため半体重を乗せるイメージで体を持ち上げ、遠心力を使って怪物を全力で蹴り付ける。


『オッガァアアア!』


 大したダメージにはなっていないが、怪物は今の蹴り攻撃で叫びを上げる。鬱陶しい攻撃だと、ムカついたのだろう。


 叫び声を上げる場合は怪物の本能的な部分が強いため、佐野先生疑惑のある自我とは無関係に、怪物本来の叫び声を上げる。


「うおおおお!」


 右郎も叫びながら、今度は足で踏み込み、拳で殴り付ける。


『ガァ! ヒ、ヒダリトクン。ゼロトイッショニ……ワタクシカラ、ハナレテクダサイ!』


 右郎は精一杯攻撃しているが、残念ながらこの怪物を倒せる程の攻撃ではない。

 ギリギリ理性を保っている怪物はしゃがみ込み、二人に離れるよう言う。


「……やっぱり、母さん……なんだね――」


 怪物の言葉で零は徐々に落ち着きを取り戻す。そもそも怪物の言葉で精神的に来ていたため、怪物の言葉で落ち着くのも皮肉だが……。

 そして、一体なぜ怪物になってしまっているのかは分からない。しかしこの怪物が母親であると確信をした。とにかく、怪物と会話をしてみたい。そう思った零は、怪物を攻撃している右郎を止めようと、小走りでその右郎へ近づいて行く。


「……零くん。落ち着いたんだな……でも、この怪物は敵だ」

「でも、母さんなんだ。怪物だけど、間違いない」


 ここまで来ると、完全に零は怪物の味方をしだすだろう。

 そう考えた右郎は、近づいて来る零を無視して怪物を殴り付ける。


『オッ!』


 殴られた衝撃で声を上げる。もちろんほぼダメージはない。

 しかし――。


「――先輩! 左門先輩! やめてくれ!」


 怪物が母親としか思えなくなった零は右郎の腕を掴み、必死に押さえ付ける。


「零くん。この怪物が佐野先生だとしても、逆瑠を殺したんだ! どんな理由があろうと、それは許せることではない!」


 右郎は零の押さえ付けに抵抗するも、左半身しか無い分、力が足りず、腕を開放することができない。


「ごめんなさい先輩。でも、突然別れることになった母さんに逢えたんだ! 倒さないといけない敵であっても……」


 そこまで言って零は涙を流す。


 その涙を見た右郎は思う。


 ――ああ、そうだ。零くんと佐野先生が突然、永遠に別れる羽目になったのは、おれがあの時……軽自動車に轢かれそうだったあの子を救えなかったから、先生が代わりに犠牲になってしまったんじゃないか……。


 自分が悪いと思ってしまった右郎は、抵抗する気力を失ってしまう。


「……せ、先輩?」


 突然抵抗しなくなった右郎に、零は戸惑う。


「ごめんな、零くん――」


 責任を感じ、謝る。三年も経っているのだ。遅い謝罪である。

 それでも、謝らずにはいられなかった。


「先輩……」


 ――先輩にこんな罪悪感を持たせるのは違う。僕は三年前現場に居なかったけれど、先輩がすぐに動けなかったのは、さっき僕も怪物相手にすぐ動けなかったからよく分かる。先輩は、何一つ悪くない。僕が、母さんの死をずっと受け入れられないでいたんだ。


 右郎の謝罪を聞いて、零は正気に戻った。


 そして今、本当にやらなくてはならないことにも気づく。


「母さん。いや、母さんかもしれない怪物! お前が再び正気を失って暴れ、犠牲者が増える前に……」


 そこまで言って言葉に詰まり、涙を流す。


「犠牲者が増える前に、倒させてもらう」


 怪物に対して指を指して言った。


 だが、足りないと思った。


 ――逆瑠を殺した者に対して、倒すだけでは足りない。


「怪物、お前を……」


 一気に言い切ることができず、数秒の間を置き、怪物の目を真っすぐ見つめ、言う。


「殺す――」


 逆瑠を殺された以上、そこまで言ってやった方が良いと、零は思った――。

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