第一四話 肉体分離編 その八 零の覚悟
サブタイトルを追加してみました。
途轍もなく長くなりましたが、検証も兼ねています。
「絶対に許さない……許せない……クソ怪物が……」
怪物を睨みつけて言った。
これ以上できないくらいに怒りの気持ちを込めて、睨みつけてやった。
『オオオオオオオグァアアアアアアア!』
怪物は、右郎の睨みつけを挑発として受け取り、少女を殺害した爪で右郎の頭を狙う。
「先輩!」
零は、今度こそ右郎が殺されてしまうと思った。
だが、動くことができない。
――動け!
動けない。
――動け!
一歩も体が動かない。
「ちっくしょおおおおお! せんぱぁあああああい!」
恐怖で一歩も動くことができなかった。
三年前、少女が軽自動車に轢かれそうになった時に右郎が動けなかったように。
「母さんは! どうやって動いたんだ!」
なぜ三年前、母親が命を懸けて動き、少女を救うことができたのか、零は改めて考えた。
「――分からない! 分からない! ああああああ!」
全く分からなかった。
一つ分かったのは、動くことのできた母親は本当に偉大だったということだ。
唐突に、逆瑠との会話を思い出す。
『零、あの時……ヒダリーは頑張って動いてくれたんだよ! 格好良かったなあ……』
満面の笑みで右郎の自慢話をする。
(そういえば……)
中学、高校と、顔を合わせる度に逆瑠から右郎の話を聞かされていたことを、零は思い出した。
(心を入れ替えたあと、先輩を尊敬する理由になった話でもあった。あのあと、なんて言っていた……逆瑠……教えてくれ、今の状況に一番必要な記憶の筈だ!)
『自分の名前を叫んだんだよ! まあお互いに自己紹介がまだだから、聞かなかったことにしなくちゃいけないんだけどね! 死ぬ前に自己紹介をしたかったんだよ。そして名前を叫んだら怖さがほぐれて体が動いて、ワタシの手を掴もうとしてくれたよ』
――その時、ギリギリで間に合わなくて、結局僕の母さんが庇ったことを知っている。母さんは犠牲になってしまったけれど、左門先輩が動けたのは、僕も格好良いと思った。
右郎が動けた理由は分かった。
しかし――。
「無理だ!」
右郎の「名乗る」という方法は、互いに名前を知らないけど想い合っているという、極めて限定的な条件下でのみ成立することである。
ただの先輩後輩では通用しないだろう。
「だからって! 諦めきれるかっ!」
――三年前、先輩を殴り付けてしまったことに胸が痛む。ビンタで目を覚ましてくれた逆瑠に感謝をしている。
「二人のことを最初、傷付けた僕と、二人の仲を壊した怪物は、同罪だ――」
歯を食いしばり、目を見開きながら怪物に向かって一歩を踏み出す。
「これだ……これができれば、もう怖くない。この一歩さえ踏み出せれば、あとは……お前に突っ込むだけだ!」
車内に響き渡る声量で叫びながら、怪物に向かって全力で走る。
『オ……ガァアアア……?』
走って向かってくる零の姿に気づいた怪物が、動きを止める。
「怯んだ? どういうことかは分からないが! チャンスだ!」
なぜか動きが止まった怪物を見て、チャンスと思い怪物と右郎の間に入り込む。
「逆瑠の仇だ……」
そう言って、拳を構える。
「怪物! お前が死ね!」
お前が死ね。それは、嘗て右郎に言ってしまったこと。
絶対に言ってはいけないこと。
だからこそ、零は――本当に許してはいけない、この怪物に対して言った。言ってやった――。
『オガァッ!』
しっかりとダメージが入った。
二メートルもある怪物だ。ダメージが入りはしたものの、男子高校生の力で倒し切るのは難しいだろう。
難しいが、零にとって、敵う敵わない。そんなことはどうでも良かった。
全力で抵抗し、右郎が逃げる時間が稼げれば良かったのだ。
左半身しかない右郎が逃げるのは困難を極めるが、ここは救急車の車内。消防隊員が居る。きっとなんとかなる筈だと考えた。
『……』
怪物が零を黙って見つめている。
「零くん! 今なら間に合う! おれを見捨てて逃げろ!」
右郎は、少女のように零も殺されてしまうことを恐れ、本気で逃げてほしいと思った。
「嫌です。犠牲になるのは僕だ。先輩は何とか逃げて下さい!」
そう言いながら再び怪物を殴り付けようと、拳を構えるが――。
『……ゼ……ロ…………?』
怪物が、まるで知っているかのように零の名を口にした。
この二メートルある怪物はこれまで「オ」や「ガ」としか叫んでいない。
だからこそ、決して偶然ではない。
零は怪物から一瞬だけ懐かしい雰囲気を感じ取った。
「母……さん?」
怪物から、母親の雰囲気を……なぜか感じ取ったのだった。




