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第一一話 肉体分離編 その六 少女との再会

「この野郎!」


 零が怪物の首に掴みかかる。


「先輩と逆瑠の元へは絶対意思を以てして行かせねぇつってんだろ!」


 声を荒らげながら反対の手で怪物の顔面を殴りつける。


『ゴブッ!』


 ダメージはあったものの、所詮は男子高校生が殴っただけ。

 致命傷にはならなかった。


「ちっ! この野郎がぁ!」


 もう一度殴り付ける。


『ゴブァアアアアア!』


 今度は叫び声を上げ、怪物は動かなくなる。


「当たり所が良かったのか? いや、悪かったと言うべきなのか? だがいける! いけるぞ! 僕でも誰かを守ることが……嘗て傷付けてしまった二人を守ることができるんだ!」


 怪物を一体倒したことで安心してしまった。


 怪物()()が乗り込んできたのだ。

 残念ながら複数居る。


 零一人ではどうしようもない。


『ゴッブッブゥウ!』


 もう一体の怪物が笑いながら零の首に掴みかかる。


「ぐっああ……ああああ!」


 ――苦しい。声が出ない。


 その苦しさが三年前を想起させた。


 三年前、零は母親の死を右郎のせいにし、恨んで首を掴んだことがあった。


 ――先輩。こんなに苦しかったんだな……。


 同じ目に遭って、苦しみを理解した。


 ――これは、償いだ。ごめんなさい左門先輩。そして、ビンタをしてくれて、ありがとう逆瑠……。



「せ……ん、ぱ…………い……」


 首が絞まっている中で、零は振り絞って言った。


「ダメだ! あああああああ! 零くーーーーん!」


 このままでは異世界側で死んだメイドと同じ目に遭ってしまう。


 ――佐野が……零くんが、殺される――――。


 右郎は、左半身だけで零の元へ駆けつけようと思った。

 だがそもそもまともに歩けない。

 それに――。


「右郎くん! 来ます!」

「――クァワウィー……やるしか、ない!」


 右半身でクァワウィーを守らなければならない。

 どちらか片方の世界に集中しなければ、中途半端に両方の世界へ意識を向ければ、左右両方の世界で大切な存在を失いかねない。


(おれは、クァワウィーを失いたくないし、動けるのはゴーレムの左半身がある右半身だけだ。右半身を使ってクァワウィーを救うしか……それが、今おれにできる最善の筈だ!)


 右郎は覚悟を決め、クァワウィーと共に戦うことを選んだ。


「クァワウィー! おれに合わせろ!」


 そう叫んで怪物に突っ込んで行く。


 何の練習も無しに命を削りかねない実戦である。

 どう掛け声をし動きを合わせるのかも分からない以上、兎に角、合わせてもらうしかない。


「右郎くんの体の動き、良く見てますから!」


 そう言ってクァワウィーは右郎の右足の動きに合わせるように、ゴーレムの足を動かし「走る」という動作を実現する。


「いいぞ! クァワウィー。違和感なく走れている!」


 右郎は違和感なく走るように、左半身も走る動作をした。

 それはつまり、地球にある左半身が暴れていることを意味する。


「ひゃあ! もうヒダリー!」


 逆瑠が驚いて後ずさってしまう。


「ごめん逆瑠。でも、悪いけど左側の世界を気にしている余裕が、無い!」


 逆瑠に謝りながら右で拳を繰り出す。


『ゴブッ!』


 メイドの時も、零の時にも聞いた声を出す。


 ――この声は、ダメージを受けた時に発するんだな!


 そう思いながら右足を前に踏み込む。


 この踏み込みは、左手で拳を出すためのものだ。


 クァワウィーはそれを理解し、ゴーレムの足を前に出す。同時に右郎が右の拳で怪物を殴り付ける。


『ゴブァアアアアア!』


 苦しそうな声を上げ、赤黒い血を吐き出しながら倒れる。


 ――これも聞いた。この声は死ぬ時に出すものだ!


 そして、メイドと零はこの一体を倒したことで安心し、別個体に襲われてしまった。


「右郎くん! やりました!」


 一体を倒したことにクァワウィーが喜ぶ。


 だが二人と同じ失敗をする訳にはいかない。


「ダメだクァワウィー! 油断するな! まだこの怪物は沢山いるんだ!」


 必死にクァワウィーへ注意を促す。


「もちろんです右郎くん。メイドはそうやって殺されてしまいました……彼女の犠牲を無駄にすることは――絶対にあってはなりません!」


 言わずもがなだった。

 当たり前のことだが、メイドの死を重く受け止めている。


「次、行きましょう!」

「ああ!」


 そう言って互いに息の合ったコンビネーションで怪物を攻撃し始める。


 右足で踏み込んで、ゴーレムで蹴りを入れる。


『ゴブァアアアアア!』


 赤黒い血を吐き出しながら倒れる。

 一体倒したが、油断せず次の怪物を攻撃する。


「しまった!」

「右郎くん!」


 しかし、攻撃しようとした個体とは別に、背後から二体の怪物が襲い掛かってきた。

 咄嗟(とっさ)に右腕とゴーレムの腕を顔の前に持っていき、身を守るが、怪物の持つ粗削りのナイフで右郎の右腕とゴーレムの腕を切り付けられる。


「ぐ、う、ああああ! クァワウィーーーーー!」


 身を守るので精一杯だった。

 クァワウィーの名前を叫ぶ。


「右郎くん!」


 一方的に切られている右郎の姿に耐え切れず、走って近づいて来てしまう。


「クァワウィー! 来るなッ! 守り切れない!」


 右郎はクァワウィーを助けると決めた。自分が死んででも助けると決めていたのだ。

 自分とクァワウィーを助けようとして死んでしまったメイドの姿を見た上で、そう覚悟を決めていたのだ。

 だからクァワウィーが今来てしまい、殺されてしまえば……右郎は死んでも死にきれない。


「右郎くん! もう一体が来てます!」


 襲い掛かってきた二体にばかり気を取られていたが、元々右郎が攻撃ようとていた個体が残っており、右郎に襲い掛かり、右半身の背中を同じようなナイフで深く突き刺す。


「う、ぐ……ああああああああああ!」


 傷が深すぎたせいで感覚が麻痺したのか、痛覚はなかった。

 痛みよりも、背中を深く刺されてしまったという事実が恐ろしく、ひたすらに叫ぶ。


「いやあああああああああ! みぎろうくん!」


 クァワウィーはショックで叫んだ。

 ショックすぎて、右郎の名を上手く発音できず、平仮名言葉のようになってしまった。


「ひ……ひだりー! どうしたの? ヒダリー! ヒダリー! 何があったの!」


 左半身から出た叫び声を聞いた逆瑠も、クァワウィーと同様にショックを受けた。

 逆瑠はクァワウィーと違って何が起きているのかが分からないということが、一層恐怖心を増幅させた。





「せ、せ……ん……ぱ…………い……」


 この(かん)、首を絞め付けられ続けていた零が、叫び声を上げる右郎とそれを見て恐怖する逆瑠に目を向けると、別個体の怪物が右郎に向かって行くのが見えた。


(このままでは……ダメだ……このまま、絞殺(こうさつ)されるのが罪滅ぼしだとか、そういう考えは逃げであり、自己満足だ。母さんや、左門先輩ならそう考えるだろう……)


 零は絞殺されるつもりだった。

 だが、死にゆく右郎を見てそれは違うと考えた。


「母さんはダメだった。僕が知った時には手遅れだった。でも先輩と、逆瑠はまだ生きている……まだ、死んでいない。生きていれば、間に合うんだ!」


 その言葉は右郎に言ったわけではなく、母親に向かって言ったわけでも、ましてや目の前の怪物へ言ったわけでもない。

 自分自身に言い聞かせるためだった。


 そしてそれは、母親を失った経験があるからこそ重みがあった。


「こんな怪物共如きに、全てを奪われてたまるか!」


 そう叫びながら自身の首を掴んでいる怪物の腕を全力で掴む。爪が痛くなる程に。


『ゴブゥウウウ!』


 怪物は腕に零の爪が食い込み、痛がる。


『ゴブゥッ!』


 頭にきた怪物が更に零の首を強く絞める。


「う、あああああああ! このっ! 野郎がぁ!」


 その絞めは確かに苦しかったが、気にも留めず怪物の頭を殴り付ける。


『ゴブゥッ!』


 怪物が叫びながら痛がる。


「何がゴブゥッだ! さっきからゴブゴブゴブゴブうるっせぇんだよぉ!」


 何度も怪物の頭を殴り付ける。


 何度も、何度も、何度も。


『……』


 怪物が動かなくなり、零を放す。


「げふぉっ」


 咳き込むが、今は一秒でも惜しかった。咳き込みながら右郎の元へ急ぐ。


 零の母親は、一瞬のうちに交通事故に遭ってしまった。

 だからこそ、一秒でも早く動こうとする。


「先輩!  げふぉ! くっそおおおおおおお! げふぉげふぉ! くっそおおおおお!」


 叫び、咳き込み、叫び、咳き込み……何度咳き込んででも、叫びながら右郎の元へ向かう。


『ゴォオオブゴブゴブゴブゥウウウ!』


 奇怪な笑い声を上げながら怪物が右郎に襲い掛かる。

 (いく)ら零が急いだところで、諦めて首を絞められていた時間によって間に合うものも間に合わなくなった。


「ヒダリー!」


 怪物が襲おうとしているのは右郎だ。逆瑠は逃げれば助かるかもしれない。

 しかし敢えてせず、右郎に抱き着く。


「……逆瑠」


 右郎は、この逆瑠の抱き着かれる感覚に覚えがあった。


「――()()のことは、何が何でも、救う!」


 ヒダリーという呼び方をしてきた時点で勘付いていたが、逆瑠から抱き着かれた感覚が完全に、嘗ての名前の知らない少女と一致したと確信した。

 そして少女を、絶対的な意思も以てして救うと決めたことを思い出した。


「右半身で起こっていることなんて気にしない。この子だけは、何としてでも救う! 救わないといけない!」


 右目を完全に閉じ、腹筋を使ってベッドから起き上がりそのままの勢いで怪物の頭部を殴り付ける。


『ゴブッ!』


 右半身で麻痺していた痛みが徐々に出てきて、左半身にもじわじわとその痛みが広がっていく感覚があった。


 ――とても痛い。泣きそうだ。


 だが、右側で起きていることなど気にしないと決めた。


(ついさっき左側で起きていことを気にしないと、決めたばかりなのに、逆になってしまった。ごめん……クァワウィー……本当に、ごめん……)


 右郎は優劣をつけてしまった。クァワウィーと逆瑠に優先順位をつけてしまった。逆瑠の方が……あの時の少女の方が大切だと思ってしまった。


 ハッキリとは言っていないものの、クァワウィーも右郎のことが好きだというのに、あの時の少女を右郎は優先してしまった。


「クァワウィー! ごめん! うあああああああ!」


 罪悪感で涙を流し、叫びながら再び怪物を殴り付ける。


『ゴブゥウウウウ!』


 怪物はその一撃で息絶えた。


「ごめん! クァワウィー!」


 だが、クァワウィーへの罪悪感を息絶えた怪物にぶつけるように、何度も、何度も、何度も同じ怪物の頭部を殴り付ける。


「危ない! ヒダリー!」


 同じ個体ばかりを殴り続けていたせいで、右郎自身が他の怪物に襲われそうになっていることに気がつかなかった。


『オーガァアアアアア!』


 いつの間にか二メートル程ある巨大な怪物が車内に乗り込んできており、右郎に剣のように大きな爪で襲い掛かる。



『バンッ!』



 攻撃が当たった瞬間、爆発のような重たい音が車内に鳴り響く……。

















「ねえ、ヒダ……リー。けが……は……ない?」


 背中から爪が貫通し、大量の血が……濃すぎて、黒くも見える血が流れ出てくる。






 右郎は、何が起きたのか理解ができなかった。


「だい……じょう……ぶ? だった……か……な?」


 逆瑠の言っていることがまるで理解できない。


「逆瑠……()()は、何を、言っているんだ?」


 ひたすらポカンとする。

 兎に角、逆瑠の発言が理解できない。


(え? あれ? なんだこれ?)


 なぜ唐突に起きたのかが右郎には分からなかったが、少女との思い出が頭の中で次々と浮かんでくる。


 細かい会話まで、精密に――。


「……佐野……せん……せ……の…………まね……えへへ……」


 小さな、とても小さな、今にも消えてしまいそうな声で、言いながらにこりと小さく笑う。


(佐野先生の真似? そうだ! あの時、佐野先生……ええと、確かキミをかば――――)


 右郎の頭は………………真っ白になった。



 頭が真っ白になってしまったから、大切なことが、聞こえなかった。










「…………ワタシの……ぽけっとに…………はぁ…………ひ……だりー…………かい……た……めも……はぁ……みて……ね…………やくそく――――――」


 少女は、虚ろな瞳をしながら最期に笑顔でそう言ったのだった。



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