第一話 肉体分離編 その一 左半身おいて行かれたんだが
大幅な改稿を予定しています。変更後は既に書き終えた部分もあるのですが、少し多すぎるので過去編の入れ方など、整理しようかとも考えております。ので、もう少し先に……恐らくなります。
バンッ! と、まるで爆発かと思う程に重たく大きな音が鳴る。
現在左半身しかない状態の右郎は、何が起こったのか理解に時間が掛かった。
「ねえ、ヒダ……リー。けが……は……ない?」
髪を金色に染めた高校生の少女が、右郎に抱き着いた状態で今にも消えてしまいそうな霞んだ声を出す。
――え? なに? どういうことだよ。
右郎は起こったことを理解したが、認めたくなく、理解できないフリをする。
右郎は解っている。少女の背中が剣の様に巨大な爪に貫かれ、今にも死んでしまいそうになっていることを。
――なにも解らない。全く解らない。
少女は右郎にとって大切な存在だった。理由があり、互いに名前を伝えることが出来ぬまま別れることとなり、三年かけてやっと再会したと思ったら永遠のお別れである。
――認めない認めない認めない……。
「…………ワタシの……ぽけっとに…………はぁ…………ひ……だりー…………かい……た……めも……はぁ……みて……ね…………やくそく――――――」
背中から爪が貫通したことで、背中と腹からドボドボと、本当に人間から出てくる量なのか疑う程の血液が溢れ、右郎と床は真っ赤に――いや、黒かった。
血が濃すぎて、黒く染まっている。
三年前、名前を伝えられない代わりに、右郎と少女は紙に互いの名前を書いて交換していた。
再会した時に、その紙に書いた名前を一緒に見ようと――約束していた。
だが――。
先程の言葉が、少女の最期であった。
少女は、死ぬと解っていながら最期まで右郎へ笑顔を見せていた。
――え? 死んだ?……のか? もう、この子は、え? 居ないのか? 居ない……のか…………。
「え? 居ないの?」
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西暦二〇二〇年五月二〇日水曜日。
何気ない日常の筈だった。
一九歳の青年、左門右郎は就職活動のため、いつも通りコロナ対策のマスクを着けて管轄のハローワークへ向かっている途中、地下鉄の車内でそれは起こった。
吊革に掴まっていた右郎の足元に、突如として小さな魔法陣が出現する。
「――あ……な、なんだこれ?」
いきなりで正直理解が追い付かない右郎だが、問題は魔法陣が小さすぎることだった。
魔法陣は右郎の右半身だけがやっと入るという小ささで、左半身は魔法陣からはみ出してしまっている。
「うおおお! あのお兄さん異世界に召喚されるんじゃね?」
近くにいた高校生の少年が目をキラキラさせながら大きな声で言う。
近くと言っても二メートル程離れている。
この頃はソーシャルディスタンスとみんな言って、感染対策のため距離をとるのが当たり前だった。
「うわマジぃ? キャーキャッキャー! ガチの異世界召喚とかエスエヌエスに上げたら絶対バズるっしょ? マジ万字だわぁ」
涙を流しながら妙な笑い方をし、スマートフォンで右郎を無断で撮影し始めたのは、先程の少年の更に二メートル先に居た女子高生であった。
着崩した制服と金色に染めた派手な髪の毛。一目でギャルと判るような見た目をしている。
「え? こ、困ったな。なんかギャルに動画撮られてるみたいだし、このまま異世界に召喚されるって言うのも不安だしどうしたら……」
なかなか就職先が決まらず疲れていた右郎は、オドオドと動揺するしかなかった。
そうこうしている内に、魔法陣の光が一気に強くなっていく。
「うおおお! 遂に異世界に召喚されるんだね! ハーレム作れよ! お兄さん!」
そう言いながら興奮した高校生の少年は右郎に近付いていくが……。
「――ソーシャルディスタンス!」
ギャルが呼び止めた。
少し過剰な気もするが、見た目の割に真面目であった。
「あ、そうだよね。助かったよギャル! 異世界にコロナ持ち込んだらお兄さんバイオテロリスト扱いされて処刑されるかもしれないしね!」
右郎的には冗談ではないが、少年は笑顔でそう言った。
そして光は更に強くなっていき、右郎の視界が真っ白に染まっていく。
「――ぐっう……うわぁあああああああ」
不安で仕方がなかった右郎はひたすらに叫んだ。叫ぶことしかできなかった。
光は徐々に消えていき、右郎の視界は真っ暗になる。
無意識に目を瞑ってしまっていたようだ。
「あ、無意識に……」
そう呟きながら目蓋を開く。
しかし――。
「――意味が分からない……う、気持ち悪――――」
目蓋を開いて目にした光景を、右郎はまるで理解することができなかった。
異世界の高級感漂う広々とした一室と、先ほどの地下鉄の光景が何故か重なって見えている。
その重なり具合が気持ち悪く感じる。
「「きゃぁああああああ!」」
「「うわぁああああああ!」」
左右の耳から誰かの悲鳴が聞こえてくる。
辺りを見渡してみると、甲冑を身に着けた異世界の兵士と、地下鉄で大興奮していた少年が近付いて来るように見えた。
しかも、ただ近付いて来るようには見えない。兵士と少年は普通に近付いて来ているだけなのだが、右郎には兵士と少年の姿が重なって見えている。
眼や口の位置が二人とも異なり、しかも兵士は兜で顔が殆ど隠れており、兜に少年の顔が重なっていることになる。
まるで化け物か妖怪のようだ。
そして、他には地下鉄にいた他の乗客や、槍を手に持った兵士が数十人見えている。
先程の悲鳴はこの者たちだったのだ。
乗客と兵士も何人か重なって見えたり、乗客が異世界側に居る様に錯覚したり、兵士が地下鉄に乗っているように錯覚する。
もちろん、先程異世界に行ったのは右郎一人。いや、完全に異世界に行ったかすら怪しい状態だ。
「おかしいな。一体どういうことなんだ?」
右郎はやはり状況が理解できず呟く。
そして次の瞬間だった。
「うぉっ!」
右郎がいきなり体のバランスを崩し、転倒しそうになる。
バランスを崩した際に左右の視界が別々に動いたように見え、不快感を覚えた。
「お兄さん!」
「お、おいあんた!」
転倒しそうになるも、左半身を少年が、右半身を異世界の兵士が支える。
「ありがとう二人とも……」
「お兄さん、助けたのは僕だけだけど?」
「あんた何言ってんだ? 俺しか居ないぞ?」
右郎が二人に感謝を伝えるも、二人には「二人とも」という部分が理解できていない様子だ。
「大丈夫ですか? 異世界人殿!」
異世界のこの国、フツゥーノ王国の王女、クァワウィー・オージョ・ザ・フツゥーノ・ライトウィステリアが心配そうにしながら駆け足で右郎に近づいてくる。
クァワウィーは銀色のウェーブのかかった長い髪で、青色をメインにデザインされたドレスを着用しており、非常に可愛らしい顔立ちをしている。
「クァワウィー王女殿下! この者は俺にお任せ下さい」
そう言って兵士は右郎を担ぎ上げる。
「うぉおお!」
突然担ぎ上げられ、動揺して声が出てしまう。
「お、お兄さんいきなり声出してどうした!」
「ウケるぅう~!」
動揺した際の声は少年とギャルにも聞こえていたようで、少年は本気で心配するが、ギャルは泣きながら爆笑している。
「笑わないでくれよ、そこのギャル……お、おれ今の状況がまるで分かってないんだけど……」
右郎はその言葉をギャルに向けて発した。
もちろんギャルにその言葉は届いた。
「――取り合えずまあ救急車! イチイチキュウっしょ!」
ギャル特有の喋り方、ギャル語のせいで真面目な感じはしないが、ギャルは真剣な表情である。
救急車などと言われ、そんなに大変な状態なのかと心配になる右郎だが、今のギャルとの会話の中で右郎の声だけが異世界の兵士に聞こえていた。
「あんたさっきから何言ってんだ? 独り言か? ギャルってなんなんだ?」
変な人を見るような目で兵士が言う。
「少し状況が見えてきた。よくわからないが、元の世界と異世界に重なっておれが存在しているみたいだな……」
思わず口に出してしまう。
そしてこの独り言を少年とギャル、兵士、クァワウィー王女の四人が聞いていた。
「お兄さん! お兄さんは右半身だけ異世界に飛ばされたんだよ! しかもマスクと服、ズボン、下着が真ん中で切り離されてはだけてるよ!」
「地球に左半身だけ残って喋ってるのウケるわ。でもマジでこれグロいし、ズボンとパンツ取れてアソコ半分丸見え! 文字通り、ぱおん! だわこれ……」
左半身の右郎に地球の少年とギャルが説明をする。
ギャルは楽しんでいるようにも見えるが、二人とも本気で心配してる。
右郎の現在の状態を整理すると、まず魔法陣が小さすぎたことで左半身がはみ出してしまい、そのまま魔法陣に収まっている右半身のみが異世界へ転移。
その時点で身に着けている物は丁度、体の中心で真っ二つになる。
詰まり、マスクは中心で二つに切り離され、そのまま耳にかかるもすぐに床へ落下。上半身に身に着けていたティーシャツとインナーは中心ではだけてしまうが、腕に通しているため腕にぶら下がっている状態だ。
そして一番マズいのがズボンとパンツである。
まず中心で二つに切れる訳だが、ズボンは中心での固定がなくなり外側へ広がってしまう。
幸い足に通しているため落下はしないがパンツは小さいせいか、残念ながら床へ落下してしまい陰部が丸見え……いや、実を言うとギャルも少し言っていたが、陰部も綺麗に二つに左右の半身へと分かれたため、丸見えと言うよりも実際に見えてしまっているのは半分だけである。そのため半見えと言うべきかもしれない。
そして、肝心の肉体だが負傷は一切無い。
何故か肉体が二つの世界に分かれ、意識は今までの感覚で左右の肉体を動かすことができる。
右腕を上げようと思えば異世界側の右半身の右腕が上がり、左腕を上げようと思えば地球側の左半身の左腕が上がるのだ。
「あんたずっと右半身だけで喋ってるぞ!」
兵士も兵士で混乱している。
「魔法陣が小さすぎたようで……申し訳ございません……」
王女であるクァワウィーが右半身の右郎へ、申し訳なさそうに頭を下げる。
「おれ自身、まだ混乱しています。とりあえず頭を上げてください。王女なんて身分の人から頭下げられてもどうしたらいいか分かりません」
「王女? スゴッ!」
「王女に頭下げられてんの? ウケる!」
不安と緊張で声を震わせながら言うが、少年とギャルが王女という言葉に反応する。
「やっぱり僕たちと異世界人たちと同時に会話しているんだね」
薄々勘付いてはいたのだが、少年とギャルの二人は、右郎が右半身で異世界人と会話していることに確信を持つことができた。
「お、地下鉄動き出したぞ!」
「さっきイチイチキュウで救急車呼んどいたからマジで安心! しかも降りてすぐ駅のホーム内で担架準備して待っててくれてる手筈になってるからね! めっちゃスゴくない? 安心感パナいわぁ……マジ万字!」
右郎は混乱していたり、異世界側へ意識を集中していたりしたため気付いていなかったが実はこの地下鉄、異世界召喚のため運転を見合わせていた。そして今、運転を再開したところなのだ。
消防への通報はもちろん、乗務員への説明等全てギャルがいつの間にか対応していた。
「ありがとう……ギャル。歩けないから助かる」
「良いよ~」
左半身がギャルに頭を下げるとギャルは歯を見せて微笑んだ。
ただ頭の場合、四肢とは異なり右も左も一緒に動いてしまうため、異世界側の右半身も一緒に頭を下げる動作をしてしまう。
「ギャル? という方に頭を下げたようですね?」
「さっきから気になるな……誰なんだギャルって」
クァワウィーと兵士は、右郎がギャルと話している――二人には右郎の右半身しか見えないため一人で喋っているように見えている――のを見てやはり左半身は元の世界の人と会話ができているのだなと確信を持った。
そして、地下鉄の扉が開く。
「「――消防です!」」
そう言って二人の消防士が担架の四隅を持って列車内に乗り込んで来る。
「こっちだ!」
ギャルにばかり苦労を掛けすぎたと思った少年が、消防士を右郎の左半身の元へと案内する。
「消防の人が来たから、取り合えずまあ、安心していいっしょ!」
ギャルも一安心したようだ。
「「せーの」」
その掛け声で左半身を担架に乗せた。
「よし! おれの左半身は一安心だな。兵士さん、右半身も休ませてくれませんか? 正直ずっと担がれてるのもしんどいです」
右郎が少しだけぐったりとしながら言う。担がれていることで頭に血が上ってきてしまっていたのだ。
「大変! すぐに来客用の寝室へ!」
「――了解いたしました!」
クァワウィーの言葉を聞いた兵士は、右郎を担いだまま駆け足で寝室目指して部屋を飛び出して行った。
読んでいただきありがとうございます。