【激戦の行方】
四ラウンドが終わり、僕の体はもう限界だった。両手両足が痛いし、呼吸すら上手くできない。
「神崎くん、よくやりました。ここまで倒されず戦えたのは奇跡です! これ以上、正面から戦う必要はありません。作戦を実行しましょう」
三枝木さんの言葉に、僕はただ頷く。
「体は動きますか?」
僕はもう一度頷く。
動くけど、たぶん、
あと一回のアクションが限界だろう。
四ラウンドのスコアが発表された。
「十九対十八。赤、皇! 十八対十九。青、神崎!」
ジャッジが分かれ、驚きの歓声が上がる。
「十八対十九。青、神崎! 十九対十八。赤、皇!」
またも別れた。
最後の一人は……?
「十八対十九。…… 青、神崎!」
取った。
このラウンドは僕が勝ったんだ!
「よーーーしっ!」
叫んだのはハナちゃんだ。
「勝てるぞ、誠。判定になっても勝てるだろうが、ここで決めてこい!」
何とか笑顔を返す。
セレッソも僕の肩を叩いた。
「私は信じていたぞ。ずっと信じていたからな!」
分かっている。
分かっているよ。
最後のラウンド、決めてやるさ。
「神崎くん、これが最後です。集中して、全力を振り絞ってください。あと一分。それだけ戦えれば十分です」
三枝木さんが僕の言い聞かせる。
あと一分。そうか、それだけで楽になれる。
やってやる。
きっと、やれる。
……あと一時間は休みたいけど!
セコンドアウト、
とアナウンスが流れ、三枝木さんたちがケージを出て行った。
顔を上げると、前方に皇の姿が。
あー、怒っている。
あの顔は完全に怒っている。
前の世界で、僕は皇みたいな人間を怒らせまいと生きてきた。もし、怒らせてしまうことがあれば、きっと自分は布団にくるまって震え、何もできないのだろう、と思っていたが……
いい気味じゃないか!
もっと怒れよ、皇。
僕をぶっ倒しに来い。
そして、後悔させてやる!
最終ラウンドのゴングが響いた。同時に、皇がケージ中央へ。しかし、僕は体が痛くて、前へ飛び出すことができなかった。
それを理解してなのか、それとも慎重を期してか、ゆっくりと間合いを詰めてくる皇。
正直、僕の両手両足はまともに動かない。よくて、あと二回か三回、攻撃を出せるか……という状態だ。三ラウンドや四ラウンドと同じ動きは、できないだろう。
皇が動いた。
右の拳が動き、警戒したところをハイキックが飛んできた。
さっきのお返しのつもりか!?
両腕でガードしてみせるが、その威力に体が吹き飛ばされ、衝撃が響いて視界が歪む。
ダメージが抜けるまで、ちょっと休ませてくれないか……?
って、思うんだけど、もちろん皇は許してくれない。すぐに距離を詰めて、左の拳でフェイントを見せてから、右のパンチで僕の横腹を叩いた。
今日だけでこの痛み、何度目だろうか。たぶん、次もらったら胃がそのまま出てきちゃうぞ。
僕は必死になって距離を取り、素早く腰を落として構える。心の準備に時間が欲しかったが、皇はせっかちだ。すぐにこちらへ近付いてきた。
よし、いける。
やるしかないぞ。
作戦を決行してやる!
「僕のカウンターパンチが怖くないなら、かかってこいよ、シスコン!」
念を入れて挑発。
皇が鬼の鋭い視線が僕を貫く。この殺気、姉弟そっくりじゃないか!
半歩分の短い距離。
拳を突き出せば、お互いの顎を狙うには十分だ。
皇のフェイントに僕は反応し、自分も反撃の一発を狙っているように見せた。
皇が左の拳を揺らしてから、右ストレートを思いっきり伸ばしてきた。
パコッ!
顎に衝撃。
も、もらった……!
僕はひっくり返って、背中からマットに倒れ込む。
い、いってぇーーー!
視界がグラグラと歪む。
この戦いの中、何度もあった感覚だが、比ではなかった。
流石は史上最強の勇者候補のパンチ。まともに喰らったら、意識が飛んでいただろう。
でも、まだ負けたわけじゃないぞ。
立ち上がる素振りを見せる僕だったが、その正面には皇が。
最後の一撃を放とうと、拳を振り上げていた。
これをもらったら、負ける。
いや――死ぬぞ!?
「消えろ、雑魚がっ!」
悪意がこもった皇の声。
そして、僕の意識を奪おうとする、鋭いパンチが突き出された。
「あいつは絶対に打撃でくる。一切組もうとはしないよ」
三枝木さんと三人で、皇対策を考えるとき、ハナちゃんは確信したように言っていた。
「どうしてわかるの?」
と僕は思わず聞いてみると、
ハナちゃんは詳しく説明してくれることはなかったが、ただ一言。
「私にはわかるんだよ」
今思えば、自分と同じ血が通った姉弟だから、そう決断すると考えたのだろう。三枝木さんも黙ったまま反論する気配がなかったので、そういう方針に決まった……
と思われたが――。
「いえ、それだけでは心配ですね」
と三枝木さんが言った。
「一つ隠し玉で意表を突いてやりましょう。いえ、そうでもないと勝ち目はない」
「隠し玉って、なんですか?」
間抜け面で首を傾げる僕に、三枝木さんはたまに見せる意地の悪い笑顔を浮かべて言うのだった。
「そんなの、今まで神崎くんがやらなかったことに決まっているじゃないですか」
そして、三枝木さんはハナちゃんの方を見た。その意図が理解できず、僕とハナちゃんは一緒に首を傾げるのだった……。
僕の意識を完全に奪うため、突き出されたパンチ。これを待っていたんだ!
僕は何とか顔面をずらして、パンチを避ける。そして、皇の手首を掴んだ。
捕まえた!
「冷静さを失って、追撃にきてくれて良かったよ!」
反応される前に両足を持ち上げて、皇の首に巻き付けた。
「まさか、華先輩の――!?」
気付いたようだが、もう遅い。
三角の形で巻き付いた僕の足は、皇の頸動脈を締め付ける。
ハナちゃん直伝、
ハナちゃんが勇者決定戦で見せた、
下からの三角締めだ!
僕の体はほとんど動かない。
だけど、この三角締めでお前からギブアップを奪うだけの力は残されている。
いや、残しておいた!
お前はお前の姉ちゃんの技で負けるんだ。
お前の中にある、姉ちゃんへのコンプレックスは……
僕がぶち壊してやるよ!!
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