◆戦う理由①
「あの女の子供だけには負けちゃダメ。勇者になって、もっと活躍するのよ。そして、貴方が優秀であることを証明する。分かった、颯斗?」
震える母の声に
「分かっているよ、母さん」
と答える。
引きつった歪な喜びの表情を浮かべる母を見て、皇颯斗は思った。いつからだろう、母がこんな風になってしまったのは、と。
自分は特別な家に生まれたのだ、と気付いたのは、小等部に上がる少し前だった。
「君のお父さんは本当に凄い勇者なんだよ」
「君のお母さんは本当に偉大な魔法使いなんだよ」
大人たちがかけてくる、そんな言葉を理解し始めたのだ。他にも、こんな言葉をかけられることがあった。
「颯斗くんも、将来は勇者になるんだろ? きっと、オクトを救う立派な勇者になるんだろうね」
幼いときは、ただ応援されているのだと思っていたが、成長するにつれ、それは妬みや皮肉、いつか失敗すればいい、といった負の感情も込められているのだ、と理解していった。
そして、皇は自分が特別であることも、すぐに認識する。
戦えば自分が必ず勝ったし、プラーナのコントロールも、周りの子供たちとは比べ物にならず、勇者タイプの人間が苦手とする、魔力変換だってやってみせた。
「皇くんは特別だ」
「皇は天才」
「あいつは絶対に勇者になる」
だから、そんな言葉もすぐに慣れて、当然のことだと思うようになっていた。
そんな皇は周りにいる同年代の子供たちが、必死に練習している姿が不思議でたまらなかった。あれだけ必死に練習しているのに、どうして弱いのだろう、と。
ただ、少しだけ他とは違う男がいた。
岩豪鉄次だ。
今まで、皇は子供と一緒に練習して、投げられたことがなかった。年上であっても、負けるどころか、投げる相手は一人もいなかったのだが、岩豪は違ったのだ。
「うおおおおぉぉぉーーー!」
凄まじい気合と共に向かってくる岩豪。その気迫は、他の子どもたちにはなかった。倒されても、すぐに立ち上がって圧倒的に叩きのめすことはできたが、どこが他と違うのか気になって、皇は岩豪に興味を持つ。
「鉄次くんは、どうしてそんなに頑張るの?」
「別に頑張ってないよ。でも、強くなりたいって思う、理由はあるよ」
「理由?」
このとき、岩豪は理由を語ってはくれなかったが、皇は少しだけ納得した。
そうか、みんな理由があるんだ、と。
同時に一つの疑問が浮かぶ。じゃあ、僕の理由は何だろう。
でも、皇にとって理由というものは、それほど必要とは思えなかった。なぜなら、両親も周りの大人も、口をそろえてこんなことを言うからだ。
「颯斗は勇者になるんだ。そして、戦争を終わらせて、アトラ隕石を無害化する。そういう運命なんだ」
理由なんてなくても、自分は勇者になって、世界を救う。そういう決まりなのだろう。
その程度に考えていたのだ。
だが、皇は一人の少女と出会ってしまう。
言うまでもない。
綿谷華だ。
「ハナちゃんは強いよ。たぶん、同年代の子供たちの中では、一番強いんじゃないかな?」
見知らぬ大人たちが交わす会話を聞いて、皇は思った。
この人たちは何を言っているのだろう。僕の他に、一番強い子供がいるのだろうか。
皇はクラムの中にいる子供たちの中から、ハナちゃんと呼ばれる何者かを探す。何か手掛かりがあったわけではない。それでも、皇はその少女を見付ける。
赤い髪の凛とした雰囲気の少女。
たぶん、あの子で間違いない。皇の予感は間違っていなかった。
大人たちの会話は続いていた。
「うちの皇くんも強いですよ」
「もしかして、あの皇家の?」
「そうそう。血統ってあるんだ、って思わせるくらい、圧倒的に強いですよ」
「血統と言ったら、ハナちゃんは綿谷花純の娘です」
「凄いじゃないですか。どっちが強いんだろう」
そんな大人たちの好奇心から、二人は手合わせをすることになった。
パンチを放てば、必ず当たる。
それが皇の経験であり、常識だった。
しかし、華は攻撃を避けるだけでなく、皇を投げて、さらに関節技まで狙ってきた。
そんなことがあるのだろうか。疑問の答えを見つけ出す前に、二人の戦いは止められてしまった。子供にこれ以上戦わせるのは、危険と判断されたのだ。
なぜか、華は大泣きしていたが、皇はただ不思議で仕方がなかった。自分が一番強いはずなのに、どうして勝てなかったのだろう、と。
「凄い負けず嫌いだね、ハナちゃんは。あんなに泣いちゃって」
また大人たちの会話が聞こえてきた。
「あの子は、勇者になる理由があるからね」
また、理由か。
彼女の理由ってなんだろう。
「でも、特別な子であることは間違いない」
「そうですね。間違いなく、特別です」
皇は少しだけ納得する。
彼女は理由があるだけでなく、僕と同じ「特別」なのか、と。
それから、皇は綿谷華という存在を強く意識するようになった。
自分と同じ特別な子供。
そして、彼女は理由を持っている、らしい。
だったら、彼女のことをよく知れば、自分が抱く不思議な感覚も、答えが出るのかもしれない。
だが、成長すればするほど、彼の疑問は深まるだけだった。
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