【勇者決定戦③】
第二ラウンドのスコアは、やはり第一ラウンドと変わらない。五人のジャッジ全員が、皇の優勢と判断した。三枝木さんは言う。
「まだやれますか?」
「はい、行けます」
「きついと思いますが、耐えてください。絶対に神崎くんの時間がきますから」
三枝木さんは僕を勇気づけるように肩を叩く。
が、僕は一人口の中で呟いた。
「何をびびってたんだ。今回は、そういうのじゃないんだ」
そうだよ。
皇には絶対勝つ。
いや、絶対的に勝つ。
そのためには、こんな戦い方じゃダメだ。
「三枝木さん、すみません」
「なんでしょう?」
明らかに、冷静な精神状態ではない僕の姿を見ても、三枝木さんは落ち着いている。
「ちょっと、作戦とは違うことやらせてください」
「何を言っている!」
三枝木さんより先に割って入ったのはセレッソだ。
「下手なことをやってお前が負けたら、この世界は滅びるんだ! ちゃんと作戦通りに戦え!」
「待ってください。セレッソ様」
たぶん、反対される。
と思ったが、三枝木さんは静かな声で言った。
「私は条件付きですが、止める気はありません。ハナちゃんの意見は?」
ハナちゃんが僕を見つめる。
こんなときでも可愛い……。
いや、僕も真剣な目で見つめ返した。
「どうしたいんだ?」
「正面から殴り合う。一歩も退かない。そうじゃないと、あいつに勝ったことにならないから」
ハナちゃんは僕の真意がどこにあるのか推し量るような視線を向けてきた。それでも、僕の目の色は変わらなかった。
「いいんじゃないか。ここで、そういう勝ち方ができなければ、アッシアの魔王と戦えねぇだろうし」
「待て待て。そういう話ではない」
珍しくセレッソが動揺しているようだった。
「誠はどんな手を使っても、ここを勝たなければならない。できるだけ、リスクは避けるべきだ」
「いえ、セレッソ様。このまま戦っても、リスクは大きいまま。あえて戦い方を変えることで、相手の意表を突けるかもしれない」
「おい、宗次。お前、オクトが滅んでもいいのか?」
「神崎くんが勝つには、乾坤一擲あるのみ。それは、今までと変わりありません」
セレッソは負けじと主張しようとするが、そこに言葉はなかったのか、結局口を閉ざしてしまった。
そのタイミングで、セコンドアウトの指示が。
「すまん、セレッソ。でも、僕を信じてくれ。今日の僕は、今までとちょっと違うぜ」
セレッソは無言で僕を睨みつけたが、折れてくれたのか、大きく溜め息を吐いた。
「……いつかは世界の命運をお前に託すことになる。それが少し早まった。そう思うことにする」
「ありがとう。三枝木さん、賛成の条件って言うのは?」
三枝木さんはいつもの、優しい笑顔を見せた。
「絶対に、このラウンド……戦い抜くと約束してください」
「もちろんです。見ててください」
セコンドアウト!と改めてレフェリーが叫ぶ。
三枝木さんたちがケージを出て、数秒も経たずに、第三ラウンド開始のゴングが鳴った。
皇がケージの中止へ飛び出すように前へ出る。それと同時に、僕もケージの中心へ。どっと響いた歓声に包まれながら、僕は皇の目前に立った。
目を逸らすな。
とにかく前へ出ろ。
びびるんじゃない!
僕は右のパンチを突き出す。
皇は予想していたのか、既にそこにいない。皇は僅かに左側へ移動して避けつつ反撃のパンチを。それは僕の顔面を捉えた。確かに捉えた。
が、僕の左の拳も確かな手応えを感じている。
体育館が歓声で揺れた。
だけど、これで終わりじゃない。
これからだ。
「おい、皇。逃げるなよ? お前の実力、全部見せてみろ」
「……ちょっと当てたからって、調子に乗らない方がいいよ」
皇が体を左右に揺らしてから、右手のフェイントを見せてから、左でボディブロー。だが、同時に僕は右ストレートを突き出した。
げぇっ、と嗚咽を漏らす僕だったが、皇が顔を歪めていた。僕の一撃が、完全に皇の顔面を捉えたのだ。
そして、二人とも打撃の威力で数歩退がる。だが、僕たちの距離が空いたのは、ほんの一瞬。まるで示し合わせたように、二人とも同時に前へ出た。
僕の皇も、パンチのフェイントを見せ、次の一撃を放つタイミングを狙う。
先に手を出したのは皇。
左のフェイントから右のフック。僕はそれを潜るように避けてから、アッパーで反撃した。
それは皇の顎先をかすめ、やつを一歩退かせる。そこに、全力の右ストレートを突き出したが、皇は身を反らして避けると、半歩踏み込みつつ、ミドルキックを放ってきた。
僕はそれを左腕で受けつつ、再度右ストレートを放つ。皇は顔面をずらして、直撃は免れるが、拳がわずかに触れる。それによって、皇はバランスを崩して倒れ込みそうになった。
そこへ僕は飛び膝蹴りで追撃を。
皇はそれを防ぎつつ、飛んできた僕の体を受け止める形となり、お互いもつれるように倒れ込んでしまった。
まずい、ここで寝技の展開になったら、絶対に勝てないぞ……!
と思ったが、皇はすぐさま立ち上がって、僕から離れる。ハナちゃんの予言通りだ。
ほっとしつつ、僕が立ち上がると、再び体育館が歓声に包まれたが、それに怒りを覚えたかのように、皇の表情が少しだけ鋭くなった。気のせいかもしれないけれど……。
今度は僕が先に動いた。
二度、パンチのフェイントを見せてから、フィリポのハイキックで皇の頭を狙う。皇はガードしてみせるが、明らかにダメージを受けた表情を見せた。
チャンスと判断して追撃へ向かう僕だったが、汗のせいだろうか、足元が滑って転びそうになってしまう。その瞬間、僕の頭の上を「ぶんっ」と空を切る音が。
皇のパンチの音だ!
ってことは、
さっき転びそうにならなければ、とんでもないカウンターパンチに迎え撃たれていた、ってことだ。
僕は無我夢中で低い姿勢からパンチを突き出した。
それは皇の横腹に突き刺さる。
ぐっ、と皇の呻き声が、わずかだが聞こえた気がした。
そして、お互いに右ストレートを繰り出す。
拳が交差して、お互いの頬を捉えた。僕の鼻血がマットを濡らす。が、皇も口元から出血していた。
「君、死にたいのか?」
皇が肩で息をしていた。
「死にそうなのは、お前だろ」
僕の挑発に、口元に伝う血を指先で拭う皇。
「ちょっとはびっくりしたか? これ、お前が無駄な存在って言った、雨宮くんの戦い方なんだぞ」
「……」
「お前、無駄な存在に何発もらったんだよ。言ってみろ」
「あまり、僕を舐めるなよ……神崎誠!」
皇の目。
そこには、確かな人間らしい感情があった。
僕のキックが皇の頭部にヒットし、皇のパンチが僕の頬をかすめる。
皇のキックが僕の横腹を抉り、僕のパンチが皇のこめかみをかすめる。
そんな攻防が繰り返され、
第三ラウンド終了のゴングが鳴り響いた。
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