【勇者決定戦②】
距離を取り直す。
既に足も痛いし、脇腹も痛いし、頭も痛い。
こんな状況で勝てるとは思えないが、今回ばかりは、そんなことを言っていられない。今度こそ、パンチを避けて当ててやる。
僕は完全に足を止めて、皇の再接近を待った。
皇も僕のスタイルは知っているはず。先程に比べると、やや慎重に近付いてきた。フェイントを見せつつ、皇の左ストレートが。
僕は必要最低限の動きでそれを避けて、同時に左のパンチを突き出す。
タイミングはバッチリ!
いつも、このパンチで倒してきたんだ!
と思ったのに、
僕の拳は何の手応えも感じることなく、空を切った。それどころか、またも脇腹に鈍い衝撃が。
おえっ、と思わず嗚咽が漏れ、痛みが強くなっていく。
上手くカウンターの一発を合わせたはずなのに……皇はそれを避けてカウンターのカウンターを合わせてきたんだ!
それなのに、無慈悲な皇の連打が。
僕は顔面を腕で守るが、ほとんど意味がない。
皇はガードの隙間を縫うように、僕の顔面にパンチを当ててくるのだ。
一瞬、皇の連打が止まったので、僕は反撃のパンチを放った。
が、当然のように、それは皇を捉えることはない。ただ、僕の目的はパンチを当てることではなかった。距離を取ることだ。
右へ移動――のつもりが、そこに皇が立っていた。皇のフックが僕の上腕を殴り付け、バチンッ、という音が体育館に響いた。そして、その衝撃で僕の体は流れる。
ただ、距離はできた。
今度こそ、カウンターを狙うために、呼吸を置いたが、さっきの一撃のせいで腕が痺れていた。
これじゃあ、反撃できないぞ!
動揺している間に、皇が距離を詰めてくる。
ちくしょう、こいつ……マジで怖い!
ターミ○ーターに襲われる気持ちが分かったぜ!
そこから、僕はただ皇から距離と取るために逃げるだけ。皇は僕を追い、隙があれば的確に攻撃を当てる、という展開が続いた。
僕の鼻血がマットに滴り落ちたと同時に、一ラウンド終了のゴングが鳴った。
丸椅子に座る僕の体をセレッソが氷で冷やし、ハナちゃんが水を飲ませてくれた。
「神崎くん、まだやれますか?」
三枝木さんの質問に、
僕は暫く答えれなかった。と言うのも、頭は痛いし、横腹も痛い。
息は切れて喉はカラカラ。とても喋れるような状態ではなかった。それでも、何とか声を絞り出す。
「やれます」
「今のところは、作戦通りです。二ラウンド目も徹底してカウンターを狙ってください」
そのとき、一ラウンドの採点結果がアナウンスされた。
「十対九。赤、皇! 十対九。赤、皇! 十対八。赤、皇!」
当たり前だが、ジャッジは全員、皇を勝ちと判断していた。耳を傾けていた三枝木さんが説明を再開する。
「今は無理に勝負しないこと。とにかく、五ラウンド戦い切れるよう、ダメージを負い過ぎないように」
「……わかりました」
レフェリーから「セコンドアウト」と指示が。三枝木さんたちがケージを出て、向こう側に座っていた皇も立ち上がった。
嗚呼、もう五分だけでもいいから休ませてくれ。
そんな泣き言が思い浮かぶが、弱い気持ちが少しでも出てしまったら、次の瞬間には倒れているかもしれない。そういう相手なんだ。
気合を入れ直して、第二ラウンドに臨む。
しかし、結果は一ラウンドとほとんど変わらなかった。常に皇が攻め続け、僕は自分の距離を見付けるために奔走するが、すべてが無駄に終わる。終わらせられてしまう。
顔面にパンチを一発。
腹に膝蹴りを一発。足を蹴られ、腕を蹴られ、全身が痛くて、もう駄目なんじゃないか、という絶望に支配されてしまいそうだった。
そんな状況、残り三十秒のところで、僕は金網際に追い詰められた。
右に逃げてもダメだ。
左に逃げてもダメだろう。
どうすればいい?
目の前にいる皇はあくまで無表情。このまま無感情に殺されるのだ……と思われたが、やつが口を開いた。
「やっぱり、弱いね」
「……なんだと?」
「君は弱過ぎる。前も言ったけれど、勇者に向いていないよ。僕たちのことかき乱すだけで、人々に幸福を与えられる器ではない。それに、戦う理由もないやつが、ここに立つべきじゃないと思うけど」
いつだったか、こいつに体育館裏まで呼び出されたことがあったけど、そのときも同じことを言われた。僕は咄嗟のことで、まともなことを言い返せなかったけど、こう言うべきだったんだ。
「お前に、そんなこと言う権利はねぇよ」
しかし、皇は平然とそれを否定した。
「あるよ。僕には否定する権利がある。だって、ここは実力がものを言う世界だ。そして、僕は一番の実力者。君や君の友達が、この世界にとって無駄な存在だと決める権利がある」
「……もう一度、言ってみろ。僕と誰が無駄だって?」
「何度でも言おう。君はこの世界にとって無駄な存在だ」
「そうじゃない。僕と誰がって言ったんだよ」
皇はわずかに首を傾げた、
ように見えた。まるで、なぜそんなことを言うのか、と疑問に思ったかのか。
「君と君の友達も無駄だって言ったけど?」
僕は皇の顔面に向かって、力任せのパンチを振り回した。
もちろん、皇は余裕を持って交わし、カウンターの一撃を放とうとした。が、僕はそれよりも速く、もう一発パンチを放つ。
狙ってやったわけじゃない。
感情に任せて、勝手に動いた一発だ。ただ、それすら皇は必要最低限な動きで躱してしまったが……。
「皇。今の言葉、誰もが納得すると思っているのか?」
「……もちろんだけど? だって、一番強い僕が言ったんだから」
「だったら、お前は間違っている」
「どうして?」
「当たり前だろ。お前はもうすぐ一番じゃあなくなるんだから」
もう一発、と僕が前に踏み出そうとした瞬間、第二ラウンド終了を告げるゴングが鳴り響いた。
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