【イライラの原因は?】
皇はノームド相手でも圧倒的だった。
挨拶でも交わすような、何気ない感じで近付いたかと思うと、超速の踏み込みから右ストレートをオヤジさんの顔面に叩き込む。
「あっ!」
雨宮くんが、思わずといった様子で声を上げた。
オヤジさんはノームド化して、かなり体は頑丈になっているはずだが、それでも足がぐらつくほどのダメージを受けたらしい。
だが、皇は容赦なく攻撃を続ける。オヤジさんの頭を抱えるように掴むと、膝蹴りを二回。肘を一回。ひざまずいたオヤジさんの頭をさらに蹴り上げた。
「もう十分だろ!」
皇の肩を掴んで止めたが、瞬時に振り払われる。
「触るなよ」
「わ、わかったよ。触らないから、もうやめてくれ」
「……何を言っているんだ。ノームドは徹底的にやらないと止まらない。ほら」
確かに、あれだけ殴られていたオヤジさんが立ち上がろうとしている。雨宮くんが僕たちの前に飛び出した。
「オヤジさん、もうやめて! 正気に戻ってよ!」
「う、う……ううう」
雨宮くんの声が届いたのだろうか。オヤジさんが躊躇っているように見えた。
「娘さん探すの、僕も手伝うからさ! ノームドなんかにならないで、とにかく今は休もうよ!」
オヤジさんの動きが止まる。
これなら……
と思ったが――。
オヤジさんが雨宮くんに飛びかかる。雨宮くんは頭を守り、襲い掛かる一撃に備えようとしたが、別の方角から彼を吹き飛ばす衝撃が。
それは、あまりに突然のことで、僕は止められなかった。隣にいたはずの皇が突然動き、背を向けている雨宮くんを蹴り飛ばしたのだ。
その衝撃で、雨宮くんの体は横に流され、ノームドの一撃を受けずに済んだが……
助けた、と言っていいものだろうか。雨宮くんは倒れたまま動かない。
「お、お前……何をやっているんだ?」
「邪魔をするな。次は君を排除してもいいんだぞ?」
「……排除だって?」
皇は僕の声なんて聞こえていないのか、無視してオヤジさんの方へ向かった。
オヤジさんは皇の攻撃で、あっという間に倒れた。そして、そんなオヤジさんを皇は何度も殴り付けるのだった。
「お、オヤジさん!」
うずくまったままの雨宮くんが、顔を歪めながらも叫ぶ。すると、オヤジさんの視線が、雨宮くんの方へ向いた。
「……た、タツ?」
返事をした……
ということは、正気に戻ったんじゃないか?
「す、皇!」
僕はもう一度、皇を止めようとしたが、遅かった。皇はオヤジさんの頭を踏み付け、彼の意識を奪ってしまった。
ノームド化してしまった人間は、暫くの間、特別な施設で特別な治療を受けるらしい。
まだ人としての意識が残っている、と判断された場合は、治療も簡単で拘束日数も少ないのだとか。
しかし、意識も狂暴化していると判断された場合は、治療はつらいものであり、しばらくは施設から出られないそうだ。
今回、オヤジさんは意識も狂暴化している、と判断されてしまった。
雨宮くんの呼びかけ次第では、その決定も変わったかもしれないが……
今となっては、もう遅い。
僕は付き添いで保健室にいたが、
雨宮くんは眠ったままだったので、教室に戻ることにした。溜め息を吐きながら保健室を出ると……。
「雨宮はどうだ?」
そこには巨大な壁が……
いや、岩豪が立っていた。
「え? あ、えーっと……折れた骨は魔法で治してもらえたけど、完璧な治療は難しいみたい。今は眠っていて、当分は起きないってさ」
「……そうか」
そう呟いて岩豪は黙ってしまう。
……気まずい。
かと言って、立ち去っていいような状況ではないだろう。どうしたのものか。
「あいつ、最近変なんだ」
「え?」
もう立ち去ってしまおうか、
と一歩踏み出そうとしたところで、岩豪が口を開いた。
「皇だよ。ずっと苛立っているって言うか、何か焦っているみたいだった」
そうか、岩豪は皇と昔から知り合いだったんだっけ。
「今日は特におかしい。実はこれ、あいつにやられたんだ」
そう言って、
岩豪は目じりの上に貼られたガーゼを指さした。
「何があったんだ?」
岩豪は首をすくめる。
「あいつはあいつで、色々とプレッシャーを抱えているんだと思う。だけど、あそこまでピリピリしているのは初めてだった。だから、言ってみたんだ。神崎のこと、気にし過ぎじゃないかって」
「ぼ、僕が原因なのか?」
眼中にないって思われている、と思っていたんだけど……。
「あまり、華と……いや、綿谷先輩と親し気にしないでやってくれ」
「え、そういうこと?」
「……それ以外、何があるんだ?」
僕と岩豪の会話は、それ以上続くことはなかった。
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