【楽しかった?】
「何て言うか……上手く言えないけど、だからこそ、お前に皇を倒してほしいって思っているんだ」
「……あの、びっくりして何を言っていいか、わからない」
「だろ。そうなると思って、面倒くさいから誰にも話していないんだ」
事実を知り、僕は愕然とするばかり。何とも複雑な気持ちになった。
「えーっと……」
僕は考えた末、出てきた言葉がこれだった。
「では、続きをお願いします」
「ふざけるな」
「ですよね……」
あとちょっとでキス、
というところだったが、もはやそんなムードではない。
僕のファーストキス。いや、最初で最後かもしれないキス――。
ん?
なんか違和感があるけど、
そうだな、最初で最後かもしれないキスを逃してしまったんだ。
そう思と落ち着いたはずの涙が再び。
「何でまた泣くんだよ」
呆れたように呟くハナちゃん。
「悔しくて……ハナちゃんに約束を守ってもらえないことが、悔しくて悲しくて」
「お、お前のせいだろ。私のことを不義理な人間みたいに言うな」
「でもさぁ、約束だったじゃん。ハナちゃんは勇者に二言はないって言ってたし! 今は暫定勇者じゃなくて、正式な勇者なのに、約束守らないんだ!」
「わ、わかっているよ! 別にしないとは言ってないだろ!」
「え、するの?」
「す、するよ」
「じゃあ……」
「でも、今はやだ!」
「えええ……」
ハナちゃんは立ち上がると、腕を組みながら、顔だけこちらに向けた。
「キスの約束はお前が勇者になってからにする」
「勇者になってからって、そんなのいつになるか……!」
「お前がムードを壊したせいでこうなったんだろ。わがまま言うな」
「……はい」
ハナちゃんは面倒くさそうに頭をかいた後、鋭い視線を僕に向けた。
「それに、勇者になれよ。絶対」
僕が勇者になれなかったら世界が滅亡する。セレッソはそう言った。でも、そんなことよりも、今日だけで勇者になる理由がいっぱい増えてしまった気がする。
「なるよ」
僕の答えにハナちゃんは笑顔を返してくれた。
帰り際、二人で駅まで向かう途中、僕はあることを思い出した。
「あ、そうだ」
「ん?」
僕は立ち止まって、背中のリュックをおろし、ごそごそと中を漁った。
「なんだよ、忘れ物か?」
「ちがうちがう。これ」
僕はリュックの中から細長い箱を取り出し、それをハナちゃんに渡した。
「誕生日プレゼント! 改めておめでとう!」
「え? は? え?」
おお、何か驚いている。
可愛いな、本当に。
「お、お前が? なに、これ? 開けていいの?」
頷くとハナちゃんは丁寧に包装を開けて、中身を取り出した。
「これは……ネックレス?」
「う、うん。僕のセンスで選んだものだから、微妙かもしれないけれど、もし趣味に合わないようだったら、部屋に飾っておいてよ」
「ううん。可愛い……つけるよ。毎日、つける」
「本当? よかったよかった」
「でも、お前……金とか大丈夫なのか? あまりに勉強ができないアホな子だからって、田舎の両親に捨てられて独り暮らし、って聞いたけど」
「え、そんな話したっけ?」
「あのセレッソって女から聞いた」
あ、あいつ……。
「お金は大丈夫。女神の加護でなんとかなっているし、実は三枝木さんに頼んでクラムの掃除とか手伝って、バイト代をもらっているんだ」
「じゃあ、これもそのバイト代で?」
「まぁね」
「……ありがとう」
めちゃくちゃ声ちっちゃい。
けど、嬉しそうにネックレスを眺めてくれる。本当によかった。
「なんか悔しい……」
「え、なんで?」
「今日は終始、私がペースを掴むものだと思ってたのに、最後の最後でお前に持っていかれた……」
そんなことないよ。
終始僕は緊張して、ハナちゃんの後ろをついていっただけなんだから。
あ、そう言えば……
と僕はもう一つ思い出したことがあった。
「そう言えばハナちゃんってさ」
「なんだ?」
「僕のこと、名前で呼んでくれないよね? 神崎とも呼ばないし、誠って呼ぶこともないし……」
ハナちゃんは僕のことを「お前」とか「あいつ」としか言ってくれないんだよな。前々から気になっていたのだけれど、初めてそれを指摘してみると、ハナちゃんはなぜか黙ってしまう。
「なんで呼んでくれないの?」
「……そ、それは」
「それは?」
「……はず、恥ずかしい、から」
「え?」
恥ずかしいの?
名前を呼ぶことが?
なんで??
「別に僕の名前って普通だし、そんなに恥ずかしくないと思うんだけど……」
「お前の名前が原因じゃない」
ハナちゃんの声が異様に小さい。
どうしたんだ?
「じゃあ、何が恥ずかしいの?」
「うるさい!」
急に声が大きくなる。
「恥ずかしいから恥ずかしいの! 良いだろ、名前なんてどうだって!」
まぁ、わからなくもないけど。名前の呼び方って、機会を逃すと、どうしていいのかわからない、ってパターンがたまにあるんだよな。例えそれが親しい相手だとしても。
「でもなぁ、僕はハナちゃんハナちゃんって親し気に呼んでいるのに、逆に名前を呼んでもらえないなんて、なんかむなしいなぁ」
そんなことを言いつつも、
僕はハナちゃんが一度だけ呼んでくれたことを知っている。
岩豪と対戦したとき、大きい声で呼んでくれたのだ。だが、少し意地悪をして、こんな提案をするのだった。
「あ、そうだ。キスの約束を延期する代わり、これからは名前を呼んでもらえるってのは、どうかな?」
「……な、なんて呼べばいいの?」
お、意外だけど素直に受け入れようとしている。
「じゃあ、僕はハナちゃんって呼んでるから、マコちゃんなんてどう?」
「ま、まこ、マコちゃ……!」
どうやらハードルが高いらしい。
僕もマコちゃんって呼ばれるのは照れ臭いからいいけどさ。
しかし、ハナちゃんは一人で「ま、マコちゃ……」と繰り返している。なんだろう、練習しているのかな?
「難しいなら、普通に誠って呼んでくれればいいよ。いつまでも『お前』とかだと、逆に面倒なときもあるでしょ?」
「そ、そうだけど」
「じゃあ、はい。呼んでみて」
「い、いま?」
「そりゃそうだよ。今呼んでくれなかったら、一生呼んでくれない気がする」
「えええ……」
超美人で無敵のハナちゃんが、僕の名前を呼ぶだけで、こんなに動揺するのマジで可愛いな。ほんと、奇跡みたいな女の子だぜ。
「……じゃあ、言うぞ」
「お願いします」
そう宣言しながらも、ハナちゃんはしばらく口をもごもごさせてから、ようやっと僕の名前を呼んでくれるのだった。
「誠……今日は楽しかったか?」
本当に最高の一日だった。家に帰ってセレッソに「なぜプリンを買ってこなかった」と責められたが、そんなことまったく気にならないほど、本当に最高の一日だった。
だからこそ、僕は練習しなければならない。皇を倒すために。
明日から地獄の特訓を再開するぞ!
今度こそ、キスのために!
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