【明日はファーストキス?】
水曜日、スクールで偶然、芹奈ちゃんに会った。
「あの、先輩」
「あ、芹奈ちゃん。この前はありがとう」
「私はべつに……」
芹奈ちゃんは僕の表情をうかがいながら、何か言いたげだ。
「どうしたの?」
「いえ、その……先輩が思ったより元気そうだったので」
「ああ、それなんだけど」
僕は、ハナちゃんの話を聞く限り、二人は付き合っていないのではないか、という結論に至ったと、芹奈ちゃんに説明した。
「それ、信じるんですか?」
「え?」
「だって、綿谷先輩が嘘を吐いているかもしれませんよ? それか、二人はたまたま喧嘩中で、先輩に皇先輩を倒してほしいって言ったのも、当て付けでそう言っているだけかもしれないじゃないですか。綿谷先輩が、皇先輩の気を引くために、あえて先輩の味方をしているんですよ」
「そ、そうなのかな」
まくしたてるように早口な芹奈ちゃんになんだか気圧されてしまう。
「でも、ハナちゃんの性格的に、そういうタイプではないと思うけれど」
「先輩は女の人の怖さを分かってないんですよ。好きな人の気を引くためなら、裏ではどんなに陰湿なこともやってみせる。それが女です。特に、綿谷先輩みたいな人こそ、裏ではそんな感じなんですよ」
何とコメントすべきか。
そんなことを考えている間に、始業のチャイムがなった。
「取り敢えず、もう少し様子を見てみるよ。本当に心配かけてごめんね!」
芹奈ちゃんはまだ何か言いたげだったが、
何だか怖かったから、逃げるタイミングがあって本当によかった……。
木曜日。
なぜか、ハナちゃんから先に帰るようメッセージが入っていた。
ハナちゃんだって色々と忙しいのだろうけど、何かあったのではないか、と思うと不安になってしまう。
けど、金曜日は何事もなかったかのように、練習にきてくれたので、一安心だった。
土曜日。
練習が終わって家に帰る。
明日、午前中の練習が終われば、ついにデートだ。
この日のために新調した洋服にアイロンでもかけておこうか。
「なんだ、今日は上機嫌だな」
「うわぁ、びっくりしたぁーーー! 来るとは思ってたけどびっくりしたーーー!」
もちろん、セレッソが勝手に部屋へ入ってきたのだ。
「何をしているんだ?」
「見ての通り、服にアイロンをかけてるだけだ」
「だから、どうして?」
「どうでもいいだろう」
突き放したつもりだったが、セレッソは怯むことはない。
「この部屋の家電を揃えてやったのは誰だと思っている?」
「痛いところを突くな。そうかもしれないが、少しくらい僕のプライバシーを尊重してくれ」
「それは無理だ。で、なぜアイロンなんか持ち出して、鼻歌混じりで明日に備えようとしているんだ?」
僕のプライバシーを軽く無視しやがって……。
「まぁ、いいだろう。教えてやる。明日はデートなんだよ、ハナちゃんと」
「なるほど。死ぬまで女とデートなんかできないだろうから、と土下座で頼み込んだか?」
「ちがう。僕だって少しくらいプライドはある。土下座なんてしねぇよ」
「では、卑屈な方法ではなく、卑怯な方法を使ったんだな。どんな秘密を握った? 私にも教えろ」
「なんで正攻法じゃないこと前提なんだ」
「じゃあ、どうやった?」
僕はデートにこぎ着けた経緯を説明する。聞き終えたセレッソは呆れたように溜め息を吐いた。
「あの女のプライドにつけ込んでデートさせるなんて、お前も寂しいやつだな。どうせ、おざなりデートじゃないか。そこまで上機嫌になれる理由がわからないな」
「ふん、聞いて驚くなよ。ハナちゃんも意外にノリノリなんだ。しかも……」
言いかけて、
顔面全体が綻んでしまう。
「気持ち悪い顔だな。しかも、なんだ?」
「しかも、ハナちゃんとキスする予定なんだ。ハナちゃんのファーストキスの相手、僕なんだぞ。もちろん、僕のファーストキスの相手もハナちゃんってわけだ。信じられるか? 僕みたいなやつのファーストキスの相手が、あのハナちゃんだぞ。想像しただけで……ムフフッ」
セレッソが何も言わないので、アイロンを再開する。鼻歌混じりに明日のことを考えると、楽しくて仕方がなかった。
「おい、誠」
「なんだよ」
「こっちを向け。凄いものを見せてやる」
「忙しいから後にしろ」
「今だ。今! 今今今今今今今今今!」
あまりにしつこく「今」が続くものだから、僕は苛立ちながらも振り返った。
「なんだよ、お前は! うるさいな」
「ちゅ」
「!?」
唇に柔らかい感触。
な、なんだこれは?
超近距離にいたセレッソが身を退いた。無表情の顔は、どういうつもりなのか、まったく理解ができない!
今、キス…したよな?
僕、セレッソとキスしたのか?
「おおおおおお、おおお、お前、どういうつもりだ?」
突然のことで取り乱す僕だが、セレッソはあくまで冷静。いや、無感情に答えた。
「凄いものを見せてやる、と言っただろう? 私のキス顔だ」
「ふざけるな。っていうか、ドアップ過ぎて見えなかったし。いやいや、そうじゃなくて、どういうつもりで僕にキスしたんだ、という質問なんだよ」
「どういうつもりも何も、お前が浮かれに浮かれているから、何となくムカついてな」
「腹いせに人のファーストキスを奪うな」
とは言え、気まずい。
女の子とキスした後って、どんな顔すればいいんだよ。
一人どぎまぎしている僕を見て、セレッソは呆れたかのように溜め息を吐いた。
「好き勝手するのは構わないが、練習はしっかりやれよ。お前が皇に負けたら、この世界は滅びるんだ。既にお前もこの世界の一員。危機感を持ってもらわないと困るからな」
「わ、わかっているよ……」
「なら、早く寝ろ。そして、早く起きて練習しろ」
「言われなくてもそのつもりだ」
セレッソは鼻で笑うと、
それ以上は何も言わず、部屋を出て行った。
あ、あんな変な女神にキスされたところで、なんてことはない。
ドキドキするわけないじゃないか。
そうだ、早く寝て明日に備えよう……と思ったが、横になっても一時間は眠れなかった。
初めてのキス。
一瞬のことで、よくわからなかったな……。
「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品の応援お願いいたします。
「ブックマーク」「いいね」のボタンを押していただけることも嬉しいです。よろしくお願いします!