【その日、約束があります】
「ふーん。思ったより、綺麗にしてんじゃん」
そう言って、ハナちゃんは部屋の中を見回してから、ローテーブルの前に正座した。なんだろう、ハナちゃんは正座も凄く様になっている。
真の美少女とは、そういうものなのか……。
「何してんだよ、座れよ」
「あ、はい」
テーブルを挟んで正面に、僕も正座した。ドキドキしながらも、何を話すのかと思うと、ちょっと怖い。が、ハナちゃんはなかなか話さず、視線を右へ左へと移動させるだけだ。
「あ、お茶飲む?」
「う、うん」
僕は冷蔵庫にあるペットボトルのお茶を出して、ハナちゃんの前に置いた。
「いただきます」
ハナちゃんはお茶を一口飲む。
今度こそ本題かな……と思ったが、やはり黙ったままだった。
不意に目が合う。
ドキっとして目を逸らすが、ハナちゃんも別の方に目を向けたみたいだった。
「あの、えーっと、話って何かな?」
怖いけれど、
この空気に耐えられない気がして、本題に踏み込んでみることにした。
「あー、うん。そうだな……そのことなんだけど」
ハナちゃんはまたも口を閉じてしまった、かと思ったが、数秒の沈黙の後、ついに話題に入った。
「約束、覚えているか?」
「約束?」
なんのことだろうか?
と、一瞬だけ首を傾げたが、僕とハナちゃんが交わした約束なんて一つだけだ。
それに気付いた瞬間、思わず口元が緩んでしまったが、同時にハナちゃんが言った。
「デートするぞ。約束通り」
「ほ、本当に?」
ハナちゃんは頷く。
「え、あ……あの、いつ?」
「お前の好きなタイミングでいいから」
いいのか?
本当にいいのか?
だって、ハナちゃんは皇と……。
いやいや、だから、きっと二人は別れたんだよ。
むしろ、ただ噂があった、ってだけかもしれない。
だって、ハナちゃんは言ったんだ。私のファーストキスをやる、って。
そうだよ。キスしてないってことは、そういうことだ。
「その代りだけど!」
少しパニック気味の僕を嗜めるように、ハナちゃんは言った。
「その代りだけど、本気で練習しろよ。皇は強い。雑念が入った状態で倒せるような相手じゃない。暫定勇者決定戦は集中力が本当に大切だ。難しいけど、気持ちを整えろ」
「ハナちゃんも雑念に惑わされた経験があるの?」
雑念の危うさについて、強調して語るものだから、聞いてみたのだけれど、ハナちゃんは押し黙った。押し黙ってから言った。
「ない。私はない」
「そ、そっか。さすがだね」
その言い切りは得体のしれない威圧があった、気がする。
「まぁ、お前が皇との対戦が終わった後の方がいいって言うなら、それでも良いから」
「いやいやいや! できるだけ、すぐがいい!」
つい前のめりになる自分を制する。
「次の日曜日はどうかな? 午前中だけ練習して、午後からなら!」
「……悪い、その日は駄目だ」
「え?」
自分でもびっくりするくらい、落ち込んだ顔を見せてしまった。ハナちゃんもそれを察したのか、素早く言い直す。
「でも、その日以外なら大丈夫! 別に平日でもいいくらいだから!」
取り敢えず、
次の次の日曜日に、と約束したが、どこか不安が残る。
その話が終わると、やることもなく、二人でソワソワしてしまった。
「と、トランプでもする?」
何かしなければ、
と必死に考えた結果、そんな言葉が出てきてしまった。
馬鹿か、とハナちゃんに怒られるのでは……と思ったが、意外な答えが返ってきた。
「あるの?」
その日の夜、
僕はいつもに増して気合を入れて練習に取り組んでいた。
三枝木さんも驚いたのか、こんなことを言った。
「神崎くん、いつもより切れがありますね。何かあったんですか?」
自慢するつもりはなかったのだが、
あまりの嬉しさに「ふふん」と僕は鼻を鳴らしてしまった。
「お、いいことでも?」
「実はですね、三枝木さん。今度、ハナちゃんとデートすることになったんです」
自分で言いながら、
恥ずかしくなって両手で顔を覆う。
こんな僕を見て三枝木さんはどう思うだろうか。それも含めて恥ずかしい。
「もしかして」
三枝木さんが意外なことを言った。
「次の日曜日ですか? そうでしょう?」
あまりに三枝木さんが確信を持った顔をしているので、僕は首を傾げた。
「え、何でですか?」
「確か、次の日曜日はハナちゃんの誕生日でしたよね。何かプレゼント用意するんですか?」
次の日曜日がハナちゃんの誕生日?
聞いてないぞ?
っていうか、その日を断ったってことは、何か用事が入っている、ということなのか?
親御さんと過ごすのかな?
そうだよな。
まさか、男と一緒ってことはないよな。
でも、有り得なくもない。
だって、僕とのデートはあくまで賭けに負けたから仕方なく約束したことなんだから。
十分後。
練習する僕の姿を見て、三枝木さんが言った。
「神崎くん、いつもより切れがないように感じますが、何かありましたか?」
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