【母と娘】
控室に戻ると、
同級生やクラムの仲間、これから世話になるであろう国の役人などが代わる代わる訪ねてきた。
暫定勇者になってから、勝つたびに多くの人が控室に押しかけてきたが、今回は桁違いだ。
あいつは、まだこないのかな。
五分に一回はそんなことを考えたが、人々から祝福の言葉を受けている間に、時間は過ぎて行く。
そして、少しずつ人が減り、控室は下畑と数人の仲間だけになった。
仲間たちも撤収の準備を始めたところで、遠慮がちに控室の扉が叩かれる。華はつい顔をほころばせながら顔を上げたが、
控室の扉を開けたその人は、叔母の彩花だった。
「おめでとう」
「う、うん」
どんな顔をしよう。
迷っていると、彩花は顔をしかめた。
「なんだ、嬉しくないの? そんな立派なものをもらったんだから、もっと喜びなさい」
彩花は華の手首にあるブレイブシフトを指さした。
華はそれに促されるように、手首で輝くそれを見つめる。
そうか、私は勇者になったんだ。あの母が目指してもなれなかった勇者に。
「クラムの仲間と叔母さんのおかげだ」
「そんなわけないだろう。クラムの皆さんのおかげってのは、もちろんだけどさ、私は関係ないよ。あんたが努力したから掴んだ」
叔母は穏やかな笑みを浮かべて言う。
「まぁ、もしも、家族の影響があるとしたら、私ではなくて、姉さんの血がそうさせたんだよ」
華は首を横に振る。
「そうじゃない。たぶん、叔母さんが育ててくれたから勇者になれたんだ。ママが私を育てたとしたら、ここまでこれなかったと思う。だから、ありがとう」
「……何を言っているんだか」
彩花は華の傍から離れると、
下畑やクラムの仲間たちに挨拶して、早々と控室を出ようとした。
「じゃあ、先に帰ってるから。皆に祝ってもらうだろうし、夕飯はいらないだろ?」
「いや、お祝いは今度にしてもらった。今夜は叔母さんと二人で過ごしたい」
「……あっそ。じゃあ、ご馳走つくって待ってるよ」
控室を出て行く彩花。
華はその背を見て、もう一度だけ「ありがとう」と言った。
これは、華の知らないことだが、彩花は姉に対して強い劣等感を抱いていた。
美貌と才能を兼ね備えた姉は誰からも認められ、将来を期待されていた。
それに比べて彩花は平凡。
いや、出来過ぎる姉の影響で平凡以下に見られていた。
自分の選択は
どれも間違っている。
何をやっても駄目なのだ。
そんな劣等感が常につきまとっていたのだ。だから、姉の子である華に対しても申し訳ない気持ちを抱き続けていた。
自分なんかが育ててしまったら、夢を叶えられないのではないか。
華が姉のような失敗を犯さないよう願う反面、姉のようにその才能を開花させてほしいと強く願っていた。きっと、それは自分のせいで阻まれてしまう。
ずっと、それを怖れていたのに、彼女は夢を叶えて、彩花に言った。
「叔母さんが育ててくれたから勇者になれた」
スクールから自宅に向かう間、彩花は涙が止まらなくて、何度も隠れてハンカチを濡らすのだった。
「デートするぞ。約束通り」
これは少し先の話し。
華は約束を果たすため、神崎誠を誘った。
しかし、彼はデート中、真っ青な顔をして、こんなことを言うのだった。
「ハナちゃんって……皇と付き合っているの?」
「……はぁ?」
これがきっかけで、
華は彼ともう一つ約束をすることになるのだが、それを果たすのはさらに先のことになる。
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