【道場破り】
次の日は、早朝から出発した。十分ほど歩くと、いかにも学校らしい白い建造物が見えてきたので、何だか重々しい気分になってしまう。
「仕方のないことだけど、学校に通うってのは気持ちが落ちるなぁ。どうせ、周りとは馴染めないし、集団の中で一人っていうのが、部屋の中で引き籠もっているよりも、孤独を感じるんだ。セレッソはそういうの感じたことあるか?」
僕の問いかけを無視し、セレッソは前へ進む。僕が不満をたらたら言う前に、学校に放り込むつもりだろうか……と、思ったが、校門と思われる場所をスルーして、セレッソはさらに進んで行ってしまった。
「おい、セレッソ。ここじゃないのか? スクールってやつは」
セレッソは振り返ると、首を傾げた。
「何を言っているんだ? スクールに用事はないぞ」
「へ? だって、スクールに入ってランカーを目指すんじゃないのか?」
「せっかちなやつだな。今日からスクールに入学するなんて、誰も言っていないだろ」
セレッソは、それ以上、語るつもりはないと言った様子で歩き出したので、僕は音速のスピードでその正面に回り込んだ。
「なんで僕が空気読めないやつみたいな扱いなんだよ。お前の説明が足りないんだろうが。ちゃんと説明しろよ、クソ女神が」
「……分かったから、顔を近付けるな」
無表情の拒絶はなかなか傷付く。大人しく引き下がったところ、セレッソは毎度のような呆れ顔で溜め息を吐いた。
「だいたい、お前が昨日、説明が長いと疲れると言うから省略してやったのに。まぁ、良い。時間がないから歩きながら説明するぞ」
そう言って、セレッソは説明を始めた。
「まず勇者を目指すわけだが、オクトの国内にある百五十のスクールの中でも、ほとんど勇者は決定してしまった。私たちが今いる、王都ウオークオートにあるスクールの中でも、勇者が決定していないのは、アミレーンにあるスクールだけだ」
「じゃあ、アミレーンのスクールに向かっているのか?」
確か、現在地はアボナダタークとか言う街だったはず。どれくらい離れた場所にあるのだろうか。
「違う。今からアミレーンのスクールへ行って、ランカーを目指してたとしても、勇者決定戦までに間に合わない。推薦が必要だ」
「推薦? 誰から?」
「現暫定勇者からだ。暫定勇者の特権で、お前をランカーに差し込んでもらう」
「現役の暫定勇者の推薦なら、実力者だって証明になる、ってことか。でも、現役の暫定勇者ってことは、僕がこれから倒さなければならない相手なんだよな? 自分のライバルになるかもしれない人間を推薦してくれるのか?」
「男子の暫定勇者であれば、もちろん推薦はもらえないだろうな。でも、女子なら推薦してもらえる可能性はある」
「女子? 女子部門があるのか?」
「そういうことだ。で、今からアミレーンスクールの女子暫定勇者に会いに行く。端的に言うが、戦ってそいつに勝て」
「なるほどな」
僕はすべてを理解し、同時に吐息のような笑いが出てしまった。
「僕が実力を示す、最初の相手が女勇者(暫定)ってことか。正直、僕は女の子が相手だろうが手加減ってものが苦手でね。昔、幼馴染の子をゲームで完膚なきまでに負かしてしまい、大泣きされたような男だ。今回もそうならないと良いのだが…」
現役の女勇者(暫定)とは、どんな女の子なのだろう。頭の中で、ゴリラ並みにごっつい女の姿を想像する。
哀れなやつだ。
何がとは言わないが、きっと彼女も学校では苦労しているだろう。同士、と言っても過言ではないかもしれない。そんな相手と戦うのか。
「女子と言うことも含め抵抗はあるが、僕が勇者になるためなら仕方がない。軽く捻ってやるか」
「心強いことを言うじゃないか。期待しているぞ、誠」
セレッソは心底嬉しそうだった。
「ここだ」とセレッソが足を止める。駅前らしい賑やかな場所から少し離れたビルの一階が目的地のようだった。
ガラス張りなので中を覗いてみると、多くの人が体を動かしている姿が見えた。
床はマットが敷き詰められ、所々にサンドバッグが吊るさている。そして中央にリングが設置されていた。テレビで見たことがある。ここは、ボクシングジムというやつではないか?
「クラムだ。お前の世界で言うジムを想像して問題ない」
僕の心を読み取ったように、セレッソが補足してくれた。
「どうやら名門ジムのようだな」と僕は入り口の張り紙に目をやる。
そこには「今期、暫定勇者を二名輩出」と書かれていた。
「そうだ。過去にも勇者を複数名輩出している、国内トップクラスのクラムだ」
「よーし、じゃあ乗り込んでやりますか」
僕はジム…ではなく、クラムの扉を勢いよく押した。
たのもう!と怒鳴り込むようなことができたら、どれだけ勇ましさをアピールできるだろうか。しかし、実際は遠慮がちな声を出すだけだ。
「す、すみませーん……」
「はーい。あ、見学の方でしょうか? それとも体験ですか?」
派手な金髪の男性が顔を出した。年齢は三十代前半、くらいだろうか。Tシャツの上からも引き締まった体が分かる。
「あ、えーっとですね。その、実は」
いざ他人を前にしてしまうと、何を言えば良いのか分からず、しどろもどろになってしまう。自分のコミュニケーション能力の低さを痛感していると、セレッソが僕の前に出た。
「道場破りだ! 一番強いやつを出せ。格闘戦の天才と言われる、この神崎誠が叩きのめしてやるぞ」
クラム内が静まり返り、十名以上の人の視線が僕に集まる。僕の頭の中は真っ白になったが、それと同時に大きな笑いに包まれてしまった。クラム中にいる人たちの笑いものになってしまったのだ。
「何を言っているんだ、この馬鹿」
とセレッソの頭を叩くが、やつは無反応だ。笑いが止まった後、最初に対応してくれた男性が声をかけてきた。
「道場破りですか。びっくりしたなぁ。あ、私はここの代表の下畑と言います。よろしくお願いします」
金髪の男性…下畑さんが笑顔で僕に手を差し出した。握手を求めているらしい。めちゃくちゃ強く握られるのではないか、と恐る恐る手を出したが、普通の優しい握手でしかなかった。下畑さんは言う。
「しかし、もの凄い勇気ですね。ここがどこだが、ご存知ですか?」
その問いかけに答えるのはセレッソだ。
「知っている。アボナダタークのクラムといえば、正統派勇者を輩出することで知られているが、その反面、勇者候補として英才教育を受けてきた少年少女を挫折で潰してしまうことでも有名だ。そのせいで経営が傾いているらしいが、さらに無名の道場破りなんかに負けたら、それこそ潰れてしまうだろうな」
なぜ、挑発するのだろうか……と、下畑さんの顔色をうかがうが、彼は笑顔のままだった。
「そうですか。では、遠慮もいらないようですね。えーっと、神崎くんはまだ十代のようですね」
下畑さんは僕をスキャンするように、爪先から頭頂部まで目を通すと、フロアの方の奥を見て声を上げた。
「誰か、ハナちゃん呼んできて」
呼びかけに応じるように現れたのは、ゴリラ面の女ではなく、派手な赤い髪をした美少女だった。歳も背格好も僕と変わらないくらいの。
何て言うか、クラムなんていう男臭い場所で日々を過ごしているとは思えないほどの美少女で、僕は数秒間、彼女の姿に釘付けになってしまった。
しかし、そんな彼女が突然、肉食獣を思わせるような、暴力的な笑みを見せるのだった。
「下畑さん、道場破りって……そいつ?」
「ハナちゃんってどんなキャラなの?」「どんなバトルシーンが始まるんだろう」と思ったら
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