【遺伝する過ち】
華の母親、花純は勇者候補だった。
無敗で暫定勇者まで上り詰め、あと一回の防衛を果たせば、過去現れたことのない最強の女勇者が誕生する、と言われるほど、その強さは評判だった。
しかし、その防衛戦は行われなかった。彼女は華を身籠ったからだ。
しかも、父親は公表されなかったこともあり、さまざまな憶測が飛び交った。
さらに、花純は華と同じように凄まじい美貌を持っていたため、妬み嫉みが混じったものも多かったそうだ。
「男と遊んでいたから、勇者としてのキャリアを棒に振った」
当時は侵攻するアッシアを打倒するため、一人でも多くの優秀な勇者を育成することが重要視されていた。かなりの時間と資金が勇者候補たちに費やされていたのである。
だから、花純が妊娠を理由に勇者の道を選ばなかったことを批判する人間は多かった。期待されていた分、バッシング酷く、花純は心を病んでしまったのだ。
「超人気の元暫定勇者が自殺。理由は過剰なバッシングか」
そのニュースは国民を驚かせる。
華を無事に出産した花純だったが、数年もしない間に、自ら命を絶ってしまった。
「近隣にノームドが発生しました。数は一体のみです。勇者科の二年三組は出動。勇者科の三年三組、魔法科の一年六組はサポートをお願いします」
ぼんやりと授業を受けていた華だが、その校内放送を聞いて、意識がはっきりする。周りの生徒たちはロッカーから防護服を取り出し、気怠そうに出動して行くが、華は制服のまま最後尾を歩いた。
「あれ、何でプロテクター装備してないの?」
火凛が声をかけてきた。
「必要ない。それに二年三組は、颯斗もいるだろ」
「あ、その名前出すんだ。いがーい」
華は特にコメントすることなく、現場へ向かった。
少し遅れて現場に到着して、華は驚くことになった。ノームドと一対一で神崎誠が戦っていたからだ。
「あれ。あの子、華の新しいカレシくんじゃないの?」
いつどこで誠の顔を確認したのか、火凛が言った。
「だから、そういうのじゃないって」
できるだけ、冷静に否定する。
誠のノームド対処の様子を見ていたが、まるでなっていなかった。それも仕方がない。彼は今まで勇者を目指す訓練を何一つ受けていなかったのだから。
「あの子、弱くない? 大丈夫?」
楽観的な性格の火凛が心配するほど、誠は何もできていない。華も今にでも飛び出して、自分がノームドの相手をしてしまおうか、と何度も前に出ようとする自分を制止した。
「あー、もう!」
と言いながら、一歩踏み出したとき、別の方向から何者かが乱入する。
ローブを着ている、ということは魔法科の一年か?
「あれ? カレシくん、一年生に助けられているよ? しかも親し気じゃん。急にライバル登場?」
からかう火凛は完全に無視。
しかし、確かに親し気に見える。
まだ転校して三日目なのに後輩の女と仲良くなるか?
もしかして、意外にすけこましなところがあるのか?
すると、横の火凛が小さく笑った。
「うわっ、怖い顔。あんた、思ったより嫉妬深いだねー」
「何が?」
と怒り口調で返事したことに気付き、表情を整える。
結局、ノームドは岩豪鉄次が対処した。鉄次が何やらこちらに向かって叫んでいるが、華は耳に入れないようにした。
「なんか、モテるって大変だね」
と流石の火凛も同情している。
「もう良い。帰ろう」
一瞬、誠がこちらを見た気がしたが、溜め息を吐いて華はスクールの方へ足を向けた。
「貴方の新恋人、大した実力のようですね!」
スクールまであと少し、というところ、民家の塀の上にジュリアが立っていた。
「な、なにをしてるんだ」
「だから、貴方の新恋人の実力を見に来たのです。しかし、なんですか、あれ」
「お、降りろよ。恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしくありません。私はいつだって威風堂々。なぜなら、胸を張れるような選択しかしませんから」
しかし、幼い子供とその母親が通りかかり――。
「忍者だ! 忍者のお姉ちゃんがいるー!」
「しっ! 見ないの!」
親子が通り過ぎると、ジュリアはすぐに塀から飛んで、ふわりと着地した。
「綿谷さん!」
とジュリアは華に指を突き付ける。
「貴方、あの新恋人と練習しているそうですね。弱い人と練習していては、貴方もそのレベルに落ちてしまいますよ」
一体、どこからそんな情報を仕入れているのか。とんでもない女だ……。
「あの程度の男と練習しているとしたら、それは遊んでいるのと同じ。正直言って、私は屈辱的な思いです。貴方に、遊んでいても勝てる相手だ、と思われているのですから」
「あ、あいつはそこまで弱くねぇーよ」
「あら。今の戦いを見てそう言うのだとしたら、恋は盲目ってやつです。貴方がそんな状態では、次の暫定勇者決定戦は私の勝ちで決まりですね。弱い相手を倒して暫定勇者の地位を獲得するのは残念なことですが」
ジュリアは溜め息を吐く。
「ええ、綿谷さんがこの調子では、仕方のないことです」
立ち去るジュリアの背を睨み、華は拳を握りしめた。
「なんであいつは無駄に絡んでくるんだ。本当に面倒なやつだな」
「華のことが心配なんだよ、ジュリアちゃんは」
横で火凛がのんびりした口調で言う。心配される筋合いはない、と思う華だったが、
火凛が言わんとしていることが分からないわけではなかった。
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