表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/347

【否定しろよな?】

レフェリーが「二人とも中央に」と言って僕と岩豪をケージの中央に呼び寄せた。僕と岩豪が並ぶと、進行役の先生が言った。


「判定の結果をお伝えします」


会場が静まり返る。

誰もが発表される結果に耳を傾けているようだった。


そんな空気の中、僕は自分の心臓の音を聞いていた。このまま、心臓が爆発してしまうんじゃないか、というほど、大きい音を立てている。


進行役の先生が手元にある紙切れに目を落とし、マイクを使ってそれを読み上げる。


「ジャッジA……」


ついに結果が発表される。

五人のうち、まずは一人目。


「赤、岩豪」


わっと歓声が上がった。


マジかよ。

最初から岩豪に一票ってことは、負ける流れなんじゃないか?


歓声が消えて、再び静寂が訪れる。


「ジャッジB……青、神崎!」


またも歓声が。

判定結果が読み上げられてから、僕は呼吸を忘れていたが、そこで初めて息を吸い込んだ。


「ジャッジC……」


長い沈黙。

めちゃくちゃ心臓に悪いぞ、これ。


「赤、岩豪!」


二対一。

あと一票、岩豪に入ったら終わりじゃないか。マジでやばいぞ……。


「ジャッジD!」


僕の覚悟が決まる前に、結果が読み上げられる。


「……青、神崎!」


会場が揺れる。

僕の頭の中もめちゃくちゃ揺れていた。


「ジャッジE!」


会場の所々で「赤!」「青!」という声が聞こえてきた。聞こえてくる声は、半々であるような気がするけど、誰が見ても拮抗した戦いだったってことか。


そして、最後の結果が告げられる。


「青、神崎! よって勝者、神崎誠!」


大歓声の中、僕は膝から崩れ落ちた。


それが喜びなのか、安心なのか、ただの疲労なのか。もう分からなかったが、顔を上げることすらできなかった。


だが、そんな僕の肩を持って、ぐっと引き上げる力があった。岩豪だった。


「勝ったんだ。皆に顔を見せてやれ」


レフェリーが僕の手を取り、高々と上げた。しばらく、僕の名を呼ぶ声が止まらなかった。そんな中、岩豪が僕の肩を叩く。


「完敗だ。強かったよ」


「いや、岩豪くんの方こそ、めちゃくちゃ強くて、僕……」


「勝者が泣くな。俺の方が泣きたい」


岩豪はそう言って、ニッと笑うと、僕に背を向けてしまった。俯く岩豪の頭に、彼のセコンドがタオルをかける。岩豪はタオルで表情を隠したまま、ケージを出て、会場を後にした。


あと一歩、何かが違っていたら、僕もあんな風に会場を去っていたのだろう。そう思うと、体中に寒気が走り抜けた。


「よくやったぞ、誠!」


セレッソが僕の背中をバシバシッと叩く。


「この後、マイクを渡されるだろうから、皇颯斗に対戦要求するんだぞ。最後に必ず、逃げるな、と言うんだ。わかったな?」


「ちょ、え? どういうこと?」


彼女が何を言っているのか理解する前に、進行役の先生が僕の方に近付いてきた。


「神崎くん、勝利おめでとう。今の気持ちは?」


「え? あ……えっとですね、めちゃくちゃ疲れました。死にそうです」


会場から笑い声が。また変なことを言ってしまったのだろうか。


「神崎くんは、三年生の綿谷さんの推薦ということですが、彼女の期待に応えられたと思う?」


「あ、後で本人に聞いてみます」


めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……。って言うか、いつ対戦要求すればいいんだ?


「じゃあ、最後に今後の目標は?」


こ、このタイミングか……とセレッソの方を見ると、彼女は目を輝かせ、大きく頷いていた。


「えーっと、皇颯斗、くん。次、戦いたいです。に、逃げないでください」


しどろもどろではあるが、

会場は沸いていたので、たぶん正解だったのだと思う。




歓声を浴びながら会場を去り、控室に戻った。すると、安心感の波に呑まれるように、全身の力が抜けてその場に倒れ込んだ。


「もう駄目だ。死ぬかと思った。もう百回くらい死んだと思った」


仰向けの状態で一人呟く。もう本当に指一本動かないんじゃないか、というくらいの疲労感だった。


「最高のデビュー戦だったじゃん」


そんな僕の顔を覗き込むのはハナちゃんだった。


「何とか勝ったよ」

「みたいだな。次は私の番だ。ちゃんと応援しろよ」


それだけ言い残して、

彼女は控室を出て行ってしまった。


大丈夫。

どんな人が相手なのか知らないけれど、ハナちゃんなら絶対に勝つだろう。


もうデートは決まったようなものじゃないか。デートが実現したら……と考えていると、めちゃくちゃ疲れているはずなのに、思わず口元が緩んでしまった。




「おい、誠。皇颯斗がインタビューを受けているぞ」


セレッソの声。

僕は何とか視線だけを動かして、壁にかけられているモニターを見た。


「お、誠についてコメントするみたいだな」


セレッソの言う通り、複数のマイクを向けられた皇は「神崎誠の試合を見てどう思うか」という質問を投げかけられていた。彼はいつも通りの無表情で答える。


「普通ですね。ありふれた、どこにでもいる勇者候補でしかありません」


「しかし、皇くんを一度破った岩豪くんを倒しました。警戒すべき点があるのでは?」


「全くありません。実際に戦ったら、一ラウンドで僕がノックアウトするでしょう」


言ってくれるじゃないか。これだけ多くの人の前で、そう言い切るなんて、とんでもない自信家なんだな、本当に。


「すみません、もう一つ質問です」


記者らしい女性が立ち去ろうとする皇を引き止めた。


「女子の暫定勇者である綿谷華さんと交際している、という噂は本当ですか?」


「……え?」


間抜けな声は、僕のものだ。


そ、そんなわけないよな。

否定するだろ、皇よ。


お前は確かにイケメンだが、ハナちゃんと親しかった瞬間、一度もないだろう。


僕の方が絶対的にハナちゃんと距離が近いんだから、否定しろよ。瞬間的に否定しろよな。だいたい、お前はそれだけツラもいいんだし、色々と持っているものがあるだろう。


それなのに、僕からハナちゃんを奪うなよ。ぞれは絶対に許されないことだからな!


しかし、皇は数秒の間、無言で記者を見つめた後、否定することなく、逃げるようにその場を立ち去るのだった。


「なんだ、否定しなかったな」


セレッソは煎餅を手にしながらモニターを見ていたが、僕の方を見て問いかけてきた。


「否定しないってことは、やっぱりそういうことか。おい、誠。何か知っているのか?」


僕は震える声で答えた。


「し、知らねぇよ」


天国から地獄に突き落とされた。そんな気分だ。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


もし、まだブックマーク登録をお済でない方は「ブックマークに追加」のボタンを押していただけると嬉しいです。


他にも下の方にある☆☆☆☆☆のボタンによる応援、感想を投稿いただけると、モチベーションアップにつながります。


「面白かった」「続きが気になる」と思ったら、ぜひよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ