【否定しろよな?】
レフェリーが「二人とも中央に」と言って僕と岩豪をケージの中央に呼び寄せた。僕と岩豪が並ぶと、進行役の先生が言った。
「判定の結果をお伝えします」
会場が静まり返る。
誰もが発表される結果に耳を傾けているようだった。
そんな空気の中、僕は自分の心臓の音を聞いていた。このまま、心臓が爆発してしまうんじゃないか、というほど、大きい音を立てている。
進行役の先生が手元にある紙切れに目を落とし、マイクを使ってそれを読み上げる。
「ジャッジA……」
ついに結果が発表される。
五人のうち、まずは一人目。
「赤、岩豪」
わっと歓声が上がった。
マジかよ。
最初から岩豪に一票ってことは、負ける流れなんじゃないか?
歓声が消えて、再び静寂が訪れる。
「ジャッジB……青、神崎!」
またも歓声が。
判定結果が読み上げられてから、僕は呼吸を忘れていたが、そこで初めて息を吸い込んだ。
「ジャッジC……」
長い沈黙。
めちゃくちゃ心臓に悪いぞ、これ。
「赤、岩豪!」
二対一。
あと一票、岩豪に入ったら終わりじゃないか。マジでやばいぞ……。
「ジャッジD!」
僕の覚悟が決まる前に、結果が読み上げられる。
「……青、神崎!」
会場が揺れる。
僕の頭の中もめちゃくちゃ揺れていた。
「ジャッジE!」
会場の所々で「赤!」「青!」という声が聞こえてきた。聞こえてくる声は、半々であるような気がするけど、誰が見ても拮抗した戦いだったってことか。
そして、最後の結果が告げられる。
「青、神崎! よって勝者、神崎誠!」
大歓声の中、僕は膝から崩れ落ちた。
それが喜びなのか、安心なのか、ただの疲労なのか。もう分からなかったが、顔を上げることすらできなかった。
だが、そんな僕の肩を持って、ぐっと引き上げる力があった。岩豪だった。
「勝ったんだ。皆に顔を見せてやれ」
レフェリーが僕の手を取り、高々と上げた。しばらく、僕の名を呼ぶ声が止まらなかった。そんな中、岩豪が僕の肩を叩く。
「完敗だ。強かったよ」
「いや、岩豪くんの方こそ、めちゃくちゃ強くて、僕……」
「勝者が泣くな。俺の方が泣きたい」
岩豪はそう言って、ニッと笑うと、僕に背を向けてしまった。俯く岩豪の頭に、彼のセコンドがタオルをかける。岩豪はタオルで表情を隠したまま、ケージを出て、会場を後にした。
あと一歩、何かが違っていたら、僕もあんな風に会場を去っていたのだろう。そう思うと、体中に寒気が走り抜けた。
「よくやったぞ、誠!」
セレッソが僕の背中をバシバシッと叩く。
「この後、マイクを渡されるだろうから、皇颯斗に対戦要求するんだぞ。最後に必ず、逃げるな、と言うんだ。わかったな?」
「ちょ、え? どういうこと?」
彼女が何を言っているのか理解する前に、進行役の先生が僕の方に近付いてきた。
「神崎くん、勝利おめでとう。今の気持ちは?」
「え? あ……えっとですね、めちゃくちゃ疲れました。死にそうです」
会場から笑い声が。また変なことを言ってしまったのだろうか。
「神崎くんは、三年生の綿谷さんの推薦ということですが、彼女の期待に応えられたと思う?」
「あ、後で本人に聞いてみます」
めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……。って言うか、いつ対戦要求すればいいんだ?
「じゃあ、最後に今後の目標は?」
こ、このタイミングか……とセレッソの方を見ると、彼女は目を輝かせ、大きく頷いていた。
「えーっと、皇颯斗、くん。次、戦いたいです。に、逃げないでください」
しどろもどろではあるが、
会場は沸いていたので、たぶん正解だったのだと思う。
歓声を浴びながら会場を去り、控室に戻った。すると、安心感の波に呑まれるように、全身の力が抜けてその場に倒れ込んだ。
「もう駄目だ。死ぬかと思った。もう百回くらい死んだと思った」
仰向けの状態で一人呟く。もう本当に指一本動かないんじゃないか、というくらいの疲労感だった。
「最高のデビュー戦だったじゃん」
そんな僕の顔を覗き込むのはハナちゃんだった。
「何とか勝ったよ」
「みたいだな。次は私の番だ。ちゃんと応援しろよ」
それだけ言い残して、
彼女は控室を出て行ってしまった。
大丈夫。
どんな人が相手なのか知らないけれど、ハナちゃんなら絶対に勝つだろう。
もうデートは決まったようなものじゃないか。デートが実現したら……と考えていると、めちゃくちゃ疲れているはずなのに、思わず口元が緩んでしまった。
「おい、誠。皇颯斗がインタビューを受けているぞ」
セレッソの声。
僕は何とか視線だけを動かして、壁にかけられているモニターを見た。
「お、誠についてコメントするみたいだな」
セレッソの言う通り、複数のマイクを向けられた皇は「神崎誠の試合を見てどう思うか」という質問を投げかけられていた。彼はいつも通りの無表情で答える。
「普通ですね。ありふれた、どこにでもいる勇者候補でしかありません」
「しかし、皇くんを一度破った岩豪くんを倒しました。警戒すべき点があるのでは?」
「全くありません。実際に戦ったら、一ラウンドで僕がノックアウトするでしょう」
言ってくれるじゃないか。これだけ多くの人の前で、そう言い切るなんて、とんでもない自信家なんだな、本当に。
「すみません、もう一つ質問です」
記者らしい女性が立ち去ろうとする皇を引き止めた。
「女子の暫定勇者である綿谷華さんと交際している、という噂は本当ですか?」
「……え?」
間抜けな声は、僕のものだ。
そ、そんなわけないよな。
否定するだろ、皇よ。
お前は確かにイケメンだが、ハナちゃんと親しかった瞬間、一度もないだろう。
僕の方が絶対的にハナちゃんと距離が近いんだから、否定しろよ。瞬間的に否定しろよな。だいたい、お前はそれだけツラもいいんだし、色々と持っているものがあるだろう。
それなのに、僕からハナちゃんを奪うなよ。ぞれは絶対に許されないことだからな!
しかし、皇は数秒の間、無言で記者を見つめた後、否定することなく、逃げるようにその場を立ち去るのだった。
「なんだ、否定しなかったな」
セレッソは煎餅を手にしながらモニターを見ていたが、僕の方を見て問いかけてきた。
「否定しないってことは、やっぱりそういうことか。おい、誠。何か知っているのか?」
僕は震える声で答えた。
「し、知らねぇよ」
天国から地獄に突き落とされた。そんな気分だ。
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