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◆ 強さと価値②

年が明けて二月。

父が再び戦場へ向かうことが決まった。


夜中、寝たふりをする岩豪は、別室から漏れてくる父と母の会話を聞いていた。


「本当に貴方が行く必要あるんですか? イロモアには新型の強化兵がきているって話ですよ。それに、魔王が直接くるという噂もあります。絶対に危ないですよ」


「危ないかどうかで言えば、今までだって危なかった。変わらないさ」


「でも、ニュースでも言ってました。アッシアの動きがこれまでと違うって。もしかしたら、ここ数年ではなかったような大きい戦いになるかもしれないとか」


数秒の沈黙。

母のすすり泣く音が聞こえ始めた。


「すまない。確かに、今回はこれまでより危険な戦いになることは間違いない。だが、だからこそ、勇気ある戦士たちが集う必要がある」


「貴方一人くらい、いなくたってなんとかなるんでしょう? オクトの勇者が強いって言うなら、その人たちに任せればいいじゃないですか」


すがるような母の声。

再び沈黙が流れた後、父は言った。


「そうだな。俺が行かなくても、変わらないのかもしれない」

「だったら――」


「しかし、俺は行きたいと思っている。鉄次に示してやりたいんだ。どんなに弱小な存在だったとしても、立ち向かって喰らい付いていくことが大事なんだと。そうすれば、自らの価値を認めてもらえる。あの子には、まだわからないことかもしれない。それでも、きっと理解してくれる日が来ると信じている」


岩豪は布団に潜り込んで考える。


何を都合のいいことを言っているんだ、この男は。自分の弱さを認めるようなことを言って、情けなくないのか。


母が声を出して泣き出す音がわずかに聞こえてくる。それから、岩豪が眠りに付くまで、二人の会話は聞こえてこなかった。




見送りの日、オクト駅には多くの戦士とその家族たちが集まっていた。笑顔で戦士を送り出す家族もいれば、泣きながら送り出すものもいる。


しかし、恐らく岩豪だけが怒りを抱いて、戦場へ向かう父を見ていた。


「じゃあ、気を付けて。ちゃんと帰ってきてくださいね」


母の言葉に頷く父。

彼は仏頂面のまま黙っていた岩豪の頭に手を乗せた。


が、岩豪はそれを払い除け、母に叱られる。


「いいんだ」


父は母を宥めてから岩豪の両肩に手を乗せた。


「父ちゃんな、今度は逃げないぞ。絶対に最後まで戦って、鉄次に父ちゃんは強いって言ってもらうんだ。だから、父ちゃんが帰ってくるまで、鉄次も頑張ってくれよな」


母は「危なくなったら、ちゃんと逃げて帰ってきてほしい」と言ったが、父は微笑むだけだった。


戦士たちを運ぶ特別列車に乗り込む父。他の戦士たちと並ぶと、父は小さく見えた。




それから、二カ月後。

四月八日、後に第一次オクト・アッシア戦争と呼ばれた戦いは、アッシア軍のイロモア撤退をもって終わるを告げる。


それから、一ヵ月経っても二カ月経っても、父は帰らなかった。




父が帰るまでは、取り敢えず頑張ってみよう。そう思いながら、鍛錬を再開した岩豪だったが、何をしても身が入らなかった。


そんなころ、岩豪は皇颯斗と出会う。


スクール小等部の中で、異次元の強さを誇る皇。誰からも認められ、多くの人が彼に憧れを抱いた。強さこそが価値。そんな父の言葉をまさに体現している。それが皇だった。


皇に寄ってくる人間は多かったが、彼は親しい人間を作らなかった。それでも、岩豪と彼は不思議と馬が合い、常に行動を共にするようになる。


子供ながら、皇に友情を感じ始めた頃、二人は綿谷華という年上の少女に出会った。


彼女も皇のように、美しさと強さを併せ持ち、多くの人間を惹き付けた。岩豪は特に彼女へ憧れを抱いた。恐らくだが、いつも無表情無感情な皇すら、口にはしなかったが、彼女に特別な憧れを抱いていたはずだ。


この二人に憧れた岩豪は、再び強さを求めるようになった。父の言葉を信じたわけではない。ただ、皇と華の隣に立てるような自分でありたかった。しかし、十歳になるまで何度も皇や華へ挑戦したが、一度も互角に渡り合えることはなかった。




岩豪と皇が中等部へ上がる頃、華が引っ越して二人の前から姿を消した。淡い憧れと目標を失い、岩豪の気持ちも少し変化が訪れる。


中等部に上がると、つい最近まで身長は変わらなかったはずなのに、皇を見下ろすようになった。それでも、皇には大きな差を付けられ、敗北する。何度やっても。どれだけ努力しても。


持って生まれたものの差。

そんな言葉を知った。


もしかしたら、父もこんな気持ちだったのだろうか。


父も勇者になれなかった男だ。

自分と同じ劣等感を抱いていたのかもしれない。父はこの気持ちを知っていたから、自分に強くなるよう助言し続けたのだ。


そんな風に思うと、涙が出てきた。


こんなことなら、父が戦場へ向かったとき、もっと別の言葉をかけるべきだった。


尊敬している。

帰ってきてほしい。

父のようになりたかった、と。


そんな言葉こそ、本心だったのに。




後悔を抱えながら、鍛錬に打ち込む日々。そんな暗い感情は彼の成長を停滞させた。このまま埋もれて行くのか。誰にも強さを認めてもらうことなく。


相変わらず、隣で成果を出し続ける皇を横目に、岩豪は限界を感じ始めていた。もうやめよう。そんな風に考え始めていたころ、クラムで練習中の岩豪のもとへ母親がやってきた。真っ青な顔で彼女は言う。


「鉄次、お父さんが……お父さんが見つかったって!」

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