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◆ 強さと価値①

「強くなければ男に価値はない。だから、とにかく強くなるんだぞ、鉄次」


幼少期の岩豪は、

男として強くなるよう、父に言われて育った。


「うん! 俺、頑張るよ……父ちゃん」


そんな岩豪の返事に父はいつも満足げに笑った。


岩豪はそれが嬉しくて、自分を鍛えた。

雨の日も風の日も、自分を鍛えた。

父が戦場に赴き、不在のときもひたすら。


戦場で活躍し、アッシアの強化兵を追い払う、父のように強くなるのだ。そんな願いを抱いていた。


しかし、岩豪はいわゆる天才肌ではなく、他者よりも強くなるには人一倍以上の努力が必要だった。くじけそうになった日は一度きりではない。挫折という壁にぶち当たり、泣きじゃくる度に、父に叱られた。


「鉄次、諦めるのか! だとしたらお前は弱い。強くない男には価値がないんだぞ。わかっているのか?」


父に無価値だと言われることが悔しくて、悲しくて、岩豪は何度も立ち上がり、格闘戦の大会に出てはその実力を示した。そんな父への憧れによって作られた不屈の闘志は、岩豪に「将来有望の可能性有り」という評価をもたらす。


「そうだ。強くなればお前は価値が上がる。これからも練習するんだぞ」


岩豪の記憶にある、嬉しかった父の言葉。これが最後だった。六歳のときのことである。




六歳になると、岩豪は勇者と言う存在を認識する。時折、ニュースで流れる戦争の話題。もしかしたら、父の活躍がピックアップされるのでは、という期待を抱いたが、一度もそんなことはなかった。ニュースが流す戦果は、どれも知らない勇者の名ばかり。


だから、岩豪は父に聞いた。


「ねぇ、父ちゃんも勇者なんだよね? だから、いつも戦争に行って戦って帰ってくるんだよね?」


しかし、父は見たこともない笑顔を見せて黙るだけだった。それは苦笑いというやつだが、このときの岩豪に、父の感情は理解できなかった。


「皇くんのお父さんって、勇者なんだよ。知ってた?」


ある日、いつものように子供を対象としたクラムへ通うと、同年代の女の子がそんなことを言ってきた。


「俺の父ちゃんも勇者だよ。よく戦争に行って帰ってくる」


岩豪がそう答えると、女の子は首を傾げる。


「岩豪くんのお父さん、名前なんて言うの?」


「鉄弘だよ。岩豪鉄弘。凄い強いんだぞ」


自慢げな岩豪に対し、女の子は困ったような表情を見せた。


「そうなんだ……。でも、私知らない」


それから数週間が経ち、岩豪は同じ女の子に声をかけられた。


「ねぇ、岩豪くんのお父さんって、勇者じゃなくて戦士でしょ?」


「……どういうこと?」


岩豪は女の子が言う意味をまったく理解していなかった。彼女は説明する。


「勇者は王様が認めた強い人がなれる、本当に凄い人のことだよ。でも、戦士は勇者になれなかった人たち。確かに強いけれど、勇者みたいにいっぱい活躍できる人じゃないんだよ」


だったら、父も勇者で間違いない。

岩豪は何も疑うことなく、そう思った。


「私のお父さん、オクト城で働いていて、勇者のメイボも管理しているんだって。でも、岩豪っていう名前の勇者はいないらしいよ。岩豪鉄弘っていう戦士ならいるってさ。だから、岩豪くんのお父さんは戦士だよ。勇者じゃないから、そこまで強くないと思うよ」


強くない。

女の子の残酷な言葉に、岩豪は固まった。


いや、父だけでなく自分自身も否定された気がして泣き出してしまった。女の子は何度も「ごめんねごめんね」と泣きながら謝り、大人たちも何があったのかと事情を聞こうとしたが、二人の子供の説明は曖昧で、誰も理解してくれることはなかった。




父が戦場から帰ったその日、岩豪は恐る恐る聞いた。


「父ちゃんは勇者じゃないの?」


父は背を向けたまま、振り向くことすらない。


「勇者じゃなくて戦士なんだよね? 父ちゃん、強くないんだろ……?」


泣き出す岩豪に、父はやはり何も言ってはくれなかった。




それから、父と会話することは殆どなくなり、岩豪も自身を鍛えることをやめてしまった。しかし、父の生死や活躍が気にならないことはない。


七歳になってから、岩豪はネットで戦場の情報を調べられると知り、父が不在のときは必死に彼の近況を追った。


06月04日 岩豪隊:撤退

07月01日 岩豪隊:撤退

08月26日 岩豪隊:撤退


なんだこれは、と岩豪は目を疑った。

父の名前の横に必ず書かれる撤退の文字。


それは、どれだけ過去に遡っても同じことだった。父の戦果は撤退の二字のみが記されているのだった。


撤退。

負けて逃げたということだ。


強くなければ男に価値はない、という父の言葉を頭の中で繰り返す。すると、これまでの苦しい鍛錬の記憶も頭の中を駆け巡った。


あれだけの苦しみは、すべて嘘だった。幼い岩豪はそんな結論に行き着く。


戦場から帰った父に岩豪は言った。


「どうせ、今回も逃げてきたんだろ?」


振り返った父と目が合う。


そのときの父の目は、これまで岩豪が見たことのないものだった。弱々しく、今にも涙を零してしまいそうな。


「やっぱりそうだ。父ちゃんは弱い。価値がないじゃないか」


岩豪はその場に座り込むと、溢れる涙を止められなかった。


「どうせ俺も強くなれない! 父ちゃんが弱いから、俺も強くなれないし、いらない人間なんだよ」


「……鉄次、すまん」


温かい父の手が岩豪の頭に。

いつもなら優しさと安心、勇気を与えてくれるその手だったが、この瞬間は怒りと憎悪しか湧かなかった。


「触るな!」


父の手を振り払い、岩豪は家を出た。走って父から逃げ出した。


なぜ謝るのだ。

弱いことを認めたことになるじゃないか。


どれだけ走っても、岩豪は逃げたいものから逃げられず、家に帰った。父の顔を見るのが嫌だったが、腹は減るので一緒に食卓に並ぶ。何も知らない母は言った。


「鉄次、お父さんが帰ってきてよかったね。本当によかった。もうお父さんが帰ってきてくれるだけで、私たちは幸せだね」


岩豪は思った。

何が幸せなのだ。この人は逃げてきただけ。俺たちは負け犬の一家なのだ。価値のない人間の集まりなんだ。


アッシアの兵がオクトから撤退する、半年ほど前のことだった。

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