【称賛】
早く行け。僕は自分を変えるために異世界にきたんじゃないか。
そう言い聞かせるが、僕は一歩も動くことはできない。だったら、何とかして戦わずに彼女が助かる方法はないのか、と視線を巡らすと、人だかりの声が聞こえてきた。
「何だよ、あいつ。やるのかやらないのか、はっきりしろよ」
「いや、無理でしょ。弱そうだし」
「何もできないなら、調子乗って前出るなよ」
どいつもこいつも他人事みたいに……。だったら、お前らがやってみろよ!
と心の中で叫んだが、同時にあの女の子と目が合ってしまった。やはり、僕が助けなければ……!!
「誠、今度はできる。信じろ」
背後から優しく背を押すように、女神の声が。
「ここまできたら、やるしかない。それに、お前なら大丈夫だ」
モンスターが僕の敵意を察知したのか、その大きな体をこちらへ向けた。改めて目の前にすると、強烈な圧迫感。少しでも触れられたら、粉々にされてしまいそうだ。
どうやって倒す?
あれだけの巨体と戦うのだから作戦を……。
しかし、モンスターがこちらへ駆け出してくる。その突進っぷりに、僕は再びパニックに陥ってしまいそうだった。
「初めて力を手に入れたときのこと思い出せ! あのときだって、お前は敵を圧倒したはずだ」
後ろから女神のアドバイスが。僕は女神に言われた通り、彼女と契約したばかりのことを思い出す。あのときは、確か……。そうだ、あのときもこんな感じだった。
真っ直ぐ向かってくる敵の動きをしっかりと視る。そして、自分がどう動くべきか、落ち着いてイメージした。
モンスターと僕の距離が、ほぼゼロになる。同時に巨大な腕を振り上げられ、真っ直ぐ僕の頭上へ落とした。
その瞬間、僕は必要最低限に体を横へ捻って、一撃をやり過ごしつつ、半歩踏み込んでから右の拳をモンスターの顎に目がけて突き上げた。
確かな手応え。モンスターの顎は跳ね上がるように、空へ向けられていた。これが効いたのか、モンスターの膝が折れ、僕の前に跪く。
それは、まるで降伏宣言のようにも見えたが……
モンスターは唸ったかと思うと、両腕を広げて再び襲い掛かってきた。
しかし、それも今の僕にとっては、スローモーションみたいに遅かった。僕は素早くモンスターの横手に回り、しっかりと腰を落としてから、がら空きの横っ腹へ正拳突きを放ってみせる。
拳が突き刺さる手応え。
数秒、世界が制止したような沈黙が流れた。モンスターの動きも完全に止まっている。
しかし、それは眠りに付くように、ゆっくりと地面に伏せると、空気が抜けるように巨体が萎んでいった。そして、もとのサラリーマンの青年の姿に戻ったのだった。
「で、できた…」と安心の息を吐く。
その瞬間、僕は歓声に包まれた。最初は、何事か理解できなかった。自分に向けられたものだ、ということも。しかし、周りを見てみると、誰もが僕に向かって笑顔を向け、何やら言葉を発している。
そして、それは元の世界にいたときと違って、好意的なものだということが、皆の表情から見て取れた。僕は今、皆に認められている。男も女も、子供も大人も、僕を見て称賛の声を上げているのだ。
「誠。警察が来る。一度、ここを離れるぞ!」
「え、でも……」
「早く!」
もう少しこの歓声を浴びていたかったが、女神が僕の手を掴んで騒ぎの中心から引っ張り出してしまった。それでも、歓声と称賛が僕の背に、惜しまれることなく、投げかけられていた。
「どうだ? ここが異世界だと信じる気になったか?」
十分ほど移動したところで、女神に問いかけられる。確かに、あんなモンスターが現れて、誰もが平然としたのだから、ここが異世界だと信じるほかないだろう。僕が頷くと、女神は質問を重ねた。
「お前は強いってことも、信じるな?」
「う、うん。強い、かもしれない……」
僕は自分の拳を見つめ、何度もあの瞬間を思い返してみた。確かな手応えと歓声。頭の中に再生すると、手が震えた。
「そうだ、強いんだ。あの場にいた誰もが、あのモンスターを恐れて何もできなかった。しかし、お前は立ち向かい、勝った。圧倒的な力の差で」
「圧倒的な……力の差」
僕はその言葉を繰り返し、噛み締める。何て言い響きなんだ。
「まさに、才能。無敵の勇者になるべくしてなる男だ、お前は」
「才能。無敵、か」
女神は、これ以上は言うまでもない、といった調子で頷いた。
「女神……」と僕は彼女を見る。
「なんだ?」
「そう言えば、お前に名前、聞いてなかった。何て言うんだ?」
女神は首を傾げる。
「女神って呼ぶのも変だろう。名前、ないのか?」
女神は名前を教えることに抵抗があるのか、暫く考えたが、小さい声で名乗った。
「セレッソ」
「セレッソか……」
その名を呟いた後、自分を鼓舞するような気持ちで、セレッソに言う。
「じゃあ、セレッソ。魔王退治、僕が引き受けてやる。そいつがどれだけ強いのか知らないが、なんとかしてやるぜ!」
意気揚々と宣言する僕だったが、この二十時間後、再び心が折れるのだった。
次回で一区切りとなりますので、もう1話だけでも見てもらえると嬉しいです。
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