【ストーカーではなく可愛い後輩】
今日もハナちゃんは早々とクラムへ行ってしまったので、また一人むなしくスクールから駅の方へ向かっていた。
すると、後方から誰かが駆けてくる音が聞こえたので、そっと左側に寄って道を譲った。が、その何者かは立ち止まったのか、僕を追い抜くことはない。
むしろ、距離感を保って真後ろを歩ているような……。
僕が少し早足になると向こうも早足に。
僕がゆっくり歩くと向こうもゆっくりに。
なにこれ。
跡をつけられているのか?
ぼ、僕をストーキングする人なんていないだろうし……。
だとすると暗殺者とか?
セレッソの敵かもしれない。
あいつ、敵多そうだもんな……。
「せ、先輩!」
意を決して振り返るべきか、と悩み始めたとき、その何者かが声を発した。
驚きのあまり肩をぶるっと震わせ、ゆっくりと振り向いてみると、そこには小柄な少女が。
「芹奈ちゃん!」
彼女はつやつやな黒髪ボブが特徴的な、魔法科一年生。猪原芹奈ちゃんだった。
「びっくりしたー。てっきり、セレッソの敵に殺されると思っちゃったよ!」
「セレッソの敵? あの、女神のセレッソ様ですか?」
「あ、いや、えっと……そんなことより、この前は助けてくれてありがとう。何か慌ただしい感じで、お礼も言えてなかったよね」
「い、いえ。私が勝手に余計なことをしただけで……。あの後も、先生に怒られちゃいました」
「そんなことないよ。芹奈ちゃんが助けてくれなかったら、たぶん僕死んでいたから。だから、本当にありがとう」
人の役に立てたことが嬉しいのか、
笑顔を見せる芹奈ちゃんだが、急にそわそわしたように、辺りを見回し始める。
「どうしたの?」
「あ、あの……先輩って、いつも綿谷先輩と一緒に帰ってますよね? 今日は一人なんですか?」
魔法科の一年生にまで、そんなことを知られているのか。
流石はハナちゃん。有名人だな。
「ハナちゃん、防衛戦が近いから早めに帰ってクラムで練習しているみたいなんだ。相手、めちゃくちゃ強いらしいよね」
「ハナちゃん……。そ、そうなんですか。あの、先輩はこれからどこに?」
「ん? アスーカサにあるクラムだよ。いつもそこで練習しているんだ」
「本当ですか? 私、アスーカサにちょうど用事があるんです。だから、その、もしよかったら……一緒に帰っても、いいですか?」
「いいけど……?」
なんだろう。
人懐っこい子だな。
一回くらいしか喋っていない僕と一緒に帰りたいだなんて。
駅まで何を話すと言うわけでもなく歩いた後、二人で電車に揺られる。何度か芹奈ちゃんの視線を感じて、彼女の方を見てみるが、すぐに顔を背けられてしまった。
たぶん、人見知りなのだろうが、これは気まずい時間だ。かと言って、僕も人見知りだし、会話のリードが得意ってわけじゃないから、どうしたらいいのか……。
「あの……私」
そろそろ電車がアスーカサに到着するだろうタイミングで、芹奈ちゃんが口を開いた。
「私もずっと先輩にお礼が言いたくて……。でも、いつも綿谷先輩と一緒にいるから、声がかけられなかったんです」
「お、お礼? 助けてもらったのは、僕だったと思うけど」
「覚えていないかもしれませんが、私たちアトラで一度会っているんです」
アトラ?
あの隕石の名前か。
あそこに行ったのは、僕がこの世界にきたときだけ。
……ってことは?
「あのときの運が悪い女の子!?」
電車の中だということを忘れ、大きな声を出してしまった。そのせいで、芹奈ちゃんも顔を真っ赤にしている。
「ご、ごめん。びっくりして」
電車がアスーカサに到着する。僕たちは電車を降りてから、アトラでの話を続けた。
「あのとき、もっとちゃんとお礼とかお返しをしたかったんですが、先輩はすぐにいなくなってしまって……。だから、スクールで見かけたとき、本当にびっくりしたんです。すぐにでもお礼を言いたかったのに、ずっと綿谷先輩といるから、その……」
「そっかー! まさか同じスクールの子なんて思いもしなかったよ」
僕は少しテンションが上がっていた。この世界で僕を知っている人が、突然現れたのである。
孤独を感じていたら、小学校の頃に仲良かったやつが声をかけてくれた、という感じだ。嬉しくないわけがない。
「あの今度、お礼させてもらえないでしょうか?」
「いやいや、この前助けてもらったんだし、十分だよ」
「もしかして、綿谷先輩に怒られますか?」
「ハナちゃんが? なんで?」
芹奈ちゃんは視線を落とすと、遠慮がちな表情で瞳を右へ左へと動かした。
「あ、あの」
俯いた芹奈ちゃんが再び口を開いた。
「あのですね、あのとき……私、先輩に会ったあの日、凄く落ち込んでいたんです。何をやっても駄目で、いつも怒られて、自分なんていない方がいいって。それくらい、自分が嫌になっていたんです」
そう言われてみると、あのときの芹奈ちゃんは、どこか心ここにあらず、といった様子だった気がする。
「でも、先輩が怖がりながらノームドに立ち向かう姿を見て、考え方が変わったんです。自分もちゃんと立って戦わないとダメだ、って。できないって思い込んで、何もしない方が馬鹿なんじゃないか、って。それで、あの……」
芹奈ちゃんは言いにくそうにモジモジと体を揺するが、俯いたまま言うのだった。
「先輩は本当に命の恩人なんです。先輩みたいな人が勇者になってくれたら、私みたいな人間も、もっと頑張れると思います。だから、次のランキング戦、絶対に勝ってください!」
僕が何かを言うよりも先に、芹奈ちゃんは「ぴゅーーーんっ!」と音を立てんばかりに、走り去ってしまった。
一人、クラムの方へ向かいながら考える。僕にだって戦う理由はある。負けられない理由だって。アスーカサのクラムに顔を出した三枝木さんは、僕を見ると満足したような笑顔を浮かべた。
「気持ちは固まったみたいですね。さぁ、練習を再開しましょう」
これから、地獄の日々が続く。でも、覚悟はできたつもりだ。
絶対に、勝ってみせる。そして、無敵の勇者になるんだ。
くたくたになって家に帰ると、ハナちゃんからメッセージが入っていた。
「明日は一緒に帰るぞ。他のやつと帰る約束とかするなよ」
どうしたんだろう。何かあったのかな?
次の日の放課後、ハナちゃんは言った。
「お前が鉄次に勝って、私が防衛戦に勝ったら……デートするから。約束、守ってやる」
僕は……いや、俺は絶対に勝つ。
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