◆私の完璧な世界③
夜、お母さんとお父さんにはコンビニへ行くと言って、私たちが昔よく遊んだ、廃病院に行った。三人で遊ぶときは、いつもここの屋上。セアラちゃんがいない、私たちだけの想い出。
「涼しい……」
古びたベンチに腰を下ろし、ぼんやりしていると、誰かが階段を昇ってくる音が聞こえた。修斗だ。直観的にそう思ったが……。
「あれ、カレンじゃん。まさか、お前も来てたなんてな」
やってきたのは、芳樹だった。
「何しているんだ? 悪いやつがきたらどうするんだよ」
「ちょっと考え事。悪いやつの一人や二人、魔法で対処します」
「ノームドだったらどうするんだよ……」
芳樹は呆れたように溜め息を吐いてから、シャドーボクシングを始めたので、私は黙ってそれを眺めた。
「見られているとやりにくい」
芳樹は苦笑いを浮かべる。
「芳樹はよく来るの?」
「ここに? うん、まぁ。昔から、行き詰った気になると、ここで練習している。カレンは?」
「久しぶりにきた」
「だよな。俺は頻繁に来ているけど、初めて見たし」
そこから、まだ無言で芳樹の練習を眺める時間が続いたが、やはり集中できなかったのか、彼は中断すると私の横に座った。
「もしかして……何かあった?」
私が突然こんなところにきたこと、表情が明らかに暗かったせいか、そんな風に勘ぐられてしまったらしい。
「何もない」
「何もないって顔じゃないだろ。お前が思っている以上に、お前は顔に出やすいタイプなんだからな」
そう言われて、私は思わず自分の頬に触れる。だが、その反射的な動作が、私の本心を芳樹に伝えてしまったようだ。彼は私を見て、仕方ないと言った様子で鼻を鳴らした。
「やっぱり……何かあったんだろ?」
しばらくは拗ねたように黙り込む私。言い逃れできない、かもしれない。もしかしたら、ここで話せば楽になるかも。だけど、素直にセアラちゃんに修斗を取られる気がして怖いなんて言ったら、さすがの芳樹も、私も性格の悪い女だと思うだろう。それは少し怖かった。
「最近さ……ちょっと怖いんだよね」
「何が?」
「高等部に入るまでは、三人ずっと一緒でさ、楽しいことも、悲しいことも、なんでも分かち合えて、凄く理想的な生活を送っていたんだって、最近気づいたんだ」
核心的な部分は避け、だけど自分の気持ちはできるだけ正確に話した。だが、芳樹はどこか不満げに言う。
「今だってそうじゃないか」
やっぱり、芳樹にはそう見えているのか。きっと、セアラちゃんが加わったことで、さらに日常が楽しくなったとすら思っているのかもしれない。
「……そうかな。何となくだけど、そういう私の細やかな幸福が、いま少しずつ壊れて行っている気がする」
修斗はどう思っているんだろう。セアラちゃんが現れて、今の私たちの関係を。それを考えると、涙が零れ出てしまった。暗いから、気付かれないはず。でも、少しだけ気付いてほしい。そんな反する思考がぐるぐると頭の中を回ると、余計に涙が出て、止まらなかった。すると、温かい感触が私を包む。
「壊れない。お前の幸せは、壊れないよ」
芳樹が私の肩に腕を回し、そっと抱き寄せてきた。びっくりした。びっくりしたけど、その温かさは心地のいいものだった。
「本当に……?」
「少なくとも俺は、傍にいる。お前に嫌がられても、ずっと傍にいるから」
芳樹は本当にお兄ちゃんみたいな人だ。昔から、私が泣きそうになると、こうやって頭を撫でてくれる。
「何年経っても、そうだと良いな……」
修斗もそう思ってくれれば……。私は想い出に包まれながら、そう女神様に願った。でも、女神様は簡単に私の願いを受け入れてはくれない。それからも、セアラちゃんは修斗と芳樹に親し気な付き合いを続け、少しずつ距離を縮めているみたいだった。
そして、私たちは三年生になる。修斗の戦績は相変わらずだったが、芳樹は暫定勇者となり、後一度か二度の防衛で、勇者の資格を得るだろうと噂されるのだった。
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