◆私の完璧な世界②
二年生になっても、私の世界は緩やかに壊れ続け、修復の余地を見い出せずにいた。
「いや、今年の一年は強いなぁ」
ある日のランキング戦を見ながら、芳樹が苦笑いを浮かべた。
「あいつ、凄いキック持っているぞ。下手したら、次の修斗の相手はあいつじゃないか?」
芳樹に言われ、修斗は目を凝らし、体育館の中央に設置されたケージの中を見る。その真剣な横顔は、私が好きな彼の表情の一つで、思わず横から見つめてしまったほどだ。でも、修斗は何かに気付いたのか、少しだけ目を大きくした。
「……彼って、僕らと同じ中等部の男子じゃないか?」
「え? どの子?」
「ほら、ケージの中央で、今手を上げているの」
私に体を寄せながら、ケージの方を指差す修斗に、胸をドキドキと音を立てながら、その方向を見ると……。
「あれ、知っている子だ」
「カレンの知り合い?」
「うーん」
私は曖昧に返事をする。知り合い、というか……中等部だったころ、私は彼に告白されたことがあった。好きです。付き合ってください、と。なんだか初々しくて可愛いとは思ったものの、私はもちろん修斗が好きだったので、断ってしまったのだ。
「あ、こっち見た」
芳樹が言う通り、彼がこちらを見た。目が合った、と思う。もう一年以上前の話だし、何もないだろうけど……。
「マジであの一年強かったなぁ……」
それから一ヶ月後、後輩の彼と修斗が対戦した。
「うん。噂通り、鋭いキックだった」
修斗は肩を落とす。後輩の彼に……負けてしまったのだ。
「で、でも――」
「大丈夫!」
慰めようと言葉を探していたら、セアラちゃんに割って入られてしまった。
「修斗くんなら、ちょっと練習すれば追い越せる! 私は信じているよ」
そう言って、修斗の肩を叩いた。
「ありがとう、セアラちゃん」
修斗は悲し気に微笑むが……私は修斗に頑張ってほしいとは思えなかった。強くなくても、彼は温かい心の持ち主なのだから。変に張り合わなくて良い。そのままでいて欲しかった。それなのに、次の日から修斗は激しく練習した。一心不乱。がむしゃらに。
セアラちゃんに応援されたことがそんなに嬉しかったのかな。私はそんな風に考える自分が嫌だった。
「よっしゃー! 仇は取ったぞ!!」
さらに一ヶ月後。芳樹がランキング戦で後輩の彼と戦い、見事に打ち破った。ケージで両手を上げ、私たちにアピールする芳樹に、思いっきり拍手を送ったが、泣きながら体育館を去る後輩の彼が少し可哀想だった。
「芳樹くん、最強ーーー!!」
セアラちゃんの掛け声に隠れ、後輩の女の子たちの声が聞こえてきた。
「伊田くん、可哀想。負けたくなかっただろうねぇ」
「なんでなんで??」
「知らないの? 伊田くん、セアラ先輩に告白したけど、フラれたんだよ」
「あー、なるほどぉ。セアラ先輩って、いっつも藤原先輩と佐山先輩にくっついているもんね」
それを聞いて、私は複雑な気持ちを抱く。別に、後輩の彼が私以外の女の子を好きになったことでは、もちろんない。ただ、セアラちゃんだったことが、怖かった。
やっぱり、セアラちゃんは壊してしまうのだ。何も意識することなく、蟻を踏み潰してしまうみたいに、私の世界を壊してしまえる人間なのだ。
「ねぇねぇ、カレンちゃん」
そんな恐怖を私が抱いているとも知らず、二人だけで歩いているとき、セラちゃんがこんなことを聞いてきた。
「カレンちゃんは、芳樹くんと修斗くんの幼馴染だけどさ、もしかして……二人のどっちかを好き?」
「……えっ?」
いつかは聞いてくるかもしれない。そんな風に身構えてはいたが、いざ聞かれてしまうと、私の恐怖心はより濃くなる。だって、彼女は私の気持ちを確かめてから、場合によっては動き出そうとしているのだから。
「私、そういうの分からないから」
「分からないって、誰かを好きになるってことが?」
「……うん」
「本当?」
「だから、あまり好きじゃないんだ。こういう話が」
「……そっか。ごめんね」
そう言ってセアラちゃんは申し訳なさそうに微笑んだ。
可愛い。セアラちゃんは可愛い。
だから壊す。私の世界を踏み躙る。
私が立っている場所なんて、歯牙にもかけず、踏み潰してしまうのだ。
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