◆私の完璧な世界①
その白い肌に見惚れたのは、今でも忘れない。夏の暑い日、教室の窓際の席に座る彼が、強い日差しの中、微睡みに目を閉じて、顎を揺らしていたときのこと。
「カレン、何をぼーっとしているんだ?」
不意に後ろから声をかけられ、必要以上に肩を震わせてしまい、恥ずかしかったこともよく覚えている。
「何驚いてるんだよ。気を抜きすぎだろ」
「芳樹が急に声かけるから!」
恥ずかしさを紛らわすために、怒ったふりをしたが、教室の中の誰かは、私の気持ちに気付いていたのではないか、と思うと心臓が強く音を立ててしまう。
「変なの……」
芳樹は笑顔を見せて、私の横を通り過ぎて窓際に向かう。
「おい、修斗。まだ眠いのか? もう昼前だぞ」
「……あっ。うん、次の授業も寝るつもり」
「馬鹿。次は格闘戦の授業だから、寝てる暇なんてないんだよ。体育館に行くぞ」
芳樹に言われ、彼が席から立つと、日差しがその白い肌に反射して眩しかった。そして、私に気付いた彼が微笑む。
「あ、カレン。おはよう」
「うん。おはよう」
「二人とも……おはようって時間じゃないって」
笑いながら、二人は教室を出て行ってしまう。私はそんな彼の背中を見つめ……子どものころから、ずっと彼が好きだったのだ、と初めて恋心を知るのだった。
佐山修斗。私の初恋の相手。白くて細い体は、とても勇者を目指しているとは思えないけれど、戦績はそれなり。黒い眼鏡とつぶらな瞳は地味な印象を与えるかもしれないけれど、彼に微笑みを見ると、いつも陽だまりの中にいるみたいに、温かかった。
藤原芳樹。修斗の親友。成績優秀、スポーツ万能、リーダーシップも人一倍。誰からも一目置かれ、どこに行っても目立つところは、地味な修斗とは正反対。だけど、私のことを構ってくれて、いつも頼りになるお兄ちゃんみたいな人だ。
私たちは幼いころから、三人一緒。高等部に入っても、同じアミレーンスクールで、クラスは違っても一緒に行動していた。楽しさも、悲しみも、喜びも、私たち三人なら何であろうと分かち合える。幼いころから、私の世界は安全で幸福なものとして完成していたのだ。だから、スクールを卒業しても、こんな日々は続くのだろう。漠然とそんな風に思っていた。
だけど、環境が変われば、関わる人間も違ってくる。そしたら、私たちの関係も他人の影響を受け始めるのだった。
「貴方が向井カレンさん?」
高等部に入って、早々に声をかけてきたのは、篠崎セアラ。彼女は私と同じ神学科で、今まで見たことのないような、華やかな女の子だった。
「修斗くんと芳樹くんから聞いたよ。幼馴染なんだってね」
「え? あっ……うん」
このときの動揺は、初めて実戦に出たときよりも、恐ろしい予感があった。だって、この子の微笑みは、同じ女である私ですら、胸が痛くなるような、美しさに対する原始的な憧れを刺激する何かがあったのだから。こんな笑顔を向けられたら、修斗はどうなってしまうのだろう。そんな不安を植え付けられる瞬間でもあった。
それから、気付くとセアラちゃんが私たちの中にいた。修斗にも、芳樹にも、彼女は微笑みかける。あの特別な笑顔で。
「ねぇ……芳樹はセアラちゃんのこと、どう思っているの?」
ある日、芳樹に聞いてみた。本当は修斗に聞きたかったけど、答えが怖かったから。まずは芳樹に気持ちを聞いて、修斗がどう思っているのか、ついでにそれとなく探ってみよう。そんな臆病な考えがあったのだ。
「セアラちゃん? うーん……」
そんな私の矮小な心を知らず、芳樹はいつもの人の良さそうな、笑顔で言った。
「良い子じゃない? あの人見知りな修斗が気兼ねなく話せているんだ。その辺にはいないような、良い子なんだろ」
「そう、なんだ……」
知らなかった。修斗がそこまで心を許しているなんて。それを聞いてしまってから、余計にセアラちゃんの笑顔が気になってしまった。そして、彼女の微笑みに温かい微笑みを返す修斗のことも。そうだ、私は気付いていなかった。修斗の微笑みは、私だけのものだったことを。今までは、他の女の子に対して、修斗はあんな風に笑ったことがなかった。だから、私は修斗に微笑んでもらうことが、凄く特別なものだと思えていたのに。
このままだと、私の完璧な世界が壊される。たった一人の、突然現れた女に。
だけど、臆病な私には何もできない。そう思っていた。
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