【他人を蹴落として得る夢】
放課後、ハナちゃんには「遅くなりそうだから先に帰っていてくれ」とメッセージを入れ、皇が待つであろう体育館裏へ向かった。
体育館の裏に呼び出される、
というありそうでない体験が、美少女でもなく不良でもなく、
まさか超イケメンによるものだとは、思いもしなかったが……。
もしかしたら、からかわれているだけで、誰も待っていないのでは、
と途中で思ったのだが、皇は確かに体育館裏で待っていた。そして、無表情な瞳で僕を迎えた。
「こ、こんなところに呼び出して、どういつもりだ? っていうか、あの手紙は何だよ」
正直、びびってはいるが、
聞かずにはいられなかった。
が、皇は首を傾げる。
「何かおかしかった?」
「女子が書くような手紙だったじゃないか。嫌がらせのつもりか?」
「……前、鉄次に教わった書き方だったんだけど、間違っているの?」
「それ、岩豪の嫌がらせだよ、たぶん」
異世界の常識について、
確かなことは言えないけど、たぶんそうだ。それにしても、岩豪のやつ顔に似合わず陰湿なやつだな。
「で、話って何?」
早く終われば、ハナちゃんに追いつけるかもしれない、
と話しを促すが、皇の冷たい視線を向けられると、委縮してしまう。
「単刀直入に言うよ。君、勇者科をやめた方がいい」
「……え?」
冗談とか、嫌がらせってわけじゃなさそうだ。
皇の目は、何て言うか真剣そのものである。
「な、なんでお前にそんなこと、言われなきゃいけないんだ」
いくらイケメンで将来有望な暫定勇者様でも、頭ごなしに否定できるものじゃないだろう。しかし、皇は自分にその権利があると確信しているかのように言い放つ。
「君は勇者に向いていないだろう。と言うより、勇者を目指しているようには見えない」
「そ、それは」
その通りである。
僕は別に勇者を目指しているわけじゃない。
セレッソに言われるがまま、戦っているだけだ。
「分かっていないと思うけど、君のせいで僕たちのモチベーションがかき乱されているんだ。特に華先輩は」
「……ハナちゃんが?」
意外なところで、
ハナちゃんの名前が出てきたので、僕が首を傾げると、皇は冷たい瞳に敵意を混ぜたような気がした。
「華先輩は三回目の防衛戦が迫っている。相手はジュリア先輩だし、油断はできないどころか、華先輩の方が不利だと言う声も大きい。だから、華先輩は自分のことに集中すべきだ。そもそも、暫定勇者まで上り詰めるようなランカーと戦うなら、生活のすべてを注ぎ込んで、自らの強さを研ぎ澄ませる必要がある。だけど、今の華先輩は君せいでそれができていない。君のせいで、華先輩は夢を叶えられないかもしれないんだ」
「そ、そ、そんなこと……」
知らなかった。
ハナちゃんがそんな状況に置かれているなんて。
「岩豪だって、そうだ。あいつは死んだ親父さんとの約束で勇者を目指している。まぁ、それは僕がいる限り叶わない夢なんだけど、そのときはそのときで、彼は納得するだろう。だって、相手は僕なんだから」
「お前には人を蹴落として夢を叶える資格があって、僕にはないと言いたいのか?」
これだけの上から目線。いくらイケメンでもエリートでも、そこまで言い切れるわけがないはずだ。
しかし、皇は言う。
「当たり前じゃないか」
い、言い切るんだな。
「だって、君は背負っているものがない。戦う理由がない。僕たちは人生を賭けているし、負けられない理由がある。でも、君はそんなもの、何一つないだろう。ただ、僕たちの邪魔をしているだけだ。人の人生を台無しにしようとしている。そんな資格が君にあると思うか? そこまでして戦う理由があるのかい?」
皇が何を思って、
そんなことを言うのか、僕には分からない。
しかし、その鋭い瞳の中には、彼が背負ってきたもの、目指すべきものが、浮かび上がるようだった。
「答えられないなら、勇者科をやめて欲しい。華先輩の前から消えてくれ」
「ぼ、僕だって……」
しかし、何も言葉が出てこなかった。たぶん、皇の言うことが正しいからだ。
「それじゃあ、僕は行くから」
言いたいこと言いたいだけ言って、皇は立ち去って行った。
だったら、お前は何を背負っているんだよ。それくらい、聞けばよかった。
ここは実力だけがものを言う世界だ。
誰かが勝てば、誰かが負ける。
僕が岩豪に勝ったら、
岩豪はお父さんとの約束を守れず、心に深い傷を負ってしまうかもしれない。しかも、僕みたいな何も目標がないやつが相手なら尚更だ。
そんなことを考えていると、練習にも身が入らず、三枝木さんもそれに気付いたのか、早めに帰るように言った。
いつもより早く帰って部屋で一人、転校した日に渡された、対戦希望申請書と書かれた紙を見つめていた。
「何を見ているんだ?」
「うわあぁぁぁ! びっくりした!」
一人だと思っていた空間に誰かがいることよりも、びっくりするシチュエーションはないだろう。そして、こんな非常識なことをするやつは、この世界にセレッソしかいない。
「あれ、なんで? 鍵を閉めてあるのに」
「何を言っている。私はお前の保護者だ。合鍵くらい持っているに決まっているだろう」
「ぼ、僕にプライバシーはないのか?」
「ない。ん?」
僕のプライバシーを一瞬で完全否定したセレッソは、右手にある対戦希望申請書に気付いた。
「なんだ、それは」
取り上げたかと思うと、少しだけ眉を寄せた。
「誠、こういうものは早めに出せ。お母さんにも言われていただろう?」
「わ、分かっているよ。でも、何て言うか……」
「ほら、書いてやったぞ」とセレッソが対戦希望申請書をこちらに差し出す。
そこには、岩豪鉄次とでかでかと書かれ、さらには「勝ったら皇颯斗を希望! 誰にも文句は言わせない!」とあった。
「な、勝手なことするなよ!」
ボールペンで書かれたら消せないじゃないか。こんなもの出してしまったら、僕は……。
心の底に味わったことない重みを感じた瞬間、セレッソが僕の頬を両手で挟んだ。
「誠。お前は私の所有物なんだ。例え共に地獄へ落ちることになっても、私に付き従う。その代り、私はお前が欲しいものを与えてやる。そういう契約だろ? こんなところで、びびって足踏みするなよ」
まるで、闇の底へ誘うような怪しい瞳が、僕のすぐ目の前にあった。
甘い口付けで僕を篭絡するつもりだろうか。そんな距離感ではあったが、一つ思い出したというか、不審に思うことがあった。
「あ、あのさ……契約契約ってお前は言うけど、どういう契約内容なんだ? その辺、一度も聞いてなかったと思うだけど」
セレッソは体を離すと、頭の中で過去の言動を再生確認しているのか、視線を右上に持って行った。その視線を僕の方へ戻してから、彼女は言う。
「まぁ……細かい内容は気にするな」
「お前は悪徳業者か」
週が明けて月曜日。
僕と岩豪の対戦が正式に発表された。
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