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【大聖女と虐殺淑女】

廃病院の前に止まった車は十台ほど。そこから、降りてきた男たちによって、病院の周りは囲われてしまう。


「完全に包囲されちゃいましたよ!」


「包囲されただけなら大したことはありません。それより、もっと警戒しなければならない者たちが来ています」


セレーナ様の言う通り、さらに一台車が止まったかと思うと、そこから二人の男女が下りてきた。一人は千冬。もう一人は……。


「リザ・カモフ・シェフチェンコ」


呟きながら、セレーナ様が険しい顔を見せる。そうそう、リザ・カモフ・シェフチェンコだ。確か、虐殺淑女とかいう呼び名だったと思うけど……。


「下の見張りをすぐに退かせてください! 皆殺しにされますよ」


セレーナ様が指示を出すが、回収班の人々は戸惑うばかりだった。いや、僕だって戸惑っている。皆殺しって……強化兵が相手でもないのに、そんなことある??


だって、同じオクトの仲間じゃないか。


しかし、そうしている間に、千冬とリザが廃病院に入ってくる。同時に、妙な緊張感が。これは確実に一階から放たれたプレッシャーが、屋上まで届いているのだ。


「……変に静かですね」


僕が言うと、セレーナ様は首を横に振る。


「断末魔の叫びすら、許されなかったのでしょう」


「そんなことって……」


同じ国の人間なのに。動揺する僕だが、セレーナ様は至って冷静だ。


「執行官から回収対象を守りつつ、下の包囲を突破するのは不可能でしょう。別の手段でここを脱出するしかありません」


「別の手段とは?」


「回収班! フィオナ様にヘリによる回収を要請してください」


セレーナ様は指示を出した後、何だか凛々しい……修羅場を潜り抜けてきた戦士の目を僕に向ける。


「神崎くん、私は下で足止めします。貴方はヘリが到着するまで、ここの守りをお願いします」


「ちょ、待ってください!」


しかし、セレーナ様は走り出し、屋上から立ち去ってしまった。屋上には僕と藤原さん、あとは回収班の人が二人。たぶん、下には十人ほどの仲間がいるのだと思うけど……。


「藤原さん!」


納体袋に入れられた佐山さんの傍らから動かない藤原さんに声をかける。


「僕も下で戦います。迎えが来るまで、ここをお願いしてもいいですか?」


「……役に立てなくて、申し訳ない」


「そんなことはありませんよ。何かあったら、大きな声で叫んでください!」


少し心配だったが、僕は藤原さんたちを残して、下の階へ向かった。下に降りても、やはり廃病院内は静かで、誰かが争っている気配はない。だが、二階分も階段を降りると、さらなる空気の変化を感じるのだった。


「せ、セレーナ様」


そして、彼女の背中を見つける。セレーナ様は、一人の女性と相対していた。言うまでもない。リザ・カモフ・シェフチェンコだ。彼女は両手に短剣を一本ずつ握っているが、ねっとりと血が付着している。


「我々の仲間を殺しましたね?」


セレーナ様の質問に、リザはとても人を殺したばかりとは思えない、落ち着いた表情で答えた。


「はい。禁断術を所持している疑いがあったため、対処させていただきました」


「殺すことはなかったはずです」


「いえ、禁断術は恐ろしいもの。封印機関の許しなく所持するなど、テロ行為と同じです。だから、私たち執行官には違反の疑いがあるものを処分する資格が与えられています。貴方もご存じのはず」


とんでもない殺気。リザはもちろん、セレーナ様もかなり怒っているようだ。


「疑いの段階で命を奪うとは……。女神セレッソも嘆いているでしょう」


「危険な禁断術を隠し持っている人間の方が、女神を悲しませているのでは?」


「いいえ。女神様は人を信じることこそ、救いであると仰ってます」


……セレーナ様、あの女神は絶対にそんなこと言わないよ!


それを知っているがごとく、リザは鼻を鳴らして、セレーナ様の主張を一蹴する。


「どちらでもよろしいことです。とにかく、そこを通してください。屋上に禁断術がないか調べます」


「拒否します」


「なぜ?」


「教会の秘匿権利を行使します」


「では、我々は強制調査を開始します。よろしいですね?」


よくわからないけど、バチバチの雰囲気だ。これから戦いが始まる、ってことじゃないか??


セレーナ様は頷く。


「分かりました。エグゼアーマーを装着してください。好きなだけ暴れてもらってから、早めに諦めてもらうことにしましょう」


エグゼアーマーってなんだっけ?

えーっと、確か……名前が違うだけで、執行官が装備するブレイブアーマーのことだっけ?


正面から堂々と戦おう、という提案だったのだろうが、リザは肩をすくめた。


「必要はないと判断しています。貴方こそ、自慢のブレイブアーマーを装着してはいかが?」


「……私も必要ないと判断しています。弱いものイジメは好きではありませんので」


「そうですか。どうやら、その辺りは気が合うようですね。私も、どちらかと言えば対等な戦いを好むタイプなもので」


リズは両手に握る短刀を収める。セレーナ様が相手なら、それは必要ないと言わんばかりに。二人の微笑みが交錯する。


一方は太陽のように温かく、もう一方は氷河のように冷たく。


そして、二人が同時に地を蹴った。

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