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【岩豪の宣言】

「先輩、私が魔法でノームドの隙を作ります」


芹奈ちゃんが僕の前に立ち、両手をノームドの方へ向けた。


「なので、必殺の一撃をお願いします!」


ひ、必殺の一撃?

必殺技ってこと?


そんなのないけど、

この世界では必殺技を持っている人が多いのか?


常識がわからん!


「猪原さん!」


迷っていると、芹奈ちゃんを呼ぶ声が後方から。振り返ってみると、黒いローブをまとった集団が立っていた。


魔法科の生徒たちなのだろう。芹奈ちゃんを呼んだのは、その先頭に立つ人…たぶん魔法科の先生だ。


「何を張り切って飛び出しているんです! 魔法科はあくまで支援ですよ。もう少し勇者科に任せなさい」


「で、でも……」


芹奈ちゃんは呟くが、

魔法科の先生には聞こえる音量ではない。


先生は「早く戻ってきなさい!」と彼女を急かした。


「芹奈…さん」と僕は言った。


ちゃん付けで呼んだ方が距離が縮まるような気もするが、やはり抵抗があった。


「無理させてごめん。ここは、僕だけで大丈夫だから、先生の言う通り戻って大丈夫だよ」


芹奈ちゃんの潤んだ瞳が向けられる。


今にも泣き出してしまいそうな表情は、僕の罪悪感を刺激した。もう少し優しい言い方はなかっただろうか。そもそも、何で彼女は僕のために一生懸命になってくれるのだろうか。


「先輩がそう言うなら戻りますけど……怪我、しないでくださいね」


涙を堪えるように顔を背けた後、彼女は僕から逃げるように、魔法科の人たちの方へ走って行ってしまった。


さて、どうしたものか、

とノームドの方を見ると、やつが目の前に立っていた。


「うわわわぁぁぁっ!」


という僕の情けない声を掻き消すかのように、ノームドの右腕が振るわれた。


鈍器のような腕による攻撃。

僕は身を屈めてそれを躱したが、ノームドは続けて左手を振ってきた。大皿のような手の平が迫る。


芹奈ちゃんらしき悲鳴を聞きつつ、何とか距離を取って躱すことに成功したが、これではただ逃げ回るだけ。格好がつかないじゃないか。そろそろ攻撃に転じなければ……。


「もういい。時間の無駄だ」


そう言って、僕の視界を遮る大きな背中は、岩豪だった。僕にすべてを押し付けて高みの見物、と思われたが、岩豪も気持ちを切り替えたらしい。


「俺がやるから、弱者は下がっていろ」


その低い声は、僕の発言も行動も、すべてを拒絶するものだった。


その拒絶があまりに強かったため、僕は「まだやれる、邪魔をするな」という言葉は出てこなかった。ここで意地を見せたい気持ちはもちろんあったが、実際のところノームドに対し、打つ手がないことも確かである。


ただ、僕が大人しく引き下がった理由は、それだけではない。あれだけ強いノームドの対し、ランカー三位である岩豪が、どのような戦いを見せるのか。そんな好奇心がないわけではなかった。


岩豪は腰を低く構えると、大きい深呼吸を繰り返す。それは、空気を吸い込み、強烈な覇気を放出しているようだった。


ノームドの方も、岩豪の存在感を警戒したか、目を凝らすように彼を見つめて、次のアクションに備えているように見えた。周辺の生命すべてが、岩豪という存在に注目している。


それくらい、岩豪の存在感が圧倒的なものになっていた。


「うおりゃああああぁぁぁーーー!」


凄まじい気迫のこもった雄叫び。

同時に、岩豪が地を蹴った。


その突進は、岩豪の名前を表すような、猛進である。感情を失っているように見えるノームドですら、迫る岩豪に恐れを感じたように見えた。


それでも、ノームドは防衛本能が動いたのか、急接近する岩豪に向かって、巨大な拳を突き付けた。それは、岩豪の頭部を捉えた、かのように見えた。


が、寸前で岩豪の体が沈む。ノームドからしてみれば、目の前で岩豪が消えたように見えたかもしれない。


岩豪は低い姿勢でノームドの腰に組み付いた。いや、押し込んだ、というのが正しいだろう。ノームドが押し潰されるように、後ろへ倒れ込むと、岩豪は即座にその腹の上へ腰を下ろし、馬乗り状態となった。


後は一方的だった。


岩豪は無表情に、無慈悲に、無常と言える拳をひたすら叩き付ける。最初は、その状態から何とか逃れようと抵抗を見せるノームドだったが、次第に動きは失われ、やがて完全に沈黙した。


ノームドの体が急激にしぼみ、

モンスターごとくの外見から、たぶん三十歳くらいの平凡そうな男の人の姿に変化する。


いや、もとの姿に戻ったのだろう。


岩豪はノームドだった男性から、すっと体を離して、僕の方に振り返って言うのだった。


「これが強さ。お前には決して手に入れられないものだ。そして――」


岩豪は人差し指を僕よりも後方へ向かって、突き立てる。


「華、お前はやはり弱い。この程度の男に負けたのだからな!」


超大型スピーカーでもないくせに、これだけの大きな音が出るものだろうか。それほど、岩豪の声は響き、周囲に行き渡った。さらに、岩豪は宣言する。


「次のランキング更新戦、俺はこいつを叩きのめす。完膚なきまでに、叩き潰してやる。そして、皇との暫定勇者決定戦も勝つ。そうなれば――」


岩豪は体の隅々に散らばった感情を集めるように縮こまったかと思うと、すべてを解放すべく叫ぶのだった。


「お前は俺のものだ! 文句ないだろう!」


岩豪の宣言により、世界は完全な沈黙に包まれた。


「よーし、無事終わったな」


しかし、沈黙は数秒だけのこと。


世界は誰かのために止まってくれることはなく、武田先生が声を上げた。


「ノームド化した人を運ぶぞ。みんな、手を貸せ!」


「はーい」


岩豪の一世一代の大告白と言えるようなシーンだったが、僕以外の人たちは、お決まりのパターンに飽き飽きしたとでも言うように、淡々とノームド化から戻った人の救護を始める。


岩豪は少し冷静になったのか、顔を真っ赤にしながら数秒だけ居心地が悪そうな素振りを見せたが、すぐに勇者科の人たちの作業を手伝うのだった。


僕はどうすれば良いのか、

分からなかったが、ただただハナちゃんがどんな顔をしているのか気になって、彼女の方を見た。


ハナちゃんは呆れたように溜め息を吐く素振りを見せた後、三年生のみんなと一緒にスクールの方へ帰って行く。


僕のことなど期待もしていないのか、こちらに視線を送るようなことは、一瞬たりともなかった。


たぶん、何もできなかった僕に呆れているのだろう。


評価を取り戻すには、

ランキング更新戦で岩豪を倒すしかないのだが……


あの強烈なタックルを目の当たりにしてしまうと、僕の自信はもうぼろぼろの状態になっていた。

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