【レベル上げに最適なモンスター】
女神に案内されて大通りへ出た。人だけではなく、車の通りも激しい。
……なんて異世界らしからぬ風景なのだろうか。
「女神、聞きたいことがあるんだけれど」
「なんだ?」
「異世界までやってきたのはいいけれど、僕は何をすればいいんだ?」
「そりゃあもちろん、まずは勇者になって魔王を倒してもらう」
「なるほど、シンプルじゃないか。でも……」
信号を待ちながら、僕は気になっていることを聞いてみた。
「でも、僕ってどれくらい強いんだ? 無敵の勇者とか言っていたけれど、あまり実感はないんだよな」
「向こうの世界で体験しただろ。お前が倒したやつは、学校で一番強いやつだと聞いたが?」
確かに、ここに来る前にぶっ飛ばしたあいつは、学校で一番強かった……。いや、今思えば体も態度も大きいから恐れられていただけだったのだろう。
「でも、ちょっと強い高校生を倒せたところで、これから現れるだろうモンスターの群れを薙ぎ払えるくらい、強くなったようには思えないんだって」
信号が青になったので歩き出す。
「そうだなぁ。今のお前がどれくらい強いかと言うと……」
女神が僕の最強っぷりを説明してくれると思いきや、何かを察知したかのように、あらぬ方向に振り向いた。
「待て。お前の腕試しにちょうどいいやつが現れたかもしれない」
「腕試し?」
「お前の強さを証明できる相手がくる。分かりやすく言うと、レベル上げにちょうどいいモンスターってやつだ」
「なるほど、これはまた分かりやすい。戦うかどうかは別として、取り敢えず見てみるくらいなら、行っても良いかな」
「面倒なやつだな。とにかく、ついてこい」
僕は走り出す女神の後を追ったが、二分か三分移動してから前を行く彼女が足を止める。
そこは、先程の駅と思われる建物の別出口のようで、やはり賑わっていた。特に異常はないようだが、女神は何かを探して、視線を右へ左へと巡らせている。
「誠、あいつだ」
女神が指さす方向、そこには一人の若い男がいた。
この世界に来てから……いや、この世界に来る前から、何度も見たことがある、くたびれたスーツ姿の男だ。顔色が悪いことを抜けば、どこにでもいるような、中肉中背の若いサラリーマンといった様子だが、女神はする鋭い口調で言った。
「見ていろ。変わるぞ」
「変わる?」
何が何だか分からないが、僕は女神の言う通り、そのサラリーマンを凝視した。すると、彼は苦し気な表情を見せてからうずくまる。
具合が悪いのだろうか。だとしたら、救急車を呼ばなければ。と、一歩踏み出そうとした瞬間、彼の肉体が変わった。
肩から背中にかけて、肉体が異様に盛り上がり、彼のくたびれたスーツを突き破る。そして、彼の悲鳴を飲み込むように、全身が膨れ上がった。
体は一回り大きくなり、裂けたスーツの間から、膨れ上がった筋肉が現れる。肌の質感はやや無機質に近く、石のような灰色だ。
「人間……ではない?」と僕は思わず呟いた。
彼の目は、ただの窪みとなり、その奥で不気味な光が静かに輝いて、とても感情のある生き物のものではなかった。
「さぁ、誠。モンスターが現れたぞ。まずはあいつを倒して、お前の強さを証明してみせろ」
「僕の強さを…?」
周辺の人々が、突然現れた異形の存在に気付いたのか、ざわめきつつもどこか冷静に距離を取る。そのおかげで、僕とモンスターの間を遮るものはなくなっていた。
女神の言葉に応えなくては、とモンスターを凝視して、少しばかり、やつと戦う自分の姿を想像してみたが……。
「いや、無理だろ」
早々と出た結論を女神に伝える。女神はその返答が意外だったのか、一瞬だけ目を丸くした後、僕を睨んだ。
「いい加減にしろ。お前がそうやってビビり倒していると、話が進まないだろう」
「でも、あんなやばそうなやつ無理だろ? 周りの人のリアクションを見る限り、とんでもないモンスターなんだろ?」
僕は女神に問い掛けつつ、周りを見てみた。人々は遠巻きにモンスターの様子を見ているが、さほど驚いているようには見えない。そんな人々の声が聞こえてくる。
「最近増えたよな、ああいうの」
「この国の治安も悪くなったなぁ。ほんと迷惑」
「誰か警察に電話した方がいいんじゃないか?」
「警察じゃなくて、近くのクラムがいいだろ」
「もう誰か連絡したんじゃない?」
誰もが冷静に事態を見ているらしい。一番慌てているのは、僕なのではないか。
「ほら、観客もいるし、お前の名前を売るチャンスだ。やってこい」
どん、と女神に背中を押され、僕はモンスターの目の前までふらふらと出て行ってしまった。
「お、なんだ。やる気か」
「ヒーローじゃん。まじ期待」
「動画撮ろうぜ。後で話題になるかも」
周りの人間らが、スマホを僕とモンスターの方に向けている。これは、逃げられない雰囲気だ。
「オオオオオオオぉぉぉぉぉーーー!」
突然の咆哮に、僕は驚きながら視線を戻した。生で見るモンスターの雄叫びは、アニメやゲームでは体感できない迫力ではないか。
そんな風に気圧されていると、モンスターがこちらを見た。いや、目が合ってしまった。白目がなく、普通の人間とは視線の在り方が違ったが、明らかに僕を見ている。
やつと目を合わせて分かったことがあった。これは、とんでもない化物だ、ということ。勝てるわけがない。
「あの、すみませんでした……」
頭を下げて、後退りすると、モンスターは僕に興味を失ったのか、そっぽを向いてしまった。
「あーーー、怖かった」
「逃げ出すな馬鹿」
女神が僕の頭を思いっきり叩く。
どんな言い訳だったら通用するだろうか、と考えていると、人々の悲鳴が聞こえた。どうやら、モンスターが野次馬の方へ向かったらしい。多くは騒ぎつつも、冷静に距離を取ったが、一人だけその場に取り残されていた。
「あの女の子……まずいんじゃないか??」
多くの野次馬はモンスターを避けるように距離を取ったが、中学生くらいの女の子が一人残されているではないか。しかも、彼女は腰を抜かしてしまったのか、その場に座り込み、一歩一歩進むモンスターをただ見つめている。
「あのままじゃあ、モンスターに食べられちゃうぞ!?」
助けなくては、と前に出る僕だったが、それに反応したモンスターが視線をこちらに向ける。そんな一睨みで、僕の足を止めてしまうのだった。
次回、少しだけ異世界っぽい設定が出てきます。
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